第十話 前準備


 婦人が頭を下げて、離れから出ていく。


「カルラ。どう思う?」


「問題の解決は難しいと思います」


 そうだよな。

 この町の問題は、隣町のダンジョンだけが問題ではない。根本的には、”共和国の無策”に繋がっていくのはわかっている。だからこそ、俺たちに何かができるわけではない。

 盗賊団を壊滅させることはできるだろう。

 しかし、盗賊団が産まれる原因を排除することはできそうもない。俺たちが、この町や周辺の領主にでもなれるのなら、本腰を入れて考えるのだが、俺たちは”商人”でしかない。もっと、本質的なことを言えば、”マナベ商会”として入国をしているが、実際には商人の真似事をするつもりもない。ダンジョンを使っての訓練ができればいい。新しい、情報に触れられれば、いいと考えている程度だ。


 盗賊は、気分が悪いから排除する。

 隣の領主は、俺たちにちょっかいをかけてきたら潰す。


 最良の結果としては、俺たちの訓練ができて、”あの人”に繋がるヒントが拾えることだ。


 高望みをしなければ、訓練はできるだろう。管理されていないダンジョンなら潰してしまってもいいのだろう。資源も独り占めだ。


「兄ちゃん!」


「アル。何か、変わったことはあったか?」


「なにも、何もなくて暇だった」


 馬車の移動も行った。

 町長の家にある空地に、馬車を移動していたが、離れにも馬車を停める場所があるので、移動してきてもらった。近くに有った方が便利だし、安心ができる。逃げ出すときに、仲間がバラバラにならない。


「そうだ。兄ちゃん。ユニコーンたちを森に放っていい?」


 ユニコーンとバイコーンを?


「どういうことだ?」


 森に放つのは大丈夫だと思うけど、理由を知りたい。


『マスター』


「ん?エイダか?」


 アルの説明では、俺たちの理解が難しいと判断したのだろう。アルに抱きかかえられていた、エイダが話しかけてきた。エイダにもスピーカーを付けようかな?会話が普通にできた方が、余計な力を使わないで済む・・・。可能性がある。スピーカーも持ってきているし、ノートに付いているスピーカーを外してもいい。


 時間ができたら考えようかな?

 緊急時とかは、スピーカーから警告音が出たら、面白そうだ。


『はい。アルバンの言っている、ユニコーンたちの話ですが、近隣に魔物の気配があり、討伐してきたいという申請です』


「魔物?」


 強い、こちらに害意がある者は見つかっていない。

 基本は、害意がなければスルーで考えていた。


『はい。低位のゴブリンの群れです。ゴブリンの進化体に率いられています』


 ゴブリンだけなら、問題はない。ユニコーンとバイコーンで対応は可能だ。

 進化体の強さが解らない。


「大丈夫なのか?」


『大丈夫です。私も一緒に行こうと思っております』


 エイダが大丈夫だと考えているのなら、試してみるのもいいかもしれない。

 戦闘力の確認はできているが、エイダが指揮をしたらまた違った結果になる可能性がある。


 エイダが指揮をしなければならない場面は、この先に訪れるだろう。その時に、ぶっつけ本番になるよりは、ゴブリンとの集団戦で感触を確かめておくのは”あり”だな。

 特に、エイダには後方から全体を見ながらの把握をして欲しい。ダンジョンのボス戦でも必要になってくる。


「そうか、スキルを試すのか?」


『はい。ご許可を頂けますか?』


 安全マージンさえしっかりと確保できれば、ゴブリンの群れなら大丈夫だろう。

 複数の、上位種や変異種が同時に存在していたら、撤退を考える必要がある。その辺りの判断をエイダが行えるようになると戦略の幅が広がる。


「安全マージンを取って、撤退のタイミングを間違えるな。あと、パスカルとは情報の共有を行い続けろ。守れるのなら、許可する」


『わかりました。ありがとうございます』


「暗くなるまで待てよ」


『心得ております』


 町長だけなら問題はないだろうけど、敵性の存在が疑われる状況で、戦力の分散状態を知られるのは面白くない。攻めてきたら、返り討ちにすればいいのだけど、まずは襲われないようにしておきたい。俺たちの実力はできる限り隠しておきたい。


「兄ちゃん。おいら」「ダメに決まっている」


「えぇぇぇ。おいら、戦っていないよ?」


 アルが外にでるのは許可しない。

 確かに、戦ってはいないが、そもそも、アルが戦う必要はない。従者の役目を全うして欲しい。


「アルは、俺の従者だろう?主人から離れてどうする?」


「そうだけど、カルラ姉がいるから・・・」


 確かに、俺の側に、従者ではなく、メイドのような立ち位置でカルラがいるが。明確なメイドは、シャープだろう。カルラは、執事見習いとかになるのかもしれない。


「ダメだ。それに、ダンジョンもある。アルには、ダンジョンでの戦闘を頼む」


 アルの本領は、狭い場所での戦闘だろう。

 カルラと連携をしながらのダンジョンでの戦いは見事だ。森の中でも、十分に強いとは思うが、やはりアルにはダンジョンの中での戦闘が向いている。


「わかった」


「旦那様」


「どうした?」


「私とシャープで町の中を見てこようかと思います」


「シャープが見て回っただろう?」


 シャープがすでに見て回っている。

 カルラが合流しても、新たな情報が得られるとは思えない。


 違った視点での情報が欲しいのか?

 それとも、シャープとは違う場所を調べたいのか?


「いえ、先ほどの奴らが集まっている場所が街道近くにあるようです」


 確かに、町の様子はもう少しだけ探っておきたい。敵になりえる存在が居るのなら、把握しておいた方がいい。


「わかった。無理するなよ」


 先ほどの奴らの根城なら把握をしておきたい。

 違ったとしても、集まっている場所には意味があるのだろう。把握しておく必要がある。カルラとシャープなら、何かのミスで捕まったとしても、逃げ出すだけなら簡単だろう。


「はい」


 カルラが、部屋を出ていく。

 さっそく、シャープに合流するようだ。


「アル。クォートと一緒に、エイダを馬車まで連れて行ってくれ」


「うん!」「かしこまりました」


 アルが、エイダを抱きかかえたまま部屋から出ていこうとするのを、クォートが止めた。


「クォートとアルで、いつでも対応できるように準備を進めてくれ」


 エイダとユニコーンとバイコーンが外にゴブリン退治に向かう。

 その間に、馬車が移動できるようにして置かなければならない。


 それに、夜中になればクォートとシャープで盗賊の討伐に向かうだろう。


「かしこまりました」「うん。わかった!」


「旦那様は?」


「俺?」


「はい」


「ウーレンフートのダンジョンに、この辺りの情報がないか、もう一度、探してみる」


「わかりました」


 クォートとアルバンも、部屋から出ていく、俺は端末を取り出して、ダンジョンに繋げる。


 パスカルに状況を調べさせる。

 リソースは十分だろう。馬車の位置が把握できれば、馬車を中心にサーチを行うことができる。


『パスカル』


『はい。マスター』


『俺たちの位置は把握ができているか?』


『はい。馬車の位置を把握しております』


『俺たちの近く、そうだな10キロ圏内にダンジョンはあるか?』


『サーチの範囲外です』


『どの程度まで近づいたらわかる』


『2キロ以内ならサーチできます』


 距離が離れているから、2キロが限界なのか?

 有効距離は、半分と見た方がいいかもしれないな。


『エイダに知らせられるか?』


『可能です』


 エイダに指揮を任せてみる。

 パスカルとの親和性を考えれば、確かなのは、エイダが連絡を受けることだ。


 俺ではどうしても”プル”になってしまう。プッシュでは受けられない。エイダなら、プッシュで情報が受け取れる。


『ダンジョンの気配を感じたら、エイダに知らせてくれ』


『かしこまりました』


 準備は揃った。

 町長が動くか、視線を送ってきた者たちが動くか、盗賊が動くか、近接している者たちが動くか・・・。

 しばらくは待つ必要がありそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る