第十四話 エヴァとギルと・・・


「エヴァ!」


「あ!ギルベルト様」


「辞めてくれよ。友達の嫁さんに、”様”付けされると、気持ちが落ち着かない。”ギル”で頼む」


 一気に言い切るが、エヴァの顔色が赤くなっていくのがわかる。

 アルノルトの”嫁”と言われるのは慣れないようだ。実感が無いだけかもしれないが、俺たちの中では既定路線だ。


「いえ・・・。そうですね。ギルさん」


「まだ、昔のクセが抜けないな。そうだ!エヴァ。奴から、手紙と贈り物を預かってきた」


「え?」


 エヴァは、すでに”聖女”と呼ばれている。

 回復だけではなく、アンデット系の魔物に対する優位な魔法を極めている。学校では、口にしていないようだが”アルノルト”のためだ。アルの情報は、エヴァに定期的に流している。ユリウス・・・。違うな、我らのトップクリスからの命令で、アルの情報を届けて流している。知らなければいい情報もあるとは思うが、女性陣は違った解釈をしている。俺とユリウスは、アルが危ない目に有った情報は隠すべきだと思っていた・・・。


 アルが作った腕輪を渡す。

 シルバーに見えるが、総ミスリル製だ。アルの考えがわからないが、アルだから問題はないと考えた。アルの従者となった者から、依頼を受け取ったときには”バカ”なのかと思ったが、なぜかエヴァならアルの真意を見抜くのではないかと思ってしまった。


「あ・・・。ありがとうございます」


 腕輪を受け取って、内側を指で触り始める。

 気がついているのだろう?俺が説明をしたほうが良いのだろうか?


「ギルさん。少しだけ待っていただけますか?」


「どうした?大丈夫だぞ?この後は、ディアナに会って行くだけだからな」


「そうですか、それなら少しだけ急いで書きますので、アルノルト・・・。違った、マナベ様にお礼の手紙を渡してください」


「え?エヴァ?お礼?あっそうか、腕輪はそれだけの品物だな」


「そうですね。腕輪には・・・」


 アルの奴!何か、仕掛けをしていると思っていたけど、エヴァにだけわかるようにしていたようだ。

 魔石を組み込んでいたのは知っていたが、エヴァの魔力に反応してメッセージが念話で伝わるようにしていたとは、アルの奴に文句の1つや2つや3つや4つや5つくらい並べ立ててやりたい。たしかに、見た目は地味な腕輪だ。低い鑑定スキルでは、偽装された情報しか読み取れない。

 それは、1万歩譲って・・・、納得しよう。宝石類を腕輪の中に仕込んだのにも理由があったのか・・・。魔法のトリガーにしているのか・・・。

 国宝に指定されるような腕輪を届けさせないで欲しい。それに、偽装を施して”銀製”の腕輪にしか見えない物にしないで欲しかった。アルの奴は、エヴァ以外にも女性陣にペンダントトップやイヤリングを作った。エヴァ用とは違って、ミスリル製に見える状態の物だ。俺たちから代金を徴収していたが、エヴァの腕輪の話を聞いた、女性陣からの視線が痛かった俺たちは、アルに頼んで作ってもらった。


 エヴァの説明は、魔石と宝石を使った待機型の魔法の話だ。


「エヴァ?」


「はい。なんでしょうか?」


「奴から渡された宝石は、ダイヤモンドdiamond/エメラルドemerald/アクアマリンaquamarine/ルビーruby/ユークレースeuclase/サファイアsapphire/トパーズtopazだ。サイズを調整して、順番まで指定してきた。奴にしては珍しく、細かく、間違えないように指示をしてきた。エヴァ。もう一度だけ聞く、奴から何か伝言はなかったのか?」


 俺の言葉を聞いて、エヴァが一気に赤くなる。

 やはり、アルからのメッセージなのだろう。深く聞くのは控えたほうがいいかもしれないが・・・。今日は、突っ込んで聞いておかないと・・・。女性陣からの質問に答えられない。


 クリスだけではなく、ディアナやザシャやイレーネから、強く言われている。

 学校で、エヴァをなんとか自分の陣営に取り込もうとする者たちが湧き出ているらしい。特に、男爵や豪商が強硬手段に出る可能性がある。それだけではなく、可愛くなっているエヴァを妾にしようと動いているバカどもがいると教えられた。

 牽制の意味もあり、エヴァには”男”がいると印象づける必要がある。腕輪はいい贈り物だ。

 俺が皇太孫派閥の人間だと周知されている。聞き耳を立てている連中も”マナベ”が誰なのかわからない可能性があるが、俺たちの派閥にいる人間だと思う可能性が高い。もしかしたら、”マナベ”は、ユリウスが市井にいるときの偽名だと思う可能性だって有る。


「ギルさん」


 言い淀むエヴァを見て確信した。


「エヴァ。(いいか、本当のことを言う必要はない。ただ、周りで聞き耳を立てている連中に、教えてやればいい)わかったか?」


 頭を縦に振るエヴァを見て、同じ質問を繰り返した。今度は、エヴァも解っていたのか、先程よりは顔を上げて応えてくれた。

 しっかりと、マナベ様と口に出している。宝石の意味は教えてくれなかったが、高価な宝石が埋め込まれていること、それにより魔法の発動を助ける役割をもたせてあること、”銀”に見えるが実は”総ミスリル”であることを説明している。宝石と魔石をあしらった杖に匹敵する魔法発動媒体になっていると説明した。

 聞き耳を立てている連中にはこれで十分だろう。


 それに、俺の商会が、ウーレンフートに立ち上がったことも調べればすぐに判明するだろう。その上で、商会が”とある”ホームと親密になっていることも、ウーレンフートで少しでも聞き込みをすればわかってしまう。そのホームのオーナーの名前も・・・。

 今は、これで十分だ。


 俺は、暴力を使われると、アルとエヴァを守ることは不可能だ。なら、俺が得意とすることでアルとエヴァを守る。政治的な分野は、ユリウスとクリスに任せればいい。腐っても皇太孫だ。権力に近い奴らほど、ユリウスの言葉に従うだろう。アルノルトなら、ユリウスとクリスが守れば十分だが、マナベとなってしまうと話が変わってくる。冒険者マナベの後ろ盾が必要だ。ユリウスでは、マナベとアルノルトが結びついてしまう可能性がある。だから、俺が・・・。俺の商会が、冒険者マナベのスポンサーだと思わせればいい。

 俺が、ウーレンフートで存在感を出せば、有象無象はどこにいるのかわからない冒険者マナベではなく、俺に集ってくる。

 ユリウスたちが、アルノルトを守るのなら、俺はマナベを守る。


「ギルさん。ありがとうございます。それから、手紙をお願いします。マナベ様に届けてください。あと・・・。”お待ちしています”とお伝え下さい」


 エヴァは、聖女らしからぬ、とろけた表情で腕輪を触りながら、”マナベ”とはっきりと聞こえるように、発言している。

 俺にではなく、聞き耳をたてている連中に向けての発言なのだろう。”待っている”とエヴァ聖女に言わせる人物がいるのだと知らせることができれば十分な成果だろう。


「手紙は、ウーレンフート経由になるけどいいよな?」


「はい。任せします」


 今のエヴァを見て、横槍を入れてくる無粋な奴が居るとは思えないが、世の中にはバカはどこにでも居る。

 俺の役目は、そのバカたちをウーレンフートに釘付けにすることだ。エヴァには、クリスからアルの動向が伝えられている。アルが、ウーレンフートに居ないこともすでに伝わっているのだろう。


「エヴァ。他に、何か伝言はあるか?」


「いえ・・・。あっユリウス様への伝言でも大丈夫ですか?」


「あぁウーレンフートに寄ったら、領都に行く予定になっているから大丈夫だ」


「よかった・・・」


 エヴァは、アルからの贈り物である腕輪を触りながら、ユリウスへの伝言を話し始める。

 俺やクリスが掴んでいる情報の裏付けになるような物では無いが、確信に近づく情報だ。エヴァも、アルの為に戦っている。神殿勢力は、貴族に寄っている連中が多い。金払いがいいからだ。その中で、エヴァは数少ない庶民派に分類される。貴族派閥の中には、帝国に情報を流している者たちが居る。

 その中で、エヴァは献身的に庶民を助けて、貧民を癒やしている。聖女と呼ばれる所以である。しかし、エヴァの行動はすべてアルの為だ。クリスと相談しながら、効率よくライムバッハ家の味方を増やしている。そうなると、自然と情報が流れてくるのだ。エヴァの歓心を買おうとして情報を持ってくる者。エヴァに下心丸出しで情報を売ろうとする者。動機は、いろいろだが、商人や貴族の中で流れる情報とは別に、神殿に流れる情報が集まってくる。


 俺も、クリスも、ユリウスも、そして、エヴァも、一人の寂しがり屋で、強情者の男を助けるために動いている。

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