幕間 ユリウスの決断?


 俺は、皇太孫とか言われているが、この国のことを考えるならば、アルノルト・フォン・ライムバッハこそ国のトップに立つべきだと考えるときがあった。

 もちろん今はそんなことを考えていない。俺の親友であるアルノルト・フォン・ライムバッハがやりたい事を成し遂げて帰ってきたときに、思いっきり殴る事を楽しみにしている。


 俺は今・・・。

 ライムバッハ辺境伯のカール・フォン・ライムバッハの後見人を努めている。進学しないで、実践や国に携わる事がしたかった俺には最適な場所だ。

 結果だけを見るならば・・・。と、いう条件がついてしまうのだが・・・。


 俺は、許せないと思っている事がある。

 許せないと思ったのは、アルノルト・フォン・ライムバッハが幼年学校の入試試験で手を抜いていた事が発覚した事だ。俺は、主席合格だと喜んでいたのだが、実際には奴に主席を譲られたのだ。


 中等部に進む時に、奴に改めて宣言した。”手を抜くな!”

 アルはこの言葉を聞いて真剣になったのだろう。主席合格を俺の手から奪い取っていった。それは当然の事で、それで恨むような事はない。


 幼年学校の入学から、奴が”ライムバッハ家の者”である事はわかっていた。しかし、それがわかるのは辺境伯と一部の公爵家と公爵家と王家だけだ。特に、幼年学校では家名を外して通う者も多い。俺も、家名を外していた。自分の実力を試したいと思ったからだ。


 しかし、いまだ家名だけが誇りで、なにか特別な者だと思っている愚か者が多い。

 そんなやつほど、家名を隠して通う者が居ることを信じようとしない。だからではないと思うが、幼年学校から中等部に進学する時にテストで主席を取ったアルノルト・マナベをライムバッハ家の者と認識できないでいた。


 それだけなら良かったのだが、俺とクリスは社交界の事もあり家名を復活させていた。

 王族派閥の人間は、アルノルトのことを調べたのだろう。少し調べればわかる事なので、何も言わなかった。

 王弟派閥と思われる者たちは、調べもしないで”庶民に負けた”と俺とクリスを揶揄したのだ。俺が激昂してなにか失言をするのだと誘ったのだろう。その手に乗りかかったが、クリスのおかげでなんとか踏みとどまった。

 この話が、どういうわけかアルノルトに伝わってしまった。


 そして、中等部の入学式でアルノルトは自分の家名を名乗ったのだ。

 それがこれから、どんな事がおこるのかわかった上でのことだった。そして、俺の為にアルノルトが怒ってくれたのだ。それが俺は照れくさくて、情けなくて、恥ずかしくて・・・・。そして・・・。すごく嬉しかった。


 よく聞かれた事がある。

 文官だけではなく近衛からも聞かれた。”アルノルト・フォン・ライムバッハは、殿下の配下なのですか?”・・・と。違うと答えると、それならば”自分が言って殿下に忠誠を誓わせます”と、言い出す始末だ。アルが俺に忠誠?そんな気色悪い事を望んでいない。

 幾度となくそういう話をされたのかわからない。王族派の貴族からも同じような話をされた。その上で、ライムバッハ辺境伯が領から出てこないのは不敬だから罰しましょうと言い出す者も居た。そんな話も、クリスの父であるフォイルゲン辺境伯が一喝してからは聞かなくなった。


 本来なら、俺が言うべき言葉を、フォイルゲン辺境伯に押し付けてしまった。

 クリスもフォイルゲン辺境伯も笑っていたのだが、少なくない貴族から恨まれる可能性だってあるのだ。貧乏くじを引かせてしまった。


 そして・・・。

 あの事件が発生した。最初は、情報が錯綜した。

 アルが死んだという知らせまで入った。俺も飛び出そうとしたのだが、止められた。冒険者であり、信頼できるイーヴォ殿が向かってくれる事になった。

 ギルも俺を止めた。俺が行けば、戦力になる可能性はある。でも、アルが俺に気を使うことを考慮しろという事だ。そして、俺やギルだけではなくイーヴォ殿でさえ正気を失ったアルを止める事は無理だろう。

 俺たちは、ギルの実家であるシュロート商会で眠れない夜を過ごした。


 そんな中でも、クリスだけは違っていた。

 エヴァやザシャやディアナを使って、シュロート商会が調べた情報や貴族間に流れる噂話を整理し始めた。これが、アルの力になると言っていた。


 アルが帰ってくる。

 イーヴォが先触れを出してくれたようだ。アルは無事だった。しかし・・・。ギルは、俺から報告の羊皮紙を奪い取って、膝をついて泣き崩れた。


「ユリウス様!」


 クリスが俺の側に来て一喝してくれる。本当に、俺は一人では何もできないのか?


 今は、そんなことを考えるときではない!

 俺が、一緒になって悲しんでどうする。

 俺にしかできないことをやろう。


「ギード!ハンス!」

「はっ」「御前に!」


 二人に、王宮に走ってもらう。

 アルが無事な事。それから、ライムバッハ辺境伯が・・・。


 情報を精査していたザシャがクリスに耳打ちするのが聞こえた。


「クリス!」

「ユリウス様。私が父から得た情報と、シュロート商会が調べてくれた情報から、ルットマン子爵で間違い無いようです」


「それだけか?」


「いえ・・・。推測の域を出ていませんが、おそらくヘーゲルヒ辺境伯がなにかご存知だと思われます」


 クリスが言葉を選んでいるのがわかる。


 二度目の先触れが来た。

 俺の権限でアル達を中に入れる。そんなことをする必要はなかったのだが、ライムバッハ辺境伯だけではなく奥方やラウラやカウラ・・・。それに、アルの妹君を好奇の目に晒したくなかった。


 イーヴォが先頭で門をくぐってきた。子供の鳴き声が聞こえる。アルの弟君も生き残ったと聞かされている。弟君の泣き声なのだろう。


「アル!」


 ギルが、アルを見つけて駆け寄った。


「ギル・・・すまん。約束・・・守れなかった」

「いや、お前が・・お前が・・・うぁぁぁぁ」

「すまん。ギル」


 アル。お前は・・・。


「馬鹿!お前が謝るな!なんで、お前が謝る!!俺がお前を引き止めなければ、間に合ったかも知れないのだぞ!俺を責めろよ。アル。ラウラ。カウラ!!」

「ギル。ありがとう」

「”ありがとう”だと。俺を罵れ!俺が悪いと叩け。その刀で・・・。アル!俺はどうしたらいい。アル。なんとか言ってくれ!」


 どちらの気持ちもわかる。


 謝らなければならないのは、アルでもギルでもない。

 ルットマンを野放しにした王家だ。


 アルの足にしがみついて泣き崩れるギルの肩に手を置いた。

 ギルとアルが俺を見つめるのがわかる。


「ギル。アル。王家がしっかり貴族をルットマンの事を・・・すまん」


「ユリウス。それは違う。お前の責任じゃない。こんな事をした、リーヌスが責任を負えばいい」


「アル。俺たちは何が出来る。お前やラウラやカウラに何が出来る!」


「・・・ユリウス。クリスもギルも聞いて欲しい。頼みたい事がある」


 クリスがいつの間にか俺の横に立っていた。


「なんだ。なんでもやってやる」「あぁそうだ。言ってくれ」「そうですわ。ラウラとカウラの敵を取るのなら、協力する」


 ザシャもよってきた。

 アルの姿を見つけて皆が駆け寄ってきてくれている。


 クリスが過激なことを言い出している。確かに、ラウラとカウラを殺した奴を殺したい。でも、それは、俺たちの役目じゃない。俺たちは、アルが望んだ場を整えることが役目なのだろう。ラウラやカウラの敵討ちは、アルがやるべきことなのだ。


「クリス。それは、いい。俺の仕事だ。それよりも、ライムバッハ家の当主を頼みたい」

「な?どういう事だ?」


 俺には、アルの言っている事がわからない。

 エルマール殿が・・・。アルがライムバッハ家の当主になるのではないのか?


「カールを、ライムバッハ家の当主にしたい。協力してくれ。辺境伯でなくてもいい。カールがしっかり暮らせる様にしてほしい。金なら、マナベ商会を使ってくれ」

「アル。それは・・・」「解りましたわ。お約束します。カール様を立派な貴族にして、ライムバッハ辺境伯にしますわ」

「クリス。頼まれてくれるか?」


 俺は、アルがライムバッハ家の当主となればいいと思っている。それが筋だし、正しいことじゃないのか?

 カール殿はたしか産まれたばかりだぞ?どう考えても無理だろう?


「もちろんです。ユリウス様。いいですわよね。アルノルト様が、、私達を頼ってくれたのですわよ。ここで、男を見せないでどうしますか?」


 !!!

 確かに、アルが俺を頼ってくれた。


「そうだな。アル。わかった。・・・・でも、俺から一つ言わせてくれ」

「何でしょう」


 言わないほうがいいのはわかっている。

 わかっているが、俺はアルに告げなければならない。


「お前が無事で良かった。これは、俺の本心だ!」

「ありがとうございます。ユリウス様。カールはまだ1歳と幼いです。摂政するにしろ、信頼できる人が必要です。王家から人を出してもらえますか?」


 俺に礼を言わないでくれ。

 アル。俺は・・・言葉にならない。


「・・・あぁ任せろ。しかし、お前はやらないのか?」


 聞かなくてもわかる。アルの目は俺たちが映っているが、俺たちを見ていない。この場に居ない誰かを見ているのだろう。

 でも、聞いておかなければ先に進むことができない


「俺ですか?やる事があります。父上や母上を殺して、ラウラとカウラを殺して、ユリアンネを殺した奴を探し出して・・・・殺します」

「・・・リーヌスではないのか?」


 アルは何を言っている?

 リーヌスだけじゃなくて、ルットマン子爵を殺すと言うのか?


「そうですね。リーヌスは道具です。道具を憎む気持ちはありますが、道具など壊れてしまえば興味がなくなります。だから、その道具を作って使った奴がいます。そいつを見つけ出して順番に報いを受けてもらいます」

「なっそれじゃお前。高等科はどうする?」


 この目・・・。本当に、アルなのか?


「休学ができなければ、退学でしょうね」

「いいのか?」

「しょうがないですよね。それよりもやるべき事ができてしまいましたからね」


 やること?

 本当にやるつもりなのだな。


 ハンスが近づいた。王宮に行ったはずなのに戻ってきたのか?


「なっそれは本当か?」


 ハンスが俺にだけ聞こえるように告げた。


「どうした?」

「あぁ今早馬が来た。ルットマン子爵が、第一婦人に殺害された。一緒にいた、第二夫人と後継ぎも一緒に殺されたそうだ」

「なっ」


 場の空気が固まるのがわかる。

 俺も自分で言っておきながらこれからおこることを考えなければならなかった。


 そして、ハンスはもう一つの爆弾を落とす。


「本当の事です。ヘーゲルヒ辺境伯からも同じ知らせが入っています」

「ハンス。もう一度言ってくれ?誰から連絡が入った?」


 アルがヘーゲルヒ辺境伯の名前に反応した。


「ヘーゲルヒ辺境伯です。」

「ユリウス!ヘーゲルヒ辺境伯は、俺の敵か?味方か?」


 アルは俺をまっすぐ見て聞いてきた。


「敵だな」「ユリウス様」

「クリス。黙れ!俺が、アルと話す」

「・・・はい」


 俺もはっきりと宣言する。

 これで、俺は王弟の敵に回る事が確定した。もともと、手を取り合う事はできないと思っていた。

 奴の手を握るくらいなら、悪魔とダンスを踊るほうがましだ。


 俺は、アルを支えると決めた。


 クリスを黙らせる。そして、アルをもう一度まっすぐに見つめる。


「ありがとう。ユリウス。それだけ解れば十分だ」

「行くのか?」

「あぁ。でも、暫くは、疲れたから休む。寮は使っていいですよね?クヌート先生」


 アルの旅立ちを邪魔してはダメだ。

 邪魔はしないが、環境を整えるのが俺に任されたことだろう。クリスを見ると、涙を拭うのも忘れた顔で笑いかけてくれる。


 他のメンツも同じ考えのようだ。


 俺たちは、アルノルト・フォン・ライムバッハの旅立ちを邪魔しない。

 今は疲れたのだろう。休んで欲しい。休んで立ち上がったときには、話を聞いて、俺たちにできることをしよう。

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