第五十八話 孤児院!


 奴隷の面談は、明日に延期した。

 孤児院に赴いて、安心してもらう事が、他の何よりも優先度が高いと判断したからだ。


「アル!こっちで間違いないのか?」

「うん。兄ちゃんが言った孤児院ならそうだよ!」


 アルに案内させる事にしたのだが、しっかりと大銅貨3枚を要求された。

 確かに、案内という仕事だが、少し高いとは思ったが、アルが孤児院の先生も知っていると言っていたので、先生までつなげる事を条件に大銅貨3枚を渡した。


 まずは1軒目だが、ウーレンフートの門の近くにあるようだ。

 正門から伸びる表通りではなく、2つほど通りを入った場所にあるようだ。建物はかなり古くて、いろいろと問題がありそうだが、敷地面積はかなり広そうだ。


 確かにこの場所なら、資材の集積場として十分な役割が持てそうだ。


「兄ちゃん。ここだよ。少し待っていてね。先生呼んでくる」

「あぁ頼む」


 アルはそう言うと孤児院の建物の中に入っていった。

 商業ギルドの女性から渡された資料と見比べても間違いなさそうだ。資料では、孤児が20名ほど生活しているとなっている。


 この街に孤児が多いのは、人頭税がかからない為に、孤児たちが集まってきたという側面もあるのだが、それ以上に冒険者の子供だったり、捨て子だったりが多いからだと説明された。事情はいろいろと有るようだが、この街に孤児が多い事実は間違いなさそうだ。小さいながらもスラムのような場所も存在している。そこにも孤児が居るようだ。

 スラム街の孤児に関しては、ユリウスたちが来てから相談すればいい。無視しても良かったのだが、知ってしまったからには何ができるのか考えてみたい。

 ラウラとカウラの事を思い出さないと言えば嘘になる。できるだけ、ユリアンネやラウラやカウラに自慢できる事を増やしておきたい。たとえ俺が会えないのだとしても・・・。


「兄ちゃん!」


 アルが、中年の女性を連れて戻ってきた。


「はじめまして、この孤児院の院長をしています。イルメラと言います」

「ご丁寧にありがとうございます。私は、この度この孤児院の権利を引き継ぎました。シンイチ・アル・マナベと言います」

「え?」

「お邪魔してよろしいですか?」

「え?あっはい。勿論です」

「ありがとうございます。アル。悪いけど、これで、院に居る皆に何か食べる物を買ってきてくれ」


 パフォーマンスの意味もあるが、俺が孤児院を潰すつもりがないという事を示す為にも、アルにもう少し動いてもらう。

 大銀貨1枚10,000円相当を渡す。


「え?こんなに?」

「お前に上げるわけじゃないからな。院の子供が食べる物だからな」

「うっうん。解っている。それじゃ行ってくる!」


 話を聞いていた、院の子供の年長組だろうか、数名にアルが声をかけている。荷物持ちは必要だろうから、丁度いいのかもしれない。


「マナベ様。よろしいのですか?」

「えぇ構いません。それよりも、お話をしたいのですが・・・」

「申し訳ありません。こちらでお願いします」


 イルメラに付いていくと、入り口の近くにある部屋に通された。

 お世辞にも立派とは言えないが、掃除がされていて好感が持てる部屋になっている。


 イルメラと一緒に少し年下の女性が部屋に入ってきた。一緒に話を聞く事にしたようだ。


「それで、マナベ様が権利を引き継いだとは?」


 イルメラたちに経緯を説明する。


「それでは、マナベ様が、ランドル殿から権利を引き継いだと言う事ですか?」

「はい。そうなります。それで、ランドルに支払っていた、賃貸料なのですが、資料がなくてわからなかったの、直接聞きに来たという事です」


 資料はあった、ただ絶対にその資料通りにはなっていないと確信している。賃料が、月に銀貨5枚のはずがない。


「・・・。ランドル殿からは、毎月金貨2枚と年に子供3名を要求されていました」


 クズが・・・。やっぱり殺しておくべきだったか?


「子供は?」

「成人に達していないと冒険者ギルドに登録ができないと言われて、成人前に逃がすようにしたり・・・。スラムの顔役に・・・」

「よかった。それじゃ、ランドルに渡った子供は居ないのですね」

「はい。その後、成人してランドル殿に・・・」

「そうですか・・・」


 本当に、あいつはクズ中のクズのようだ。

 対処を間違えたな。さらし首にした方が良かったかもしれない。四肢を切り落として、街の外に放置しても良かったかもしれない。


「あの・・・。それで、今後は?」

「あっそうでした。そうですね。賃料は、毎年金貨2枚です」

「そうですか・・・・」


 少し落胆した雰囲気が出る。

 でも、俺が言ったのは、年で金貨が2枚だ。月ではない。賃料が1/12になった事を意味する。


「院長。院長」

「どうしたのですか?お客様の前ですよ。マナベ様・・・。失礼致しました」

「いいですよ。それで、どうかしましたか?」


 女性は俺を”じぃーと”見ていたのでうなずいた


「院長。申し訳ありません。マナベ様。先程のお話ですが、間違いでは無いのですよね?」

「はい。私が言った事に間違いはありません。問題が有っては困ると思いまして、商業ギルドにお願いして契約書にしてきました」

「拝見してよろしいですか?」

「勿論ですよ」


 どうやらこの女性がこの孤児院の財布だったのだろう。

 頭の回転もいいし、数字も強そうだ。


 院長は、話に付いてきていない。

 女性に契約書を渡す。商業ギルドで正式に作成してもらった物だ。俺のサインも入っている。


「院長!マナベ様。ありがとうございます」

「いえ、問題なければ、院長にご確認いただきたいのですが・・・。よろしいですか?」

「はい。はい。院長。院長!」

「なんですか・・・。本当に、貴女は・・・」


「小言は、後でいくらでも聞きます。それよりも、契約書を見てください」

「だから、子供が安全になるだけど・・・。何も、変わらないという事ですよね?」

「院長!マナベ様に失礼です。あの豚・・・。ランドルとは違います。いいですか、院長。マナベ様は、月に金貨二枚ではなく、年に金貨二枚なのです。それも、その年に孤児の子供が成人して卒院したら、免除してもらえる事になっています。それだけではなく、子供の・・・。孤児たちが病気になってしまった時の治療費の負担や、食費の援助も・・・。(グスン)マナベ様。本当によろしいのですか?」

「勿論です。院長や皆様の気持ちを踏みにじるような行為かもしれませんが、私は金銭的な援助をするしかできないので・・・。できる限りの事をしたいと考えただけです」


 放心状態だった、院長が覚醒して認識ができたようだ。


「え?年?食費の援助?治療費?え?え?卒院だけで免除?は?え?」


 少しだけ落ち着かせるために時間を置いた。


「院長。具体的なお話をしたいのですがよろしいですか?」

「え?あっ・・・。マナベ様。本当ですか?」

「はい。そのために、具体的なお話をしましょう」


 院長と女性は揃って頭を下げる。


「「お願いします」」


「はい。私からのお願いは1つです。孤児の受け入れは拒否しないでください。オークもどきのランドルが、ここの他に2つの孤児院でも同じような事をしていたと思います。そのために、この街の子供に対するセーフティネットはめちゃくちゃになっています。その立て直しをお願いしたいのです」

「はい。承ります。しかし、この街にある孤児院は全部で3つなので、それらの連携はどうしましょうか?」

「今から、他の孤児院にも向かいます。全部で3つと聞いて安心しました。同じ条件を伝える事ができます。受けてもらえると思いますか?」

「当然です。どこも・・・」


「そうですか、それはよかった。それでは、契約内容の確認ですが、年に金貨2枚は商業ギルドの”マナベ商会”に収めてください」

「え?」

「受付に行けばわかるようになっています」

「はい?」

「それから、その年に一人以上の子供が成人しましたら、金貨二枚は免除します」

「は?」

「もし、成人する孤児が居なかった場合でも、”マナベ商会”から出している依頼を一定数受けていただければ、同じく免除いたします」

「え?」


「それから、毎月の食費ですが、今どのくらいかかっていますか?」

「あっ食費は、毎月大銀貨5枚程度です」

「そんなに?少ないのですか?」

「はい。ダメなのですが、街の外に出て、野草や小動物を・・・」

「そうですか、孤児の安全の為に今後は絶対に止めさせてください。どうしてもという時には冒険者ギルドに依頼を出してください。依頼料は”マナベ商会”が負担します」

「はい」

「そのかわり、毎月金貨5枚を食費として援助します」

「え?金貨ですか?銀貨ではなく?」

「はい。金貨5枚です。そのかわり、子供に”お腹空いた”とは言わせないでください」

「はい。はい。はい」


 院長が涙ぐんでいる。

 女性は鼻そすすって何かを考えてしまっているようだ。


「あと、治療費に関しては、実費を”マナベ商会”から援助します」

「よろしいのですか?」

「あまりにも高額では困ってしまいますが、常識の範囲ないであれば問題ありません」

「わかりました」

「これらの事は、しっかりと記憶して年に4回”マナベ商会”に提出してもらいます」

「はい。記憶は、何に使ったのかで良いのですか?」

「そうですね。それは、今後話しましょう。今は、話しを続けさせてください」

「わかりました」


「あと一つお願いがあります。嫌なら断ってください。断ったからと言って、今までの話を”なし”にする事はありません」

「なんでしょうか?」

「孤児院のスタッフの皆さんを、”マナベ商会”の従業員として孤児院やホームの運営の手伝いをしてほしいと考えております。よろしいですか?」

「え?どういうことでしょうか?」


 ホームの一部に孤児院を組み込みたいと思っている。

 今は、3つの孤児院だが、それを一つにまとめたいのだ。それで、ホームの中に孤児院を作って、運営したいと考えている。


 宿屋も規模が4-5倍になる。もしかしたらもっと大きくなるかもしれない。オヤジさんが優秀でも人手が絶対的に足りなくなるのは解っている。孤児院のスタッフならいろいろできるだろうし、即戦力で期待できる。


「スタッフの件は、後日で構いません。今日は、ご挨拶に伺っただけです。契約書も、なるべく早くにお願いしたいのですが、本日はお預けしておきます」

「マナベ様。一つお聞きしてもよろしいですか?」「院長!」


 女性が何かいいかけたが、手で制して院長の方を向いて姿勢を正す。


「はい。なんでしょうか?」

「なぜ・・・。そう、なぜ。ここまでしていただけるのですか?マナベ様は、権利を受け継いだだけで・・・。それに、何もメリットがないと思います」

「メリットはあります。ご説明したほうがいいですか?」

「是非。お願いいたします」


 真剣な表情で院長に見つめられる。

 当然だろう。何か裏があると考えても不思議ではない。疑ってくれた方が信頼できる。


「私には、妹がいました。金髪で目がくりっとしてかわいい妹です。他にも、もともとは奴隷だったのですが、私の大切な従者が二人いました。両者とも孤児だったと聞いています。そして、尊敬できる父と母がいました」

「・・・」

「私の大切な人たちは一瞬で奪われました」

「え・・・。あ・・・」


「私もいずれ死にます。その時に、父に恥ずかしくないように、母が私に与えてくれたような温かさを、従者たちが私に与えてくれた親愛を、そして妹が私にくれた絶対の信頼を、私は裏切る事はしたくない。でも、私はどうしてもやりたい事があるのです。それは、父も母も妹も従者も一緒に殺されてしまった乳母も望んでいません。私のわがままで自己満足な事なのです。私はヴァルハラ天国に行けないと考えています。だから、皆が待っているヴァルハラに私が少しでも人助けをしたと・・・。皆が恥ずかしくないような行いをしたと・・・。伝えてくれる人を増やしたいだけです」


 院長は、俺の正体に気がついたようだ。

 口を抑えて、小さく”アルノルトぼっちゃん”とつぶやいていた。


「私は、シンイチ・アル・マナベです。冒険者なのです」


 院長は、うなずいてくれた。解ってくれたのだと判断した。


「わかりました。マナベ様。スタッフと話をして、なるべく早くお返事したいと思います」

「イルメラ院長。ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 頭を深々と下げる院長にかける言葉は見つからない。


「そうだ!忘れていまいた!」


 強制的に話を変える。これも予定していた事なのだが、帰り際にしようと思っていたのだが、今がいいだろう。


「?」「?」

「これをお渡ししておきます」


 院長に袋を手渡す。


「これは?」

「食費です。それから、スタッフの皆さんの給金です。少し足りないかと思いますが、今はこれで凌いでください」

「え?」


 院長が袋を開ける。

 銅貨が30枚と銀貨が10枚と金貨が2枚入っているはずだ。


「こんなに、よろしいのですか?」

「はい。スタッフの皆さんの給金がわからなかったので、適当に決めさせていただきました。もし、余るようでしたら、子どもたちの服や靴を買ってあげてください」

「はい。はい。わかりました。わかりました」


 院長は泣き出しそうな顔をしている。

 同席した女性はすでに泣き出してしまっている。


 オークもどきがどれだけ酷かったのか・・・。今は、その対比で喜んでいるだけだろう。もう少し落ち着いたら冷静に考えてくれるだろう。


 部屋を出たら、丁度アルが帰ってきた。

 手には串焼きを持って居る半分近くなくなっているので、子どもたちに混じって食べたのだろう。


「アル!」

「にっ兄ちゃん!これは、違う。自分で買った!」

「解っているよ。子どもたちにはしっかり食べ物を買ったのだろう?」

「うん。勿論!喜んでいたよ!」

「それなら良かった。アル。後二箇所あるから、急ぐぞ!」


 後、二箇所の孤児院も似たような状態だった。

 契約書を渡して、スタッフへの勧誘をして、当座の資金を渡した。

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