第二百七十七話


 野営地を出ると、遠くに中央が見えてくる。


 帰ってきたという思いと、また忙しい日々が来るのかという思いが交差する。


「旦那様」


 モデストが御者台から声をかけてくる。


「どうした?」


「ルートガー様が街道でお待ちです」


「ルートが?一人か?」


「はい。お一人のようです」


「わかった。馬車を、ルートの近くで止めて、要件を聞け。一緒に行くのなら、中に誘導しろ」


「はっ」


 シロが不安な表情を浮かべる。

 確かに、街道まで来ているのは、異常なことだが、ルートだけで来ているのなら、なにか問題が発生していると考える必要はない。出迎えと文句を言いに来ただけだろう。

 なにか問題が発生しているのなら、ルートと担当者が一緒にいるだろう。緊急事態なら、伝令を飛ばしている。


 だから、一人で待っていたのなら、仕事から逃げてきたら、長老衆に言われて出迎えに出たのだろう。


 馬車が止まって、扉が開いた。


「シロ様。おかえりなさい。ステファナ殿とレイニー殿がお待ちです」


 ルートが何も変わっていないのが嬉しい。

 俺が居るのに、俺を完全に無視した会話を行う。


「ルートガー様。ありがとうございます。お努めお疲れ様です」


 シロもわかっているのだろう。ルートの無礼を無視して会話を続ける。上位者だと忘れないのは育ちが影響しているのだろう。今のシロの立場は、上司の配偶者というだけではなく、長老衆の上位者でもあり、継承権を設定していないから、第二位だと考えられている。


「シロ様。前にもお伝えしましたが、私のことは、”ルートガー”と呼び捨てにしてください。貴女様は、カズト・ツクモの伴侶です」


 俺の名前を告げるときに嫌そうに俺を見るのは流石だな。

 ルートもわかっているだろう。その態度が、仕事の分量に影響していると・・・。でも、やめられないのだろう。俺に対する態度は、クリスへの愛情の裏返しなのだろう。いい加減に、嫉妬しなくてもいいと思う。俺じゃなくて、他にも嫉妬の対象は居るだろう?


「ふふふ。わかりました。ルートガーさん。貴方もお変わりなくて良かったです」


 シロが俺を見て、ルートがさらに嫌そうな表情をするのを見て含み笑いをする。

 女は怖いな。わかっていながら、無視を続ける。相手に乗っている。


 さぁルートはどうする?

 シロは、お前を叱責しないぞ?


 落とし所は、お前が見つけないとダメな状況になってしまったぞ?


 ダメだ。ニヤニヤが止まらない。ルートが俺を見て睨んでくるが、助けない。自分の撒いた種だ。しっかりと刈り取りまで、自分でやってもらおう。

 ステファナも慣れたものだ。空気に溶け込むように、居ないことになっている。


「くっ・・・。本当に、先日・・・。具体的には、10日くらい前までは、平穏で素晴らしい日々を送っていました」


 ルート。それは悪手だ。


「そうですか?それは、私たちが、大陸に帰着したときと被りますが?なにかあったのですか?」


 ほらな。

 ルートを見ると、苦虫を数匹まとめて奥歯ですり潰した表情をしている。シロも最初の頃と違うぞ。俺と一緒に居るのだし、このくらいの返しは自然とできるようになっている。ルートの方は、俺が居ない間は、クリスに甘やかされていたのだろう。クリスは、どちらかといえば”重い女”だ。相思相愛になってから、余計にルートに依存するようになってしまっているのだろう。


「・・・。あぁぁぁ。ツクモ様。ご帰着。嬉しく思います」


 この表情は流石だな。

 嫌そうな表情ではなく、表情を消して頭を下げる。実際に、俺が帰ってこなければ、それはそれで面倒なことになるのがわかっているだけに、できるだけ面倒なことにならないようにしたいのだろう。


「くくく。ルート。お疲れ様。お前が出てくるとは、穏やかではないな?なにかあったのか?」


 やっと本来の話になる。


「くっ。ふぅ・・・。ツクモ様。まずは、モデストが持ってきた情報の説明をお願いします」


 先に、報告を気にするのは、港に関することか?玩具か?


「モデスト!何を持っていった?」


「はぁまだあるのか!」


「それを確認するために、モデストに・・・。いや、ルート。俺が、モデストに渡したのは、エルフ大陸の港を摂取することと、玩具を流行らせることかな?」


「旦那様。もう一つ、”できそこない新種”のことがあります」


 モデストの訂正が入る。新種できそこないのことを忘れていた。俺たちの安全につながることだから、大事なことだけど、対処ができることがわかれば、ただの”強い魔物”だ。


「・・・。全部、資料が手元に届きました」


「そうか、それならいい。まずは、ルート。俺たちが居ない間に、新種の出現は?」


「外周部に出現しましたが撃退できています」


「ルート。撃退?倒したのか?」


「申し訳ありません。討伐はできておりません」


「いや。それはいいけど、退けることができたのか?」


「はい。ほぼ確実な方法です」


「お!それはすごいな」


「方法は、長老衆が検証を指示されていますので、検証後に書類をお渡しします」


 俺が持ってきた情報と合わせれば、新種できそこないへの対応は問題がないレベルまで引き上げられる。討伐ができる場合には、討伐をしてしまえばいい。討伐ができないときでも、退けることができれば十分だ。被害がでないことが大事だ。


「わかった。新種は、俺からの新しい情報を踏まえて、長老衆に情報をまとめるようにお願いしておいてほしい」


「・・・。わかりました。それから、新種・・・。いや、”できそこない”の件は、長老衆が預かることにいいのですね?」


 そうだ。

 ルートには、クリスと一緒にやってほしいことがある。モデストとステファナでも良かったのだが、二人にはシロの側に居てほしい。


「問題ない。ルートは、玩具と港で手一杯だろう?」


「そうそれだ!あんたは、何をしたら、エルフ大陸の港を奪える!遊びに行ったのではなかったのか!」


「ルートガーさん。言葉」


 シロがルートを諫めるが。

 別に、”身内”しかいない場所だから問題ではない。問題ではないと分かっているから、シロも強くは諌めていない。


「あっ。シロ様。申し訳ありません」


 ルートも分かっているが、シロに言われてしまったのなら、頭を下げる必要がある。


「もういいよ。報告書にある通りだ。エルフたちが考えていた以上に、愚かだっただけだ。港の整備も何もできていない。だから、ルートに任せる」


「だから、なぜ・・・。はぁまぁいいです。それで、玩具は?」


 実際には、ルートも”なぜ”は分かっている。報告に書かれている。時系列でまとめてある。モデストの立場からの意見も添えられているので、ルートなら読めばわかるだろう。ルートが言っている”なぜ”は、俺に説明して欲しいということだろうけど、面倒だ。報告を読めばわかる物を、わざわざ俺が説明するのもおかしな話だ。


「ん?メモで書いた。クリスに頼もうかと思ったけど」


「俺が引き受けます」


「違う。違う。クリスの配下に頼むつもりだ。ルートは、港の整備で大変だろう?」


 俺が、クリスの従者に直接頼むのはダメだ。本来は、ルートに指示を出すのもダメだ。クリスが上位者なのだから、クリスに指示を出して、クリスからルートや従者に指示を出させるのが正しい。


「え?クリスの配下?」


「そうだ。メインは、カトリナにまかせて、クリスの従者たちにも経験を積ませたいだろう?」


「まぁそれなら・・・」


「だから、ルートとクリスでエルフ大陸の掌握を頼む。エクトルがエルフ族の一つを掌握しているから、連携すればいいだろう」


「・・・。反対してもダメなのでしょう」


「そうだな。パレスキャッスルとエルフの港を繋いだら、中央大陸の港との交易も頼む」


 俺たちの大陸とエルフ大陸の交易を今以上に活発にする。その過程で、中央大陸との交易を行う。


「わかりました。クリスを連れて行っていいのですか?」


「もちろん。従者で必要な者は連れて行っていいけど、2-3組は残してほしい」


 人員は、ルートに一任。

 俺が選んでもいいが、ルートとクリスとの相性もあるだろう。適材適所への配置を行うのには、普段から一緒に仕事をしている者からの推挙が一番良い。俺では、表面・・・。報告書の文面での判断になってしまう。


 これで、港と新種できそこないはなんとかなる。俺が考えるのは、玩具だけだ。

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