第二百五十六話


 私は、ステファナ。

 カズト・ツクモ様に拾われて、奥様になられたシロ様の従者メイドを務めさせていただいている。


 旦那様と奥様が、エルフ大陸に渡ることになった為に、私が付いてきた。

 いろいろあって、旦那様と奥様はエルフの里には向かわずに、港町を出た所で待機されている。


 入り組んだ障壁を抜けて、草原エルフの里の前まで来た。

 草原の中に、木で作られた家が立ち並んでいる場所だ。旦那様が作られるような堀や柵はなく、簡素な柵があるだけの場所だ。


 テル・ハール殿が、門の所にいた男性に声をかけている。

 モデストを睨むような仕草を見せるが、すぐに視線を落とした。そして、門番はモデストだけではなく、わたしたちに向けて殺気を向けてきた。モデストの所まで歩いてきて、なにか話しかけている。


 話を聞いて、モデストが門番だけではなく、テル・ハール殿にもわかりやすい殺気を向けます。


「モデスト殿。殺気を抑えていただけると・・・」


 テル・ハール殿が耐えきれなくなったようだ。


「私に対する誹謗ならいくらでも甘受できるのだが、旦那様や奥様への誹謗は許せません。私だけでなく、他の者も同じ考えです。今後、無駄な諍いを招かないためにも、言動には注意していただきたい」


 門番の男をにらみながら、モデストが言い切ります。

 わたしたちの気持ちを代弁しているかのような言い方ですが、問題はない。皆が同じ気持ちなのだ。


「なっ」


 門番の男は、モデストが殺気を感じていながらも、悠々としているのが気に障ったのだろう。

 そして、それだけではなく、言い返してきたのが気に入らないようだ。


 モデストは、門番の男に一瞥しただけで意識を周りに向けて、宣言するように話し始めた。


「それと、私たちは・・・。解っていないようですから、もう一度だけ言います。隠れて、武器を持っている者たちにも聞こえているでしょう。私たちは、別に頭を下げてまで、里に入る必要はない。私たちを必要としているのは、あなた方だ。誤解されたままでは気分が悪いので、はっきりといいます。この里を火の海に沈めても、私たちの心は痛みません。そして、”殲滅する”くらいなら簡単だ。スキルカードを使う必要もない。お前たち、エルフ族を殲滅してから、墓参りをすればいいだけだ。勘違いをするな。お前たちは、私たちに”許しを請う”立場だ。跪いて、懇願しろ、殲滅を命令されていないから実行しないだけだ。思い上がるな!」


「ふざけるな!」


 門番の男性が、間に入りかけていたテル・ハール殿を押しのけて、モデストに剣を向ける。


「剣を抜いたな。いいのか?賭けるのは、貴殿の命だけではないぞ?」


 肩に剣が迫っているのに、モデストは歯牙にもかけない。


 モデストの脅しが効いたのか、門番が一歩下がる。

 空いたスペースに、テル・ハール殿が割って入る。


「モデスト殿。どうか、どうか、ご容赦ください」


「テル・ハール殿。貴殿は、間違っている」


「間違っている?」


 そうだ。

 諌めるのは、門番であり、後ろで弓を構えている者たちだ。殺気を放ったのも、剣を抜いたのも、門番が先だ。


「わからなければ、その程度なのだろう。ステファナ様」


 モデストが私を見ます。

 私に、状況を好転させる手はありません。流れに任せる方法しか思いつかない。そもそも、旦那様や奥様を中傷したのは許せません。


 エクトルを見ます。エクトルは、私の視線を感じて頷いてくれました。意味はわかりませんがこれで大丈夫だと思いたい。

 本当に、モデストが言っているように殲滅して墓参りだけ済ませて帰りたくなってしまっています。旦那様と奥様の近くが私の居場所だと・・・。強く、強く、思えてきます。本当に、こんなに選民意識を持っていて、意味があるのでしょうか?

 草原エルフは、まだ”まし”だと言われています。それでも、これだけの選民意識なのに、ハイエルフはどうなっているのでしょうか?自分たちだけで問題を解決して、生活しているのでしょうか?


「ステファナ様?」


「え?はい?」


 エクトルが目の前に来て跪いています。

 周りを見ると、門番だった者が倒れているだけで、他に変わった様子は見られません。


「終わりました」


「終わった?」


「はい。リーダーを対決で・・・」


「リーダー?」


「はい。そこで倒れている門番がリーダーでした。テル・ハール殿に確認したので間違いないです」


 モデストが近づいてきて、説明をしてくれました。

 どうやら、草原エルフから絡んできたようです。テル・ハール殿が、やっと気がついて門番や弓を構えている者たちに攻撃を止めるように言いますが、そのときにはすでに遅かった。草原エルフの中で、選民意識に凝り固まっていて、私たちだけではなく、旦那様や奥様の拉致を言い出した者たちのリーダーが門番をしていた男だったようです。


 わらわらと、門の周りに草原エルフや関係者が集まってくる。


 テル・ハール殿が、モデストとエクトルに頭を下げている。

 今度は、間違えなかったようだ。すでに遅い気がするが、里が全滅するよりはいいだろう。それに敵対するのなら、態度をもっと前にはっきりとさせるべきだ。里まで案内してから、敵対行動を取るのは最悪の対応だ。それなら、里の中に入れてから逃げられない状況を作ってから行動したほうがましだ。


「ステファナ様」


 テル・ハール殿の横に居たエクトルも戻ってきた。


「ステファナ様。モデスト。どうしますか?私が案内するか、テル・ハールが案内するのがよいと思います」


 モデストとエクトルが私を見ます。

 どちらでも良いのですが、”姫を治す”ことを考えれば、エクトルに案内を頼むのが良いように思えます。


「エクトルに案内を任せます。テル・ハール殿は、この場所に残ってもらいましょう」


 テル・ハール殿を人質とするのですね。

 そんなことをしなくても、私に危害が加えられたら、”姫”は助からない。それだけではなく、モデストが里を滅ぼしてくれるでしょう。


「エクトル。お願い出来ますか?先に、”姫”を治療しましょう」


「はい。テル・ハール。お前は残って、待っていてくれ」


「わかった」


 テル・ハール殿は、自分が”人質”になるのを認識しているが、今までのことがあるので、断れないのだろう。


 里の中は、少しだけ大きな村と考えればいいだろう。

 森まで距離はあるが、森に近い場所に、大きな家が見える。そこが目的地のようだ。


「ステファナ様。墓地がどこにあるのか、俺は知らないのですが・・・」


「そうですか・・・。共同墓地ではないと思いますし、集落には無いのかもしれません」


「気休めですが・・・」


「なんでしょうか?」


「”姫”なら知っていると思います」


「そうですか・・・」


 里の中を歩いていると、視線が突き刺さります。

 しかし、それ以上は何もしてきません。門番が倒された情報が知れ渡っているのでしょう。長老衆が出てきてもおかしくないと思っていたのですが、どうやら”無関心”を貫くようです。

 関わり合いがなければ、問題に発達しないと思っているのでしょう。

 港で、この態度を取ってくれていれば、旦那様も奥様も、ご一緒に里まで来ていただけたのに、残念です。


 やはり、奥に有る家が目的地で間違いは無いようです。


 門番が居ますが、エクトルを見ると、少しだけ驚いて門を開けます。里の門番と違って無駄な争いにはならなかった。


「ステファナ様」


「はい」


「できましたら、私のすぐ後ろを歩いてください」


「わかりました」


 なぜ・・・。

 この家の中にも何らかのスキルがかけられているのですね。エクトルの背中を見ながら付いていきます。方向感覚がおかしくなるような感じがするので、ここまで厳重にする理由がわかりません。何か、理由があるのでしょう。


 エクトルが、一つの扉の前で止まりました。

 扉をノックします。


「ご無沙汰しております。エクトルです」


 もしかして、侵入者を迷わすためのスキルではなく・・・。

 私の予想が当たっていなければ・・・。

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