第百四十五話
どのくらい抱き合っていたのだろう。
何回唇を合わせたのだろう。舌が絡み合うようなキスをした。
「カズトさん。僕おかしくなりそう」
「俺もだよ。でも、シロ。まずはやることをやろう」
「はい!」
俺が愛したシロがそこに居る。二人でお互いの身体を拭いてから、用意されていた新しい下着を身に付けた。
リーリアとオリヴィエとステファナとレイニーが資料をまとめてくれている。
できた資料から持ってくるように伝えた。順次、資料を読み込んでいく、思っていた以上に警備が硬い場所がある。何か隠していますと言っているのに気がついていないのだろうか?
ドアがノックされる音で資料から目を離す。シロは資料を読むと言ったが、疲れていたのだろう、緊張もしたのだろう、そして安心したのだろう。
ベッドで寝てしまっている、まだ夢の世界の住民だ。下着姿のまま可愛い寝息をたてている。
「なんだ?」
「旦那様。失礼致します。ファビアンを名乗る男が旦那様にお会いしたいとお越しです」
「わかった。少し待たせておけ、準備してから行く」
「かしこまりました」
ベッドを見ると、シロがしっかりと起きている。下着姿なので、すごくセクシーな状態になってしまっている。
「シロ、顔を洗ってから行くぞ」
「はい」
下着姿を見ていたい欲望を押さえつけて、顔を洗ってから、服を着る。商人風の物ではなく、冒険者風の服装にする。俺は、太刀と脇差を帯刀した。シロはショートソードを二本腰からさげている。防具は付けていないが、守りに使えるスキル道具は身につけている。シロも同じだ。
部屋を出ると、ステファナが待っていた。
「お呼びいただければ、奥様のお着替えを手伝いましたのに?」
「着替えくらいは、自分でします。それよりも、ステファナ。客人はどこでお待ちなのですか?」
シロの澄ました言い方に少し笑いがこぼれそうになる。
ステファナが俺とシロを先導して歩く、階段からすぐの部屋に案内した。
フロアー全部を借り切っているので、こういう使い方ができるの、贅沢な使い方だよな。
部屋に入ると、20代後半位の男が、椅子に座って居た。
この男が、ファビアンだろうか?
カイとウミとライはすでに部屋に着ていた。
俺とシロが部屋に入ってきた事がわかったのだろう。男は、立ち上がって頭を下げた。
「ユリアン殿。先程は、スラムの住民が失礼しました」
「その前に、貴殿の名前は?」
慌てて、頭をあげてから
「私は、ファビアンと申します。スラム街で顔役のような事をしております」
顔役の
「ファビアン殿。確認したいのだが、貴方が謝罪されるということは、先程私達を付け回して、馬車を襲撃した者は、貴方の指示で動いたと解釈してよろしいのですか?」
「ちょっとまってくれ。いや、待ってください」
「いいですよ。でも、貴方の言い方では、私たちに謝罪しに来ただけですよね。それは、わかりました、謝罪は受け取りました、お帰りください」
ファビアンを見るが動揺が見て取れる。
成人したばかりの餓鬼だと思って甘く見ていたか?
「リーリア。オリヴィエ。お客様がお帰りになる」
扉の外に居るであろう2人に声をかける。
「ちょっと待ってください。失礼しました。ツクモ様」
シロと一緒に立ち上がって部屋から立ち去ろうとしたが、呼び止められた。
「なんでしょうか?」
「ツクモ様。本当によろしいのですか?」
「はぁー貴方もですか?」
「え?」
「何か勘違いされているようですね。訂正するのも面倒ですが、私の事を、”ツクモ”と呼んだ時点で、私のことは把握していると考えます。それを踏まえて、質問します。私たちは、ゼーウ街がどうなろうと関係ないのです。私たちの街に、私が大切にしている者や場所にちょっかいをかけてこなければいいだけです。この意味がわかりますか?」
ファビアンは少しだけ考えてから
「そうですか・・・ツクモ様はゼーウ街が無くなっても困らないとおっしゃっているのですね」
「正確には、チアル街にちょっかい出せなくなればいいだけです。そうですね。現在のデ・ゼーウを思いっきり痛めつけて、見せしめに殺してもいいでしょう。竜族にお願いして、ブレスで領主の館をふっとばしてもいいでしょう。少なくても、ゼーウ街は混乱して、チアル街にちょっかいかけることはできませんよね?あなた達がそれを提供できるのなら、協力することも考えますが、勘違いされては困ります。私達は、あなた達で無くてもいいのですよ」
俺の発言の意味をしっかりと考えてくれれば、馬鹿な提案はしてこないだろう。
「ふぅ怖い怖い。喋り方が不敬とか言わないでくださいね。こっちが素なのでね」
「かまわない。それで、ファビアン。俺に何を提示してくれる?」
「そうですね。捕らえられている、ヤニック殿とアポリーヌ殿の居場所では不服ですか?」
「不服だな。それは、ここに居るライの眷属が見つけ出せるからな」
ライが、眷属をスキル呼子で呼び寄せる。
「これの進化体でもいいぞ?」
「ちょっちょっと待ってくれ、進化体?」
「そうだな。フォレストの称号やレッドやブルーもだな。そうだな。デスの称号を持っている者も居るぞ?さすがに、イリーガルの称号は数が少ないけどな」
「やめてくれ、俺はまだ死にたくない」
「大丈夫だ。俺の命令には従うし、俺たちに危害を加えなければ多分大丈夫だと思うぞ?」
「そこは、大丈夫と言いきってくださいよ」
「ハハハ」
これで、会話ができる状態になったようだな。
ファビアンも変な色気を出すと危ないと悟ってくれたようだ。
「わかりました。本音で語らせてもらいます」
「最初からそうしたらいい。鑑定を持っているのだろう?カイとウミは見たか?」
「え?俺が鑑定持ちっていいました?隠蔽しているのでばれないと思っていましたが?」
「無駄だな」
「魔眼でもお持ちなのですか?まぁいいですよ。そのフォレストキャットですよね。特殊個体のようですが・・・。え?イリーガル・デス・ブルー・フォレスト・キャット?イリーガル・ブルー・スキル・フォレスト・キャット?はぁあんた馬鹿だろう?なんで、そんな化け物を街の中にって遅いか」
「馬鹿とは言ってくれるな」
「それは本当に失礼しました。スラム街で生活しているので、口が悪くなってしまいましてね」
「ハハハ。どれが、ファビアンの素なのか知らないが、俺は好きだぞ」
「やめてください。奥方に言われるのなら嬉しいのですが、ツクモ様に言われても嬉しくは無いですよ」
「シロはやらんぞ。俺の嫁だからな」
「はい。はい。わかっています。それよりも、話をしていいですか?」
ファビアンは、崩れた服装を手直しして椅子に座りながらだが、姿勢を正して俺を正面から見据えてから
「カズト・ツクモ様。数々の非礼お詫びいたします。その上で、主をお救いください。私にできることなら、なんでも致します」
「俺が、ヨーゼフの命を要求するかも知れないぞ?」
「それこそ、ありえないでしょう。ヨーゼフの命が欲しいのなら、それこそ、カイ殿じゃなくて、アントかビーナに指示すればそれこそ”あっと”いう間でしょう」
「どうだろうな。俺は、ヨーゼフを知らないのでなんとも言えないな」
ファビアンを見つめる。
ここまでは想定していた流れだ、多少違ったと言えば、ファビアンが”スキル鑑定”を持っていたことだ。
「なんか、ツクモ様の手の中で遊ばれているような気がして気に入りませんが・・・」
「なんだ、それなら帰ってくれてもいいのだぞ?」
「いやいや、もうそれはいいです。ツクモ様。何を知りたいのですか?」
「そうだな。グレゴールとお前たちの関係が最初に知りたいことだな」
「わかりました、その前に、俺からもツクモ様に聞きたいことが有るけどいいか?」
言葉遣いが混じっている。
緊張しているのかも知れないな。それに、これから、大事な交渉をする必要があるから、言葉遣いを気にしているのだろうけど、素が出てきてしまうのだろう。
敬語だろうが、そんな事は些細な問題だな。
「答えられることならな」
「ありがとうございます。本質的なことが一つと、俺の興味本位の質問が一つです」
「興味本位は最後だな。本質的な事を先にしろ」
「ありがとうございます。ツクモ様。なぜ、俺たちとグレゴールの関係を気にされるのですか?」
ファビアンは、”
「簡単だよ。グレゴールたちは、スラム街の奴らを”裏稼業”と言った。その上で、お前が長男に連なる者だと説明して、力を貸して欲しいと懇願した」
「それだけですか?」
「それだけで十分だと思うぞ?もっと説明した方がいいか?」
「是非」
「面倒だな」
「お願いします」
「グレゴールやルチたちが提示した条件や情報を総合すると、俺にタダ働きさせようとしているように思える。実質宿を提供したりしているので、全くの無料というわけではないだろうがな。その上で、お前をヨーゼフの腹心と言っていた」
「あぁ」
「ここまでは問題はない。その後で、俺の信用を得るために、スラム街の住民をいきなり殺そうとした。これがどうも引っかかっていた。彼らは、誰に”俺の情報”を貰っていた?俺とシロだけなら街で見かけたとかで済むだろうが、馬車を襲撃する理由にはならない。危機を助けて、恩を売るつもりだったのではないか?」
ファビアンは、天井を見てから息を深く吐き出した。
「ツクモ様。俺たちと、グレゴールたちは共闘関係にあります。これは真実です」
「あぁそれは信じよう」
「ありがとうございます。しかし、グレゴールたちと俺とヨーゼフでは目指す所が違います」
ちぐはぐな理由もわかった。
ヨーゼフを担ぎ出したいグレゴールたちと、純粋にヨーゼフの事を救い出したファビアンの違いだな。
「それで、ヨーゼフの考えはどっちに近い?」
「俺に近いといいたいのですが、ツクモ様は信じてくれないですよね?」
「信じるかも知れないぞ?」
「そうですか?」
「話してみろよ」
「はい」
ファビアンが、ヨーゼフが行おうとした改革を話した。
共和制に近い制度を考えていたようだ。そりゃぁ反対も多くなるよな。
法の整備もまだできていないだろうし、一気に移行はできないだろう。
俺としては、ヨーゼフの方が、今代のデ・ゼーウよりは話ができそうだ。
「そうか、グレゴールたちは、ヨーゼフを領主に添えて、自分たちで支える体制にしたかったのだな」
「え?今のでわかるのですか?」
「あぁ」
「すげぇぇ俺がヨーゼフから何度聞いても解らなかったのにな」
横で話を聞いているシロが自慢げの表情を浮かべている。
「それはいい。だから、先代のデ・ゼーウも跡継に悩んでいたのだな」
「そうです」
ようやくいろいろなピースが集まってきた。
あとは組み合わせるだけだ。
「ツクモ様。それで俺に聞きたいことは?」
「そうだな。ヨーゼフに会うにはどうしたらいい?まだ生きているのだろう?」
「なぜ・・って、わかりますよね」
「あぁお前が慌てていないことから、命の危険は無いのだろう?そこに、ヤニックとアポリーヌも居るのだろう?」
「・・・そうです」
やはりな。
潜入をして捕まったというよりも、デ・ゼーウの事を調べる過程で、保護に向かったという所だろう。二人だけなら脱出もすぐにできるだろうが、それをしてこないのはどの陣営かわからないが何かしらの取引を持ちかけたのだろう。ヨーゼフ辺りが口説いたと考えたいたほうが良いかも知れないな。
「場所は、デ・ゼーウの屋敷の地下でいいのか?」
「・・・はい」
「早速行くか?」
「ちょっと待ってくださいよ。いきなりだな」
「早いほうがいいだろう?今のゼーウ街の状況は把握しているのだろう?今日明日は大丈夫だけど、明後日はどうなっているかわからないぞ?」
ファビアンは目をつぶって考えている。
答えが出るわけが無い。俺が情報を出しているわけではないし、想像するしか無い。
ファビアンが考えているのは、俺がここに来ている意味だろう。
一つは、ゼーウ街に勝てないと見て、講和の交渉に来た
一つは、すでにゼーウ街の攻撃部隊は無力化して物見遊山で来た
一つは、デ・ゼーウの暗殺に来た
多分、3番目と考えるだろう。
「ツクモ様。デ・ゼーウの暗殺を考えているのか?」
やはりという感想しか出てこない。
「そんな必要ない事はしない。俺は、負け犬の遠吠えを聞こうかと思っただけだ」
「は?」
「だから、デ・ゼーウが負けた事を認識しないまま俺に暴言を吐いて、その場で生け捕りにして、街中にデ・ゼーウが簡単に負けた事を知らしめようと思っただけだ」
「ちょっまだ戦争は始まっていないよな?ツクモ様がここに居て大丈夫なのか?」
「大丈夫にきまっている」
「まだ勝敗はわからないのではないか?」
「そうだな。1億回位やれば一回位はまぐれで勝てるかも知れないな。その1億分の1を埋める策と情報もすでに考えて有るから無理だろうな。ゼーウに想像もできない新兵器や策を食い破るだけの知恵者や兵の数があれば別だろうけどな」
「・・・」
「戦争なんて、始まる前に終わっている。個々の部隊の戦術が優れていても、情報を集めて、集めた情報を分析して的確な配置と作戦を考える戦略ができていなければ、戦争には勝てない」
「・・・」
「確かにゼーウ街に強者が居るかも知れない。だが俺たちは戦略でゼーウ街を上回っている。情報戦で勝利しているのだから、負ける要素を一つ一つ潰して、あとはそれを証明するだけだ。ゼーウ街は勝ったつもりだろうが、戦端が開かれる前に負けが確定している状態だよ」
ファビアンが遠い目をしている。
「わかった、ツクモ様。今すぐというのは侵入経路の問題があるので難しいが、早い内に動いたほうがいいということだな」
問題を棚上げしやがったな。
答えとしては問題ないので、話を続けることにする。
「そうだな。俺としては、いい機会だから、ゼーウ街のゴミ掃除をしたいのだけど、できるか?」
「どこまでをゴミといいますか?」
「ヨーゼフの邪魔になりそうな奴だな」
「・・・。俺以外全員になってしまいます」
「それじゃ、街が回らないだろう?」
「そうですね。グレゴールたちなら、ヨーゼフから説得してもらえば大丈夫じゃないですかね?」
「俺に聞くなよ」
「それは、ツクモ様なら、ヨーゼフに近い考えですので大丈夫だと思ったのですけどね」
「わかった、ヨーゼフと話をして、落とし所を見つけることにしよう」
「おっありがとうございます」
「調子がいいな。それじゃ夜の方がいいよな」
「はい」
偽ヨーゼフを用意しておいても面白いかも知れないな。
「なぁヨーゼフと一緒に監禁されているのは、ヤニックたち以外では誰か居る?」
「ヤニック殿から聞いた話では、先代の奥方・・・ヨーゼフの継母が捕らえられています。あとは、ヨーゼフの許嫁ですかね」
「わかった、子供は居ないのだな?」
「いません」
実験区から、男性1人と女性2人を輸送させるか?
操作可能な状態にしてあるのが数体居たはずだ。
それと入れ替えて、ヤニックたちは脱出してしまえばいい。デ・ゼーウが勢い余って殺してしまったら、そのごをどう処理するのかも興味がある。
それと嫌がらせの意味で、許嫁は下半身だけ男にしておいてもいいかも知れないな。喜劇が見られそうだからな。
「わかった。準備に一日くれ、明日の夜に救出作戦を行おう」
「わかりました。俺はどうしたらいいですか?」
「そうだな。グレゴール達には、決裂したとでも話しておけばいいだろう」
「作戦は俺が聞いてもいいですか?」
「漏らさないと約束できるのならな」
「誓いましょう」
「わかった、許嫁・・・お前の妹の命をかけるか?」
「え?は?え?なぜ?」
カマかけしただけだけど、当たっていたようだな。しっかりとドヤ顔をしてやった。
「さぁな」
「降参です。まいりました。作戦で俺にできる事はなんですか?」
「救出後に身を隠す場所の用意を頼む。スラム街でいいだろう。どうせ、俺にけしかけた奴らが最後の跳ねっ返りだろう?」
「もう驚きませんよ。でも、了解しました。そう長い間では無いのでしょう。用意します」
「頼むな」
ファビアンが立ち上がった。
俺も立ち上がって、握手をする。
「そうだ、ファビアン。興味本位で聞きたい事ってなんだ?」
「え?そうですね。この歳だから聞いておきますよ。ツクモ様。奥様のシロ様が、アトフィア教の現教皇の死んだと言われている孫娘にそっくりなのは偶然ですよね?」
「あぁ偶然だ。シロは、シロ・ヴェネッサ・ヴェサージュというのだが、アトフィア教とは一切関係ない。俺の大切な嫁だ」
「そうだったのですね。これは失礼致しました。ツクモ様。髪の色くらいは変えられたほうがいいとは思いますけどね」
「大丈夫だ。俺は、シロの今の髪の色が気に入っている。変える必要性はない」
「そうですか・・・守り抜くのですね」
「当然だろう?シロは俺を守ってくれる。俺もシロを守る。何が有ってもだ」
「・・・。ありがとうございます。興味本位で聞いた事を、謝罪致します」
「謝罪を受け入れよう。明日の夜頼むな。ルチから教えられた場所に行けばいいか?」
地図を広げて場所を確認する。
問題ないようだ。
冷え切った紅茶を飲み干してから、ファビアンは部屋から出ていった。
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