第百十七話


「パパ!」


 エリンが洞窟にやってきた。

 スーンが案内してきたようだ。エリンは、すぐにシロの部屋に移動していった。あっちで寝るようだ。


「大主様」

「わるいな、急に仕事を追加してしまったな」

「いえ、大丈夫です。それに彼らは思った以上に優秀です」

「ほぉそれは良かった」


 スーンの報告では、彼らは商業区と自由区の簡易地図からアトフィア教の粛清部隊ならこの辺りに潜むだろうという場所を割り出した。スーンは、それをもとに数ヶ所の拠点を調査した所6ヶ所中4ヶ所で拠点として使っていた形跡が確認できた。

 また、外に待機している連中の画像を確認させた所、戦力の分析が行えた。

 その上で、魔蟲や吸血族と引き合わせた所、戦力的には吸血族数名とスパイダー種とアント種で安全マージンをとっても対応可能だろうという事だ。スーンは、そのままの数ではなく、倍にした戦力で挑むことにしたようだ。


 竜族を使っての輸送も問題なく終わったようだ。

 スーンは、集落に居た26名全員から話を聞いて問題がない事も確認したようだ。程度の差こそあれ、アトフィア教の現教皇を憎んでいるのには間違いないようだ。財産的な憎しみではなく、肉親を恋人を殺された恨みのようだ。


 シロの祖父だという話だが、恐怖政治は破滅しか産まないと思うのだけどな。粛清を進めていけば、身の回りには”イエス”しか言わない道具しか残らなくなる。中央がそんな状態になれば地方の箍が緩む。優秀な中堅が上に進めなくなり、空洞化が進む。その先は、緩やかな破滅しか待っていない。


「大主様。彼らに、詳細な地図と武器とスキル道具を与えてよろしいでしょうか?」

「判断は、スーンに任せる」

「ありがとうございます」


 奥の部屋から、エリンとシロの話し声が聞こえる。

 シロも妹ができたようで嬉しいといっていたので、問題は無いだろう。リーリアやクリスは妹認定はしていなかったな。過ごした長さが影響しているかも知れないけど、エリンはすんなりと内側に入れたな。


『大主様』

『どうした?』


 ログハウスに居るドリュアスからの連絡が入った。


『っは。フラビア殿とリカルダ殿が、シロ様に関する事でお話があるそうです』


 フラビアとリカルダが”殿”で、シロが”様”なのが少し気になるが、言ってもしょうがないのだろう。


『わかった。シロは一緒の方がいいか?』

『いえ、大主様にだけお話をしたいそうです』

『わかった、執務室で待たせておいてくれ』

『かしこまりました』


 シロの部屋からは話し声が聞こえなくなった事から、寝たのかも知れない。

 洞窟からログハウスに向かう。執務室に入ると、フラビアとリカルダが武装を整えた格好で直立不動で俺を待っていた。


「ツクモ様。お休みの所申し訳ありません」

「かまわない。それよりも、本題に入ろう。シロの事だと聞いたが?」


「はい・・・あの・・・ツクモ様。全ての話を聞き終わるまで・・」

「わかった話せよ」

「はい!」


 フラビアの説明を聞いて、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

 フラビアとリカルダは、自由区にあったアトフィア教の潜入している奴らが潜伏している可能性がある建物を急襲した。建物自体は既に引き払われていたが、作戦に使う情報が少し残されていた。

 二人は、スーンにお願いして、この件は二人に預からせてほしいと願い出たらしい。だから、先程のスーンの報告には無かった項目なのだろう。


 ”領主の伴侶を誘拐又は殺害する”計画を立てていた事が判明した。

 これは予想していたとおりなのだが、シロが第一夫人だと思われていて、シロを誘拐又は殺害する事が計画として書かれていた。これ自体が罠の可能性は残されるが、要人誘拐は効果的な行為だろう。


 誘拐の方法も、残されていた資料から判明している。

 誕生祭のときに、散発的に暴動を起こして、混乱したすきに実動部隊が行政区になだれ込んで、シロを誘拐するという方法が書かれていたという事だ。


 穴だらけの計画だけど、彼らはこの計画の為に、数週間は最低でも準備する期間があった。それに引き換え俺たちは、数日で対策を考えて対応を行わなければならない。穴だらけに見えている計画も、そう見せているだけの可能性も考慮しなければならない。


 カウンターテロの難しさだ。

 奴らは、行為自体が目的になっている場合が多い。対応する方は、犠牲者が出た時点で負けなのだ。特に、要人誘拐なんて行わせてはダメなのだ。


 奴らの目的が、要人誘拐に絞られているのなら、第一段階の暴動を防げればその先に進めなくなる。


「それで?お前たちは、なんで完全武装なのだ?」

「ツクモ様。奴らは、姫様・・・いえ、妹の幸せの時間を終わらせようとしています」

「どういう事だ?」

「はい。奴らは、妹がアトフィア教の教皇の孫娘だと知っていて、誘拐して、自分たちの旗頭にしようとしているのです」


 そういう狙いがあるのか・・・。

 でも、シロが・・・あぁ眷属化や従属化すればいい程度に考えているのだな。レジストの方法が有るとは考えていないのかも知れない。アトフィア教もスキルの実験をしているとは聞いたけど、俺達ほど潤沢にスキルカードが使えないのかも知れないな。


「そうか・・・お前たちが完全武装なのは説明されていないぞ?」

「ツクモ様。伏してお願い致します。私達二人に、アトフィア教殲滅を命じてください。私達二人の命を賭してでも必ず、妹の幸せを守ります」

「・・・許可できない」

「なぜです!ツクモ様!」「お願いです」

「ダメだ、二人が居なければ、シロが幸せを感じるはずがない。二人の犠牲の上でしか成り立たない幸せを、シロが望むと思うか?」

「しかし・・・ツクモ様」


「二人の気持ちはわかる。わかるが、ダメだ。お前たちが死ぬのなら、29名を使って殲滅してみせろ」


 直立不動の二人を睨む。

 俺ができる最大の譲歩だ。それができないのなら、二人を拘束してでもログハウスから出さない様にする。二人に恨まれてもいい、シロの安全は別の方法で守る。


「わかりました。ツクモ様。ツクモ様のご命令に従います」


 フラビアが折れる形になった。


「ツクモ様。当日は、姫様を・・・妹をお願い致します」

「あぁ」


 リカルダも、シロの安全が優先のようだが、納得はしてくれたようだ。


「そうだな。当日は、エリンも居るだろうし、リーリアとクリス・・・よりは、吸血族とドリュアスを付けるほうが安全か?」

「ツクモ様のお側に置いていただけるほうが私達は安心できます」

「そうか?」

「はい。カイ殿やウミ殿やライ殿も一緒なのですよね?」

「そういう意味では、一緒に居るだろうな」

「それでしたら、ペネム街で一番安全な場所だと思います。是非お側に・・・お願い致します」

「わかった。わかった。シロの意見を聞いてからになるけど、それでいいか?」

「もちろんです」「はい!姫様が、ツクモ様から離れるとは思えませんので、大丈夫です」


 二人の主張はわかった。

 提示された資料が全て同じ方向を向いている。


 ターゲットは、シロ、エリン、クリス、リーリア、アルベルタ、フィリーネ、レナータになっているようだ。あと、獣人も候補と考えられているようだが、人族でないという理由で却下されているようだ。

 それをいうと、シロ以外は違うのだけどな。アトフィア教では、シロ以外の種族を把握できていないと思って良さそうだ。そして、それは中に忍び込んでいる連中には、スキル鑑定を持っている者がいないという事だろう。


『ライ』

『ん?』

『フラビアとリカルダの周りに眷属を配置しておいてくれ、シロだけが対象だとは考えにくい』

『わかった。わからないようにした方がいいよね』

『そうだな。頼む』


 多分、フラビアとリカルダは、俺に黙っている事がある。

 アルベルタやフィリーネやレナータの事まで調べて認識している奴らが、フラビアとリカルダの事を認識していないとは思えない。考えてみれば、教皇に対抗しようと思うのなら、フラビアやリカルダの方が旗頭としては適しているかも知れない。


 教皇派は敵として認定しても問題ないだろう。穏健派は今の所俺たちに関しては中立と思っておけば問題は無いだろう。そこに、教皇を恨む派閥が加わった。穏健派の一部だと考えればいいだろうが、穏健派よりも過激な思想を持っていると考えられる。

 その上で、枢機卿なのかもっと違う集団なのか、教皇に取って代わろうとしている集団が有るのだろう。それが、今ペネムに潜入したり、要人誘拐を行おうとしている集団なのだろう。


 明日は、表と裏で大忙しになりそうだな。

 もう何も無いことを祈って、洞窟で風呂に入って寝てしまおう。


---


 さて・・・朝になってしまったか・・・。

 エリンが俺を起こしに来た。祭りを楽しみたいのだろう。着替え途中のシロを引っ張ってきている。


「エリン。シロが困っているから、少し待て」

「はい。パパ!シロお姉ちゃん早く!」

「エリンちゃん。ちょっと待って、僕まだ準備が終わってないよ」

「大丈夫。シロお姉ちゃん。パパの前で着替えればいいよ!それに裸で寝ているシロお姉ちゃんが悪いんだよ!」


 エリン。それは言わないであげて欲しい。シロがみるみる赤くなっていく。


「カズト様。僕は、別にいつも裸じゃないですよ。昨日は、疲れていて、エリンちゃんとお風呂に入って・・・その、あの・・・だからですね」

「わかった。わかった。早く上を着ろよ。下着姿でいつまでも居ると体調崩すぞ」

「え・・・あっはい!ゴメンなさい」


 エリンから逃げ出して、自分の部屋に戻って、すぐに服を着て戻ってきた。

 動きやすい格好で行くようだ。


「シロ。最初はドレスを着る事になるぞ?」

「・・・え?そうなのですか?」

「エリンと一緒に居るのだろう?最初は、行政区で挨拶を受けるからな」

「あっわかりました。カズト様の後ろに控えればいいのですよね?」

「そうだな。今日は、フラビアとリカルダは、区内の治安維持で動くからな。お前だけが頼りだ。頼むな」

「はい!」


 これで、シロが俺の側に居る。

 護衛の役割だと思ってくれれば周りにも気を使うだろう。


『カイ。ウミ。ライ頼むな』

『はい』『わかった』『うん!』


 居住区から、行政区に向かう。

 途中で、獣人たちから祝福の言葉を受ける。


 行政区に入ると式典の準備が既に整えられていて、俺の挨拶待ち状態になっていた。


 表の行政区に移動して、テラスで挨拶する事になっていると説明された。

 俺の誕生祭・・・と思ったが、ペネム街の誕生祭としてしまったので、挨拶からは逃げられない。今更、俺じゃなくても・・・とは言えそうにない。


 テラスに出ると、中庭には行政官や商業区の面々が揃っている。

 SAやPAの代官の姿も見える。


”ペネム街。誕生祭を開催する”


 え?それだけ・・・って雰囲気があるが、これ以上何を喋れと?

 ダメなようだ。


”この街ができてから一年。紆余曲折が有ったが、皆のおかげで一周年を迎える事ができた。獣人だけではなく、人族やいろんな種族が共に歩む街ができた。俺だけではこれほどの街はできなかっただろう。皆の協力が有ったからだ。これからもいたらない事もあるだろう。よろしく頼む。俺のためとか考えなくていい。自分のため、自分が愛する者のため、自分を愛する者のために、知恵と力を出してくれ!”


 小さな拍手が後ろから聞こえる。

 シロが拍手してくれている。それを合図にしたかのように、拍手の渦がテラスを包んでいく、温かい気持ちになれる音だ。


 この幸せを壊そうとする輩が居る事が許せない。


 裏では、フラビアとリカルダとスーンから適時連絡が入っていた。

 俺の悪い方の予想もあたってしまっていた。


 潜入部隊のターゲットに、フラビアとリカルダは間違いなく、シロの次に有用な人物だと思われていたようだ。

 二人は、自分たちを囮にして、潜入した奴らをおびき出しす作成を実行してた。29名の中から、街中での戦闘に適した者を配置して、潜入部隊をおびき出す事に成功していた。


 わざと目立つような格好をして、自由区で祭りを楽しむ雰囲気を出していた。流石に、そこで仕掛けるような事はなく、一本裏に入った所で、襲撃が行われた。無事襲撃犯たちを一網打尽にしたと連絡が入った。


 各地に潜っていた奴らも、捕らえた襲撃犯を尋問拷問やスキル記憶で抜き取る方法で、隠れ家を特定してイサークたちと協力して捕らえている。


 外に居た武装集団は、今晩仕掛けてくるようだ。

 祭りで騒いで疲れた所を襲撃する計画だという事だ。廃人になろうと関係なく、スキル記憶を使って、情報を抜き出す。


 襲撃の手順も把握できた。

 穴だらけの計画で大丈夫か?と思ってしまった。そもそも、街中の襲撃がある程度成功するのが前提になっているのなら、フラビアとリカルダを襲いやすい状況になったからと言って襲う理由がわからない。連携していればもう少しだけ手こずったかも知れない。

 でも、現状では、俺たちの訓練にしかなっていない。各個撃破されて終わっている。強者が居るのかも知れないかと思ったが、どうやら取り越し苦労なようだ。


 そう言えばミュルダ老かシュナイダー老に確認しなければならない事を思い出した。テラスから中庭に場所を移動した。シロとエリンはドレスを着ている。シロは俺の後ろに控えて、エリンが俺の横に居る。エリンをカイが、シロをライが、俺をウミが守るような位置に居る。


「ツクモ様」

「おぉよかった。ミュルダ老に聞きたい事があった」

「何でございましょう」


「”誕生祭”の最初の予定は聞いたけど、この祭りは何時までやるつもりなのだ?」


 つぅ・・・っという表現が似合う様に、ミュルダ老の額に汗がにじみ出てきている。

 コイツら俺に黙っていたな?


「カスパル=アラリコ・ミュルダ・メーリヒ。どうなのだ?」


「いや、ツクモ様。儂は、3日程度でと考えていたのですが、シュナイダーとリヒャルトが・・・・その・・・」

「シュナイダー!リヒャルト!どういう事だ?」


 二人は、俺がミュルダ老と話始めたのを見て、逃げようとしていた。

 もちろん、優秀なカイとウミが逃がすわけがなく、眷属が目の前にあらわれて、諦めたようだ。


「さて、”誕生祭”はどの位の予定なのだ?」

「7日間です」

「は?」

「7日間です」


「聞こえているよ」


「だから、儂は3日でと言ったのだ」


「3日でも長いわ!」


 どうやら最初は、本当に一日だけの予定だったようだ。

 しかし、SAやPAだけじゃなくて、遠隔地の区からの参加が難しいからなんとかして欲しいと懇願されたのだという話だ。


 それで、妥協して7日間となったと話していた。

 そして、時期がまた良かった。ほとんどの集落で収穫が終わったばかりなので、収穫物を商業区に持ってくるタイミングと重なった。


「わかった。でも、俺の出番は、今日で終わりなのだろうな?」

「・・・はっはい」


「あの・・・ツクモ様。集落の代表や代官が・・・」

「なんだ?」

「一言いただきたいと・・・・お願い致します」


 聞き耳を立てている連中が期待に満ちた目をむけている。


 シュナイダー老とミュルダ老だけではなく、ロングケープのライマン老まで頭を下げている。


「わかった、午前中だけだからな。場所は、迎賓館でいいのか?」

「!!わかりました。迎賓館でお願い致します!」


 何がそんなに嬉しいのかわからないが、全員が喜んでいるので・・・良かったと思う事にしよう。

 午前中だけの予定で、ミュルダ老やシュナイダー老が予定を組むという事だ。


 各区ごとに挨拶する事に決まって、明日から午前中に迎賓館で挨拶を受ける事になった。


「エリン、シロ。そういう事になった。明日からどうする?」

「私は、カズト様の側を離れるわけにはいきませぬ」


「パパ。エリンは、クリスお姉ちゃんと一緒に居る。ダメ?」

「クリスとルートガーが大丈夫と言えばいいぞ」

「わかった!」


 今日は、シロとエリと一緒に商業区を散策する事にした。

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