第百十二話


 思い立ったが吉日。

 ユーバシャール街に行こうとしたが、シュナイダー老だけではなく、スーン、フラビア、リカルダから全力で止められた。


 ユーバシャール街に送り出した使者が帰ってくるまでは、ダメだと言われた。


 少し考えればわかることだが、今ユーバシャール街の前領主の息子末弟は使者と一緒に港町や近隣の集落や村を回っている。ワイバーン便での連絡だけだが、ほぼ総ての集落がペネム街の傘下に入る事を望んでいるという事だ。パレスキャッスルも既に恭順の意思を示している。残っているのはパレスケープ街だが、先方から既に連絡が使者に入っていて、あとは内容をすり合わせるだけの状態になっているという事だ。


 と、いうことで、ユーバシャール街の観光は暫く後になってしまって、俺とシロは暇を持て余している。書類関係も、行政官が処理できる範囲が広がった事もあり、俺に上がってくるのは承認が必要な案件だけだ。


 視察という名目で各区を見て回ろうとしたが、大々的にスケジュールを組み始めて俺が見て回る順番で本気で喧嘩しだしたので、視察は取りやめにした。

 俺とシロは、まったく別人の影武者を用意して、ペネム街に新しく来たという触れ込みで街を見て回ろうとしたが、これも執事エントメイドドリュアスに見つかってしまって、影武者だからといって護衛を付けないで出歩かないでくださいと言われてしまった。

 シロが護衛だと言ったが・・・認めてもらえなかった。


 しょうがないので、影武者は諦めて、ヌルビーナ種にお願いして眷属を貸してもらって、意識ではなく視界だけ共有して街を見て回る事にした。

 これは、誰からも反対が無かったが・・・万が一の事があると困るということで、俺とシロは同じソファーで座りながら操作する事が条件に出された。何か有ったときに、どちらかが意識を切って、相手の操作を打ち切るためだ。操作の打ち切りは危険な行為だが、実験区で確認した所、魔核にスキル操作を付けた物で操作をおこなっている場合には、魔核を壊せば操作が打ち切られる事がわかっている。


『カズト様』

『ん?』

『眷属にする魔物を希望していいですか?』

『叶えられると約束はできないけど、探してみる事はできると思うぞ』

『ありがとうございます。僕、空を飛べる魔物と、狼系の魔物と、水系の魔物が欲しいです。あっあと・・・ライ殿のようなスライムも欲しいです』


 確かにいいかも知れないな。


『そうだな。それはいいかも知れないな。魔の森で探してみるか?』

『はい!』


 ワイバーンは人を運ぶという観点からは優れているけど、速度面では時速で100キロ程度までしか加速できない。ビーナ種も進化して速度特化した者以外は、時速4~50キロという所だ。速度特化の魔物が眷属に加わればいろいろ役立ちそうだな。

 狼系は俺も考えていた。カイとウミは別格としても、護衛として陸の移動手段として考えられる魔物が居るといいと思っている。できれば、影移動とかできるともっと嬉しい。

 水系は少し不安があるが、この大陸を統一できそうな状況だと、今後何かあるとしても海上という事になる。それらの情報を早めに掴む意味でも水中で活動できる魔物が居ると役立つ場面が多いだろう。

 スライムの有用性は、ライで実証されている。ライと違う進化をするかも知れないが、シロにつけるにはいいかもしれないな。


 一通り、近くを散策してから帰ることにした。やはり、自分の身体でないと散策は楽しめない事がわかった。買い食いができない!


 途中で操作を打ち切ったのだが、視界だけの同調で目をつぶって居たので、問題は少なかった。

 問題ではないが、同じソファーで俺とシロが目をつぶっていたので、メイドドリュアスが寝ているのだと思ったらしくて、毛布をかけてくれたのだ。意識は残っていたが、説明するのが面倒だったので何も言わなかった。

 そのままにしていたら、シロが操作を打ち切った途端に眠くなったと言って、そのまま寝てしまった。俺の肩に頭を乗せて・・・何故か、手を握ってきた。最近のシロは積極的という事ではなく、二人だけのときに甘えるようになってきた。


 ソファーの位置も悪かった。

 窓から柔らかな日差しが差し込んできて、心地よい風も吹いている。ログハウスだったので、ビーナ向けの花から甘い匂いも漂ってきて、眠気を誘う状況だったのだ。

 可愛い寝息を立てるシロを感じていると、不思議と俺まで眠くなってきてしまう。かけられた毛布が足元を温めているのが余計に眠くなる理由なのだろう。どうせ、やることも無いし暇なので、そのままシロと一緒に昼寝する事にして・・・意識を手放した。


”クシュン”


 誰だよ・・・。

 あぁそうだ。シロと昼寝をしていたのだったな。可愛いくしゃみはシロだな?


 横を見ると、シロが俺の方を見ている。すぐ目の前だ。


「カッカズト様。ゴメンなさい。起こしてしまいましたか?」

「いやいい。それよりも、シロ。寒くないか?」

「??」

「”クシュン”って可愛いくしゃみしただろう?」

「あっっそうです。そうです。ゴメンなさい」

「いや、いい。体調悪くしたら大変だからな。暖かくしているよ」

「はい!(カズト様の髪の毛が鼻に入ったなんて絶対に言えない。キッキスしようとしたなんてバレたら大変)」


「ん?シロ、何か言ったか?」

「ううん。僕、何も言っていないよ。そうだ。カズト様。シュナイダー殿から伝言です」

「シュナイダー老?何かあったのか?」

「わかりません(よかった、ごまかせた)」


 シロ経由の伝言が入ったようだ、シュナイダー老から、”ご承諾いただきたい事がある”という事だ。


「シロ。シュナイダー老の予定を聞いて合わせてくれ」

「はい。カズト様のご予定は?」

「シロ・・・何も無いのはわかっているだろう?」

「そうですが、何かする事が有りましたら、それを優先して欲しいと言うのが眷属や行政官からのお願いです」

「わかった。わかった。明日なら何時でも大丈夫だと伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 経由しての念話がまだシロは慣れていないようで、時折口に出して話してしまう。

 今もそんな感じなのだろう。相手はスーンだと思うのだけどな。


”よろしくお願いします。あっ行政区に行くようにしますか?はい。迎賓館でいいのですね。はい。そうお伝えしておきます。え?見ていたのですか?そんな僕ヨダレなんか垂らしていませんよ。それじゃカズト様にお伝えします”


 キリッとした顔でこっちを見るが、確かにヨダレの跡が口元に残されている。

 指摘すると可愛そうだけど、指摘しないでそのまま帰るのはもっと可哀想だ。シロの場合、顔が整っているので、余計にそういう部分が悪目立ちしてしまう。


「カズト様。明日の昼前に、迎賓館でお願いします。と、いう事です。それから、その後で、リヒャルト殿とカトリナ殿がお食事をどうですかという事です」

「わかった。迎賓館だな。シロ時間の調整は頼むな」

「はい!」

「あと、リヒャルト父娘の話もわかった。食事場所は、リヒャルトに任せると伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

「あぁぁぁそれからな。シロ」

「はい?」

「口元を綺麗にしてから外にでたほうがいいぞ?」


「!!!!」


 真っ赤になって口の周りを拭ってから、寝室の扉を開けて入っていった。

 5分後に戻ってきたときには、ヨダレの後は綺麗になっていたが、服がすぐに見つからなかったのだろう、上着を脱いで最近着始めたTシャツだけの姿で戻ってきた。顔は何事も無かったかのようにしているが、耳がまだ赤いままなので自分でも認識したのだろう。


 今日の夕ご飯は、フラビアとリカルダが珍しくログハウスに来て一緒に食べる事になった。

 シロの昔話を聞きながら少しだけ騒がしく、少しだけ疎外感を感じる食事を取り終えた。


「そうか・・・シロは、14歳までおねしょしていたのだな。もう治っているよな?最近、布団はシロのヨダレで汚れているだけだからな」

「カズト様!僕、ヨダレなんて!!フラビア!僕、おねしょなんてしてないよ!」

「そうだったわね。おねしょじゃなくて違う事でベッドを汚したのだったわね」

「!!!リカルダ!僕はなんにもしてない!あれは、違う!カズト様。僕は、違いますからね」

「はい。はい。わかっているよ。シロは可愛いな」

「よかったわね。姫様。ツクモ様が可愛いと言ってくれていますよ。夜怖くなってもおねしょしたりしないでくださいね」

「フラビア!」

「そうですよ。他の者に聞いて試してみるのはいいですけど、布団を汚すまでやらなくてもいいのに、そう思いませんか?ツクモ様?」

「俺?こっちに話を投げるなよ。シロが何したのか知らないけど、今なら布団を汚しても、こっそりと変えてくれる者が居ないから注意しないとな。従者ができれば、黙ってこっそりと変えてくれるかも知れないぞ?」

「カズト様!僕は、そんなエッチな事なんてしないよ!」


 あっ盛大な自爆だな。

 誰もそんな事を言っていないのに・・・。フラビアとリカルダもやれやれと言った雰囲気を出している。


「あっシロ!それ!」


 俺が、フラビアとリカルダに意見を聞こうと思っていた蒸留酒を一気に飲んだ。量はさほど多くなかったが、酒精が強い物だ。アプルを発酵させて作った果汁を蒸留した物だ。多分アルコール度数は40前後は有るだろうと思われる。

 それを、普段一滴も飲まないシロが一気飲みしたのだ。


 急性アルコール中毒になる心配も有ったが、飲んですぐに酔いが回ったのか、座ってブツブツ何かを言って急に笑いだして・・・今度は、泣き出して・・・最後には眠ってしまった。


 俺とフラビアとリカルダはお互いの顔を見てため息が自然と溢れた。俺がシロを寝室まで運ぶ事にした、後片付けを二人に頼む形になってしまった。


 シロの部屋は、俺の寝室の隣で、廊下に面した扉もあるが、俺の部屋に直結している扉も備え付けられている。元々は、従者が寝泊まりする部屋を改装したのだ。

 ベッドと机とクローゼットがあるだけの部屋で、トイレも風呂もない。共有のトイレと風呂を使う事になっている。

 もっと違う部屋も有ったのだが、シロがどうしてもここがいいと言うので、許可を出した形になっている。お互いの部屋に通じる扉は、お互いで鍵がかかるようになっていて、両方の鍵を開けないと開かない仕様になっているが・・・俺は鍵をしていない。シロも鍵はしていないと言っていた。


 女の子らしい所がない部屋だか、シロらしいと言えばシロらしい。アトフィア教から持ってきたものは全部捨てたと言っていた。クローゼットも、俺が与えた物だけのようだ。着替えをさせてやりたいが、さすがにできないので、ベッドに寝かしつけて布団をかけてやるくらいにしておく。

 枕元に、ペネム街で見かけた”カイ”を象ったぬいぐるみのような物が置かれている。


 俺も自分の部屋に戻って寝る事にする。明日は、シュナイダー老とリヒャルトという少々面倒な相手との面談が予定されている。風呂に入るのは面倒なので、シャワーだけ浴びて寝る事にする。熱めのシャワーを浴びて、そのままベッドに潜り込む。前世?でよくやっていた事だが、習慣というのは怖いものだ。できるようになると、悪習だとわかっていてもやってしまう。ナイトキャップ寝酒も始めてしまいそうだ。ナイト・キャップカクテルを作る・・・メイドに教えようかな?・・・ほどではないが、ブランデーも数は少ないが俺が飲むくらいはできそうだからな。成人したら考えてもいいかも知れないな。


 今日は疲れた・・・少し位ならいいだろう?

 たしか・・・ブランデーが有ったと思ったのだが、二口分位か?氷を入れて、ロックにすれば丁度いいか・・・。


 ブランデーを煽ってから布団に潜り込んだ。

 すぐに睡魔が襲ってきて、俺は意識を手放した。



---

”パパ!”


 ん?


”ママ!どこ?僕を1人にしないで!!”


 シロ・・・か?泣いているのか?


”お祖父様。痛い・・・なんで僕を叩くの?ママ!パパ!助けてよ。お祖父様・・・ヤダ。僕、泣かないから、叩かないで・・・”


 虐待か?それとも・・・。


”パパ・・・助けて・・・ママ・・・やだ!僕を置いて行かないで・・・ママ。ママ。ママ・・・僕、いい子だよ。だから、だから、だから・・・”


 シロの部屋と繋がっているドアが空く


「・・・」

「パパ!!」


 シロが俺に飛びついてくる。パパってお前のほうが年上・・・シロは、俺に抱きついて、胸元に顔を押し付けて匂いを感じているようだ。もしかして、ブランデーの匂いか?


 感じるシロのぬくもり。泣いているのだろう・・・鼻をすすっている。


 シロの頭をなでてやる。


「えへ?パパ・・・僕ね、頑張ったのだよ・・・僕ね・・・だから、僕・・・パパ。ママ・・・僕を1人にし・・・な・・・い・・で」

「大丈夫だよ。ここに居るからな。今日は、このままお休み」

「う・・・ん。パ・・・パ・・・おや・・す・・・み」


 何があったのかわからない。わからないけど、シロを叩いていただろう教皇祖父の行為に怒りを覚えた。

 抱きついたシロは腕を離そうとしない。さすがに、布団がないと寒いだろうから、布団の中に誘導する。暖かさを感じて安心したのだろうか?少しだけ酒精を感じる息を履きながら、安定した寝息に変わってきている。

 俺の身体に回されていた腕も力を緩めている。そっと腕を外して、ベッドの枕の位置までシロを移動させた。


「シロ。特別に今日だけは許すからな。おやすみ」

「うっぅ~~ん。カ・・・・・・大・・・好き・・・」


 俺も布団に潜り込んだ。シロの暖かさが余計に眠気を誘ってくる。

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