第五十話

/*** カスパル=アラリコ・ミュルダ・メーリヒ Side ***/


 ツクモ殿が、明日来られるという話を、リーリア殿から教えてもらった。

 お付きがいるとの事だ。


 カズト・ツクモ殿本人。人族が二人、二人とも、リーリア殿と同じくらいの年齢にみえるらしい。それから、フォレスト・キャットが二体。眷属だと聞かされた。


 しかし、儂が放った者達が、12~3歳の男児がミュルダに近づいてきている状況を確認できていない。

 数日前から、監視を強化させておるが、そのような人物はいないという報告だ。既に街の中にと思ったが、それは無いだろうと考えを改める。


 少しでも印象を良くしようと考えて、ツクモ殿が来られた時に、儂自ら出迎えようと考えているのだ。


 リーリア殿が来られて大きく変わった事がある。

 孫娘の調子がいいのだ。以前も、スキル治療を使えば、2~3日は調子がいい日が続いていたのだが、最初の三日間治療をかけてくれたおかげなのか、あれからスキル治療をうけなくても、孫娘の調子が悪くならない。


 息子が連れてきたアトフィア教の聖職者が言っていた、部屋を湿らせる事はやめた方がいいという話しを、息子は反対したのだが、リーリア殿がもし、それで調子が悪くなるようなら、ツクモ殿に言って、支援物資を今の倍、いや三倍まで増やしてもらいますと言った事で、息子は黙ってしまった。つまらない男になったものだ。

 部屋を徹底的に掃除して、布団も変えさせた。部屋の隅や壁に付いていた黒いシミや緑の物は、徹底的に排除した。

 その上で、リーリア殿は、部屋に清掃スキルを使った。その後で、スキル風で部屋を乾燥させていた。喉の病魔には、乾燥が1番悪いと聞いている。それでも、まずは部屋の中を完全に乾燥させると話していた。


 その後、”かびん”と言っていたが、コップを細長くしたような物を持ってきて、その中に水を張って、孫娘が綺麗と言った花を飾った。すごく喜んでいる。毎日は無理でも、数日毎に花と水を入れ替える事にした。


 メイドにその事を話したら、メイドの部屋でも同じような事をやり始めた、それが街中に広がっていくのに、それほど時間がかからなかった。そして、後日になるのだが、花を取りにいけない者のために、花を売る者が出始めた。”かびん”とセットにして・・・だ。生活に少し余裕がある者の嗜みだとも言われた。貧民街に住む者は、花を取りに行く仕事を請け負ったりしていた。


「クリスは?」

「リーリア殿と、ナーシャ様とご一緒だと思われます」

「そうか、なついたものだな」

「はい。クリスティーネ様は、ご病気もあって、同世代の方とお会いになる機会が少なかったのでしょう。リーリア殿は、同世代とは思えませんが、それでも、クリスティーネ様の知らない事をいろいろと話されるのが、刺激になっているのではないでしょうか?」

「そうか、時期が着たら、学園に行かせてもいいのかも知れないな」

「さようですね」


 そのためにも、ツクモ殿に、レベル7回復を使ってもらう必要がある。


 儂は、なんとしても、なんとしても・・・どんな事をしても・・・。


/*** エンリコ=メーリヒ・ミュルダ・マッテオ Side ***/


「それで?オヤジ殿はどうしている?誰かを探しているのか?」

「はい。探しているのは、カズト・ツクモという名前の子供です」


「あの怪しげなリーリアとかいう奴の主人の名がそんな感じだったな」

「はい・・・」

「それで?」

「それで・・・とは?」

「娘の容態は?」


「ここ数日は、咳の回数も減り、昨日に至っては、1~2回ほどでした」

「そうか・・・無理やり我慢させられている事はないのか?」

「無いと思います」


 おかしな事だ。

 アトフィア教の聖職者の治療でも、治療を行った翌日には、数回の咳をしていた娘の咳が治まっている?


「なにか秘密があるはずだ、必ず探し出せ。それと、イサークとかいう冒険者が持ってきた、魔核とスキルカードの出処はわかったのか?」

「はい。そちらも、カズト・ツクモが関係していると思われます」


「そうか・・・ナーシャが持っていた、ポーチもなのか?」

「・・・はい」


「やはり、カズト・ツクモを捕らえて、魔核とスキルカードの謎や、収納ポーチを全部こちらに渡させる必要がありそうだな」

「エンリコ様」

「なんだ!そうだ、ナーシャが持っていたのは、間違いなく収納ポーチなのか?回数が有るのではないか?」

「間違いないと思われます。あの中から、何度も取り出すのを見ております。回数制限があるのでしたら、入れたら、次は全部取り出すのがセオリーです」

「制限回数が多いのではないか?」

「それは考えられます。ナーシャ様は、魔力が多いので・・・」

「ナーシャに、様など不要だ、亜人種のくせに、いい気になりおって、私の事を無能者だとでも思っているのだろう。あの見下した目が気に入らん。そもそも、オヤジ殿が間違っている。冒険者など当てにしないで、アトフィア教の聖職者を頼っていれば、こんな事にはならなかった」

「・・・」

「本当に、忌々しい。いいか、必ず、娘の咳が収まっている理由を調べろ、方法さえ解れば、アトフィア教の司祭にご連絡して、私の名前で発表できる。そうしたら、そうしたら・・・こんな何もない街の領主で終わる私ではない!」


/*** リーリア・ファン・デル・ヘイデン Side ***/


 本当に、人族は・・・違いますね。

 人族もいろいろということなのでしょう。この街に来てから、いろんな人族に会いました。


 その中で、あの男のような匂いをさせていたのは、”1人”だけでした。事実、ご主人様を捕らえたり、ナーシャさんに危害を加えようとしています。私を捕らえて、ご主人様との交渉をするとか考えているようです。

 本当に愚かです。ご主人様を捕らえる?そんな事を、私達が許すとでも思っているのでしょうか?


 すぐに、スーン殿に連絡を取りました。

 ゼーロ殿、ヌラ殿、ヌル殿から眷属が追加で送られてきます。スキルは、影移動のスキルが付いた者か、変体の種族スキルを持っている者が送られてきます。念話は使えないので、私が操作する事になりますが、人族の操作に比べればものすごく楽です。私は、監視を主に行い。眷属には、移動を担当してもらっています。


 準備はできました。

 あとは、愚か者が本当に行動に移るかどうかです。


 ご主人様は、お優しい所があります。クリスティーネ様の事を気にされて、排除の決断をなさらないかも知れません。

 今回の件はご報告をあげていません。お叱りを受ける覚悟です。

 あのような者が存在していい訳がありません。ご主人様のためではありません。私達眷属と、ご主人様に支えられている者たちの義務として、対応する事に決定しました。


/*** カズト・ツクモ Side ***/


 明日、ミュルダの領主との会談が設定された。


 時間を確認するために、エリンの眷属に、一度ミュルダまでの距離を確認してもらった、”今の”エリンなら巡航速度で、1時間程度で到着できる事が解った。途中で、ビックスロープ商人街に寄るので、少し余裕を持って出発するつもりでいる。


 魔物由来の服の調整を行っている。全身、ヌラの布で行くつもりだったが、スーンから目立つ可能性があるので、やめておいたほうが良いと進言されたので、ダンジョンの中層から採れる、素材での制作を頼んだ。


 下着専門の様になってしまってヌラには申し訳ないが、下着を作ってもらった。リーリアから連絡が来た、ミュルダ領主の孫娘が、すごく気に入っていると言っていたので、無粋だとは思ったが、下着と肌着(インナー)を何着が用意して、土産とする事にした。


 オリヴィエとエリンの分も合わせて作る。エリンには、新しい下着の実験台にもなってもらった。

 新しく進化した、ラヴァー・フォレスト・スパイダーやその亜種が吐き出す糸が、ゴムその物なのだ。ゴムがあれば、いろいろ作る事ができる。ゴムの木も見つけて栽培はしているのだが、”俺が知っているゴム”には程遠い物しかまだできていない。それはそれで馬車の改造や、運搬荷車のクッションに使ったりと需要はある。そちらは、そのまま研究してもらう事にしている。


 エリンに試してもらったのは、いわゆるショーツだ。ブラも作ろうかと思ったけど、仕事で有名下着会社のサイトを作った時に、ブラの成り立ちとか言われる資料を貰って、Webに落とし込んだ。その知識があるので、なんとかなるだろうという思いがあるが、まだエリンにはブラが必要になっていない。ブラに関しては、ドリュアスたちに協力を頼んである。一応、ショーツも履かせているが・・・アイツら、俺に文句を言わないので、改良点がわからない。モニターはある程度文句を言ってくれないと困る。

 その点、エリンなら文句をいうだろう・・・という事で、”子供パンツ”を作ってみた。

 ドリュアスにお願いして、エリンに下着の世話をして、履いてもらった。最初は、ゴムで締め付けられる感覚が気に入らなかったようだ。話を聞いたら、エリン達は下着を履いていなかった。

 だからこそ丁度良かった。人族はこういう物を履いていると説明する事ができた。


 カイとウミには、ヌラの布を使った、スカーフを作った。首輪代わりだ。そして、3つできたスロットに、スキルを付ける事にした。

 カイとウミのスカーフには、結界・障壁・防壁を付けておく。これで、カイとウミの安全はアップした。


「よし、カイ。ウミ。オリヴィエ。エリン。ミュルダに行くか!」


 竜体になったエリンに乗って、カイとウミに結界・障壁・防壁を起動してもらう。

 あっという間に、ブルーフォレストを越えて、スーンとライが今居る、ビックスロープ商人街にたどり着く。


「大主様。ようこそ」

「スーン!上から見たけど、だいぶできているな」

「ありがとうございます。ライ様のおかげでございます」


『あるじ。僕、頑張ったよ!』

「ライ。お疲れ様!」


 ライを、ウミが乗っている反対側の肩に乗せる。


「それで、スーン。大丈夫そうか?」

「はい。問題は無いです」


 設計は、俺がやった。

 設計というほどの物ではない。中央に行政を行う場所を置いて、周りに堀を作る。その周りにひし形になるように、土地を確保させた。そこに、小型ワイバーの発着場と、竜族の発着場を作成する事にした。この土地には、樹木で目隠しになるようにして、方向感覚を狂わすような仕組みを入れている。坂道になっているのが、樹木の高さが逆になっているので、手前が上で、奥に行くほど下がって見えるようになっている。その上、微妙に曲がっていて、ミュルダ方面、アンクラム方面、サラトガ方面にある門から入っても、まっすぐ歩いたつもりでも、行政区にはたどり着けないような町並みになるようにしている。

 なかなかうまく配置できていると思う。そして、最後の門は、ブルーフォレスト方面になるのだが、こちらは、かなりブルーフォレスの中に突っ込んだ形になっていて、門も3重になっている。樹木の数もものすごく多くしているので、街の中で迷ってしまう可能性さえある。


 門の前にも、門前町が作られるように、場所を確保して、門で囲むようにしている。こちらは、道だけを作ってある。勝手に、街ができてくれればいいし、できなかったらできないで使いみちを考えればいい。


 ビックスロープ関連はこんな所だろう。


「スーン。他には、なにかあるか?」

「ご報告になってしまいますが、アンクラムで暴動が発生しました」

「暴動?」

「はい。領主と関係者が、アトフィア教の教会を襲撃しました」

「え?本当に?」

「はい。大主様の予想通りです」

「そうか・・・リーリアは、既にミュルダに居るから大丈夫だろう?獣人族や、獣人族に良くしてくれた人たちは逃したのだろうな?」

「もちろんです。一部の者は、ミュルダの中で生活を始めています。それ以外の者達は、ミュルダ近くで野営しております。大主様のご許可をいただければ、希望者は、ビックスロープ商業街で働いてもらおかと思っています」

「そうか、問題になりそうな事は?」

「信頼できるかわからない事です」

「そうだ!ビックスロープで聞き忘れていた。行政区から、ブルーフォレストに抜ける地下通路の建設はどうだって居る?」


『あっ!あるじ!僕が作ったよ!ヌラとゼーロ達にも協力させたから、崩れる事も無いよ』


「そうか、それなら安心だな。ライ。ありがとうな」

『うん!』


 眷属達が通路や壁を作ったのなら、強固な物になっているだろう。


「スーン。どのくらい先に出る?」

「概算ですが、10キロ程度言った場所になります」

「その場所のカモフラージュもできているな?」

「はい。獣人族・・・先日の黒狼族の集落を参考に作成させています。大丈夫だと思います」

「わかった。完成を急がせる必要はないが、そこは、信頼できる者に任せる事にしよう」

「かしこまりました。エントとドリュアスも配置いたします」

『ヌラやヌルやゼーロ達も2世代目を派遣する様にいってあるよ』

「そうか、それなら安心できるな!」

『うん。僕やカイ兄やウミ姉よりは弱いけど、ブルーフォレスト内なら負けないと思うよ』

「そうか、まぁエントやドリュアスも居るから大丈夫だろう?」

『うん!』


「信頼の問題は気にするな。行政区だけ守ればいい。ほかは自由にさせろ」

「かしこまりました」


 俺は、少しだけ安心して、ミュルダに向かう事にした。


/*** (後日)ビックスロープ内酒場の会話 ***/


 二人の男が、ビックスロープ名物のビールを飲んでいる。

 そこに、串揚げが届けられる。店長が、二人の食べ方を見て注意する。


「おっと二度付けはダメだ。味が薄かったら、別のを注文して、それにたっぷり含ませてから、垂らすようにしな。兄ちゃん、ビックスロープは初めてか?」

「あぁ今日、ミュルダからこっちに回ってきた」

「そうかい、そっちの兄ちゃんも初めてか?」

「あぁ二人でビックスロープで仕入れをして、自分の街で売るつもりで居たのだけどな」

「おぉぉそういう奴が多いな。でも、半分は、ビックスロープに入る前のこの門前町に住み着いてしまう。俺のようにな!」


 そう言って、店長が豪快に笑う。


「へぇマスターもこの街の人じゃなかったのか?」

「マスターはよしてくれ。オヤジでいい。オヤジでな。あぁ俺は、アンクラムで宿屋をやっていて、あの事件の前に、連れ出された、第一世代って奴だ」

「ほぉその話を聞きたかった。最初に入った店で聞けるとは思わなかった」

「そうだな。俺もこいつも、ミュルダでその話を聞いて興味を持ってな。仕入れがうまくできて、スキルカードが稼げたら、この街で一旗揚げようと思ってな。成功している人の話を聞くのが1番だろう?」


 店長は、また豪快に笑った。


「成功者。違うな。俺たちは、ここで生かされただけの存在だ」

「生かされた?」


 二人の前に、店長は新しいビールを置いた。


「俺のおごりだ」

「え?悪いな」「いいのか?」

「あぁ今は他に客もしないし。まだ俺の店が混む時間じゃないからな。それに、若い二人に前途を祝って俺のおごりだ」

「おぉぉ」「遠慮しないでいただく」


 店長は、アンクラムで発生した事を自分の体験を軸に話をした。


「おやじさん。そりゃぁ本当の話なのか?」

「俺たちが聞いた話と逆だぞ?」

「おぉ外でどう話されているのかわからないが、俺は、カズト・ツクモ様に救われたのさ。それは間違いない」


「そうそれだ!おやじさん。ツクモ殿は」「殿?お前、この辺りでそんな呼び方をしたら、命がなくなっても知らんぞ?」


 店長の視線から殺気を感じて、二人の男は、カズト・ツクモが存在する事に疑問を持たなくなった。

 このビックスロープ・ミュルダ方面・門前町には、(特に)初期メンバーが多いために、カズトの存在に関して、疑問に思う者は居ない。しかし、こことミュルダ以外の街では、ミュルダ街の領主が、ブルーフォレスト内の資源を独り占めして、獣人族を束ねるために、作り出した幻の存在だと言われている


「あぁすまん。それでは、おやじさん。あの話も本当なのか?」


 二人の男が本当に聞きたかった事・・・それは、カズトが、デス・スパイダーや、グレート・ブルー・フォレスト・アントや、カラー・フォレスト・ビーナを束ねて、ブルーフォレストの中に、街を作って居るという事だ。

 そこには、獣人族が生活し、ダンジョンからの恵みを、ビックスロープに持ってきている。その場所を、グレーター・エントやフォレスト・ドリュアスが守っているという事。そして、それらは、ただ1人、カズト・ツクモの命令にだけ従っている。


「あの話?どれの事だ?」

「あぁブルーフォレストの真ん中に、獣人族の街があって、その周り、ビーナやスパイダーやアントの上位種が守っていて、近づく奴らを殲滅しているって噂さ」

「なんだ兄ちゃんたちは、ブルーフォレストに行くのか?」

「いや、あんな場所に行く気はない」

「それが正解だな。その噂は本当だ。ツクモ様から公表していいと言われているし、実際に、俺たちも見たことがある」

「え?おやじさん。デス・ビーナに会った事が?」


 店長は、自分用に用意したビールを一気に飲み干した。

 そして豪快に笑ってから、真顔になった。


「デス・ビーナ。可愛い事を言っているな」

「え?」

「俺の自慢は、カイ様と、ウミ様と、リーリア様にお会いした事がある事だぞ?」

「ん?」「は?」


「あぁそうか、種族名の方が解りやしな。カイ様が、イリーガル・デス・ブルー・フォレスト・キャットだ。ウミ様は、イリーガル・ブルー・スキル・フォレスト・キャットで、リーリア様は、イリーガル・シェル・ドゥロル・ハーフ・ドリュアスだ」


「は?イリーガルが3体?」「ハーフ・ドリュアス?」


「違う、違う。ツクモ様の眷属は、全部で11体。全部がイリーガル称号持ちだ」


「え?」「うそ・・・」

「他の店で聞いてみればいい。俺と同じ事を教えてくれるはずだぞ」


 二人の男は、青い顔をして、スキルカードを支払って、帰っていった。

 その後、ふたりは、門前町からでて、ミュルダ街を経由して、どこかに消えていった。

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