第五話 報告

 罠に、ストーキングの”御本人”が掛かっているのは認識している。

 ログを解析して、割り出しを急いでいるところだ。


 ”ここ”まではいい。仕事として受けたのだ、当然のことだろう。

 では、なぜログ解析を行っている現場に、会長と副会長とユウキが居るのだ?


 邪魔だから帰ってくれと伝えたが、それなら、解析方法を教えてくれ手伝うと言われた。正直に伝えた、俺は、本心から、”説明するよりも、俺一人でやったほうが早いから邪魔”と、話した。3人とも理解は示してくれた。理解はしてくれたが、納得ができないと言い出して、手伝う代わりに、昼ごはんを作れと言い出した。


 意味がわからない。

 わからないが、それで収まるのなら良しとしよう。そう思っていた。なぜ、車に乗って、近くのお好み焼き屋に行かなければならない。俺の財布から”出せ”と、言っている。先輩方もいいところの人なのだろう?後輩のそれも、高校生にたかって恥ずかしくないのか?


 恥ずかしくないようだ。


 ユウキ。この店は、自分で焼かなければならない。食べ放題なのは、お前が好きだからだろう。それは理解できる。理解できるが、このまえ友達と来た?それなら、自分で焼けるだろう?なぜ、全部俺が焼かなければならない?先輩たちもだ。高校生男子に全部焼かせて、恥ずかしくないのか?


 恥ずかしくないようだ。


 デザートまできっちり食べてから、罠の方法に関して聞きたいようだ。


 作った罠はそれほど難しい物ではない。

 ソーシャルストーキングを行っているヤツは、画像や文章から、蘭香の状況を調べている。Twitter 警備員なのは間違いない。それも、ほぼ、蘭香専任だ。Twitter に一時期流行った クローズドなSNS の様に、”足跡”が残されるわけではない。それも、犯人を特定するのが難しくなっている要因に繋がっている。


 そこで、蘭香の使っている、リンゴマークのスマホにアプリを一個作って渡した。

 そのアプリの機能は、

1.Twitter に投稿を行う。

2. 画像に付随する情報の削除を行う。同時にサイズを小さくしてからモザイク処理を行って投稿する

3. 店などのURLを入力すると、俺が作っているショートURLに変換される。

4. 画像/動画を別サーバに置いて、ショートURLになっているリンクを貼り付ける

 これだけの単純な機能だ。

 蘭香には、投稿はこのアプリを使って行うように言ってある。


 ショートURLや画像に関して、リファラが定められた物でない時には、表示しないようにしてある。

 もちろん、抜けるだけの情報を抜いてログとして保管している。


 ここまでの説明を一気にした。

 ユウキは途中からドリンクバーを行ったり来たりしている。先輩方は、最初の方は良かったが、途中から聞かなければよかったという雰囲気を出し始めている。技術的な事の裏側なんて、全員が知る必要はない。俺も最初は、その事に気が付かなかった。オヤジから言われて、説明は最小限に抑えるか、技術的な説明は控えるようにしている。クライアントには、”できる事”と”できない事”/”メリット”と”デメリット”それと、予算がしっかり伝わればいい。


「キミ。それで、何がわかったのだね」

「そうですね。まだ確証はありませんが、”お嬢”が投稿してから、数分以内に必ずアクセスしてくる端末があります。そのアクセスがあってから、数分後にDMが届きます」

「それ、ストーカーじゃないのか?」

「どうでしょうね。まだ確証はありません」

「なぜだい?」

「簡単な事ですよ。”お嬢”のアカウントは、1,500名ものフォロワーが居ますよ。その中の1割のアクセスでも150名ですよ。全員が違う端末を使ってくれていればいいのですがそういうわけではありませんし、キャリアもほぼ3社に絞られていますからね。グループ化されてしまうのですよ」

「それで今後はどうするのだね?」

「ストーキングしていると思われる端末にだけ別の記事になるように罠を作ります」

「そんな事ができるのかね?」

「どうでしょうね。”お嬢”の協力が不可欠ですので、うまくいく事を祈っていますよ。うまく行かなくても、”お嬢”のセキュリティに対する認識が高まれば、再発防止にもなります」


 俺とユウキを家まで送ってから、先輩たちは帰っていった。

 新しい罠の簡単な説明をしたが、少しも解っていなかったようだ。


 新しい罠も、それほど複雑な物ではない。

 ”ブログを試験的に使い始めたという設定”で、”ブログに記事を書きます”と、宣言してもらって、そこから、Twitter に記事を投稿するようにしたのだ。そうなると、内容を読もうとした時には、ブログを表示する事になる。蘭香としては、俺が作ったアプリで投稿するのは変わらないので、それほど負荷にはなっていないと思う。


 ブログの表示時に、Agent を判定して特定の端末には違った記事を表示するようにしてある。

 ストーカーが、”どの”記事に関しての感想を、DMで送信してくるのかを調べる事にしたのだ。これにストーキングしている奴が乗ってこなかったら、別の方法を考える必要があったのだが、無事、ストーキングしている奴は、罠にハマった。

 

”お嬢”がそこまでやってくるとは思っていなかったのだろう、疑いもなくブログを参照して、ブログで読んだ内容に関する、DMを送ってきた。


 これで、ストーキングしている奴の端末とキャリアが判明した。

 そして、何度かのDMでわかった事が、昼間と夕方以降には、キャリアのIPじゃないところからの接続が行われていた。


 昼間は、市内にある大学から、夕方以降は、少し離れた地域からだという事まで特定できた。

 これ以上調べるのは、不可能ではないが、接続状況の提示や、アカウント情報開示などは、正当な理由が必要な事柄になってしまう。行動パターンから、大学生だろうという事が想像できる。

 1ヶ月近くそのまま観察を続けていると、週に何度か、反応が遅い時がある。バイトでもしているのだろうか?時間的な事ではなく、DM送信のタイミングが極端に遅くなる事がある。


 ストーキングしている奴の人物像が出来上がってきた。


 今までの調査結果を報告書にまとめて、未来さんと晴信に送付する。

 すぐに連絡が来て、二日後に報告について聞きたい事があると言われた。そのときに、”お嬢”も同席させて欲しい旨が添えられていた。


 今回もユウキは留守番が決定した。留守番にさせる為の交渉の過程で、夏休みに先輩たちを誘って、旅行に行くことになった。理由がわからないが、そうなってしまった。お互いの両親。”止めろよ!”と、思ったが、桜さんも美和さんも仕事だろうし、ユウキ一人残すよりも安心だと言っている。オヤジもオフクロも勝手にどうぞのスタンスだ。どこかずれている。


 話を戻そう、報告会には、会長と副会長はユウキが来ない事もあり、今回は遠慮すると連絡が入っている。

 俺一人なので、いつもどおり、駅前のケーキ屋で、店員のおすすめと、未来さんが好きなモンブランを選らんでお土産にする。


 未来さんの事務所には、関係者がすでに揃っていた。

 すぐに応接室に通された。


 未来さんの隣に腰を下ろす。俺の定位置になってきている。


「タクミくん。報告書は読ませてもらった。そこで、該当のアカウントが一つしか無いのだが、複数ではなかったのかい?」

「えぇそうです。春日様のアカウントを見せてもらったり、プログラムで解析を行ったのですが、残されていた過去のDMを見てみたのですが、アカウントが全部消えているか、”不正なアカウントの為に使えません”と、なっています。同一人物が、いくつかのアカウントを使って、DMを送ってきたと考えています」

「それは、確度は高いのかね?」

「はい。ほぼ、間違いないと思います」

「それでは、この特定されたアカウントが2つあるのは?」

「それは、同一人物なのかわかりませんが、今回の件で怪しい動きをしていたアカウントです」

「そうか」

「はい。それと、そのアカウントとは別に、DMを送ってきたアカウントと、本アカウントと呼ばれる主人格のアカウントもあると思われます」

「そんなにか?」

「間違いないと思います。DMを送ってきたアカウントは、迷惑行為をしていたと、運営に連絡したので、そのうち削除されると思います」

「それは助かる。それで、他のアカウントに関しては?」

「そうですね。春日様の気持ちしだいですね。フォロワーですし、表立っては、問題行動を取っていません。ですので、いきなり削除したり、ブロックしたりしたら、不審に思うかも知れません。そうなった場合に、ストーキングしている奴がどういった行動に出るか不明です。ですので、対策はおすすめしません。DMが来たら、迷惑行為だと運営に報告し続けるのがベストでしょう」


 晴信が、蘭香を見る


「蘭香。それでいいね」「はい。お兄様。あっ篠崎様。わたくしはどうしたらいいのですか?」


「そうですね。アプリは、そのままおお使いください。ブログへの投稿は面倒ですので、解除してもらっていいです。サーバ一式は、晴信にお渡ししますので、そのまま運営するなり、終了するなりしてください。運営する場合、ドメイン維持費とサーバ維持費がかかります」

「どのくらいだい?」

「そうですね。年間で2万円程度です。詳しくは、書類を見てください。情報システム部のようなところがあればそこに渡せばやってくれるとは思います」

「わかった。蘭香。自分の不始末だ。蘭香が運営しなさい。今後、なにか問題が有っても、自分で対処するか、タクミくんに費用を払ってお願いしなさい」

「はい。お兄様。篠崎様。よろしくお願いします」


 何勝手に決めて・・・未来さんを見たが、楽しそうに笑っている。

 こういうところは、桜さんや美和さんと似ている。指摘すると、怒るので言わないけど・・・。まぁ顧客ができたと思えばいいか、遠隔メンテナンスの仕組みも入っているし、なにかあったときの対処もできるだろう。どうせ、サーバも、オヤジ関係のサーバ屋のところだし、問題は起きないだろう。


「そうだ、春日様。少し質問させてください」

「はい。何でしょうか?」

「いまさらの質問ですが、ソーシャルストーキングが行われ始めたときに、なにかイベントみたいな事はありませんでしたか?誰かが学校を退学になったとか、引っ越したとか、告白されたとか?」

「・・・いいえ、ありませんでしたわ」

「そうですか、丘の上の大学に通っている知り合いは居ますか?」

「えぇ何人か知っていますわ」

「高校も同じで?」

「もちろんですわ」

「その人達はフォロワーですよね?」

「相互ですわ」

「連絡ってできますか?もしかしたら、春日様が知らない同級生が、その大学に通っているのかも知れないので、聞いてもらえませんか?そのときに、できれば、住んでいるところと、バイト先が解ればもっと嬉しいです」

「問題ありませんわ」


 すぐに連絡をしてくれた。

 電話越しで何やら話している様だ。相手も女性だ。


 今まで気にもしていなかったが、”お嬢”の高校は、お嬢様学校で女子校だ。名前を出した大学も、有名大学では無いが、お嬢様学校だった。

 うかつだったな。そうか・・・ストーカーは、女性の可能性があったな。ストーカーが、好意からなるだけではないことをすっかり忘れていた。


「篠崎様」

「何でしょう。申し訳ありません。わたくし、同級生を一人忘れていました。今、お友達と話をしていて、思い出しましたわ。DMが届くようになる少し前に、わたくしに、”彼氏に色目を使うな!”と・・・」


 ”お嬢”の話は言い訳も入っていて長かったが、ほぼその子だと判断して良さそうだ。

 彼氏云々は、”完全に言いがかり”だと、言っているが、真相はわからない。知人と言っているが、取り巻きの同級生の一人が、自分が対処しますというので、任せたら、その子は公立高校に引っ越していったという事だ。

 そして、DMでのストーキングが始まったということだ。どういう、心理状態から、この結果になったのかはわからないが、ほぼ間違いないと思っていいだろう。住んでいるところも、IPで判断できた地域だ。バイトもやっているらしい事も判明した、シフトまではさすがにわからなかった。


 あとは、春日家の常識に頼ることにしよう。

 ”お嬢”自身は、今回の事で、いろいろ考えたらしく、その子になにかするつもりはないと言っている。晴信もそれを尊重する様だ。ただ、今後の事も考えて、本当にその子なのか特定はしたいという事だったので、未来さんから、桜さんに連絡してもらって、桜さんやオヤジの同級生で、探偵のような事をしている人に調べてもらう事になった。


 これで、今回のソーシャルストーキングは、俺の手から離れて、大人たちに渡される事になった。

 顛末も気になるが、俺は、それ以上に、会長と副会長が持ってきた、生徒総会の事や、ユウキと先輩たちとの夏休みの事の方が頭が痛い。


 これが、世間でいう”頭痛が痛い”というやつなのだろう。


 晴信は、約束通り、残金を明日振り込んでくれると言っていた。

 その時に

「タクミくん。僕は、キミに”借り”がある。忘れていないから安心して、蘭香が欲しいというのでも大丈夫だからね」

「お兄様!」


 なぜ、そこで赤くなってうつむく。そんな関係じゃないだろう。時代にそぐわないセリフだけど”身分”が違いすぎる。


「いえ、それは遠慮いたします。僕は、どこにでも居る、電脳世界が好きな一般人です」

「ハハハ。そうだったな。自称一般人のタクミくん。本当に、なにか困ったら、僕を頼ってくれ。キミの頼みなら、楽しそうだからな」

「わかりました。でも、晴信を頼るような事にならないのが一番だという事は理解していますよ」


 晴信から出された、手を握ってから別れた。


 さて、未来さんと、振り込まれたお金の事も相談しないとな。

 このところ、収入が増えているから、税理士さんも紹介してもらわないとダメかもしれないな。そこまでやってられないよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る