第122話 フォレスト・アタック

 家族から散々止められるも、ティゲルの意志は固かった。本来なら私も止める方に回っている。が、団が無事でいるためには彼女の情報は重要だったため、一緒についてきてもらうことを拒まなかった。

 霧深い早朝、領主夫妻が見送りをしてくれた。妻と娘が抱き合っている隣で、ザジとラーワー軍が来るまでの計画の最終打ち合わせを行う。村人は軍が駆け付けるまで館の中で籠城する。窮屈な思いをするだろうが、身の安全を確保するまでの我慢だ。

「アカリさん、アスカロンの皆さん。どうぞ娘をよろしくお願いします」

「わかりました。ティゲルさんを連れて、全員無事に戻ってこれるよう全力を尽くします」

 深々と頭を下げるザジに言えるのはこれが精いっぱいだ。絶対、とは断言出来なかった。

 私に続いて、ファルサがザジに挨拶をする。

「領主様。この度は、私どものせいで迷惑をかけました」

「いえ、商人であるファルサ殿が悪いわけではありません。憎むべきは、あの夜盗どもです」

 そう言いつつも、ザジの顔は複雑な表情を作っていた。仕方のないことだ。村人が何人も殺されている。悪いのは暗殺者集団(もちろんこの事実をザジは知らないが)のせいとはいえ、彼らはファルサたちを追ってきたのだ。割り切れるものではないだろう。ファルサも、彼らの前では商人を通している。プルウィクスという国や王家が恨まれるよりも、一商人が恨まれた方がマシと判断したためだ。

「いずれ必ず、お詫びのために再訪させてほしい。俗な方法で申し訳ないが、商人である私は商売、金でしか詫びを入れる方法を知らないのです。今回亡くなられた方々や家族には、その方法で謝罪させてくれませんか」

「・・・正直に申し上げれば、死んだ者の遺族に会うのは、難しいと思います」

「そう、か。当然、でしょうな。お怒りはご尤もです」

「ですが」

 言葉を区切り、ザジがきちんとファルサの顔を見返した。

「こういう場合、自分たちに責任はないと開き直る方が多い。なのに、あなたはきちんと責任を背負おうとしている。被害者を悼み、遺族に向き合ってくれている。そのお気持ちは、必ず遺族に伝えます」

「・・・この度は、本当に申し訳ありませんでした」

 一礼するファルサの後ろで、同じようにメイドたちが頭を下げている。末端で最も深くお辞儀をしているのはコルサナティオだ。王女でありながら貴族とはいえ階級は平民に近い相手に対し、頭を下げるとは思わなかった。メイドになりきり、主人と同じようにしているのか、それとも本心からか。

「無事に国へ戻られることを、お祈り申し上げます」


 村を出てすぐ襲撃、ということはなかった。事前にカンプースを鳴らし確認は入念に行ってはいたが、すでに村を包囲されている、という最悪の状況を回避できていたようで胸をなでおろした。上手くこちらの芝居に引っかかってくれた、と思いたい。

 やがて、北の迂廻路と西のラーワー方面へ向かう道の境付近に到着した。ここで、コルサナティオたちには乗ってきた馬車から下りてもらう。下車する前に、馬車の中で彼女たちには服を着替えてもらった。森の中だとスカートは動きづらいのと、もう一つ理由がある。

「では王女、よろしいですか?」

 すでに事前の話し合いで決めたこととはいえ、一応確認を取る。コルサナティオが頷いたところで、馬から馬車の荷台を外す。馬は北と西に分け、鞭を入れて放った。荷台は解体して破棄する。

「良い馬なのに、もったいない。絶対血統書付きだろ」

 鞭を入れた張本人であるジュールが、遠くに去っていく馬の尻を見ながらぼやく。

「仕方ありません。嘘の情報にはいずれ気づく。その後に足音を辿ってくるなら、新しい足音をつけておいてあげないと」

「メイドの匂い付きで、な」

 脱いだメイド服の使い道はここだ。馬の鞍に括り付けておいた。足跡だけでなく、猟犬を使われた場合に備えた。出来ることは全てやっておく。臆病なくらいに慎重に、丁寧に。とはいえ、私としてももったいないな、という考えは頭をよぎった。良馬は金貨十枚を超えるひと財産だ。

「馬のことは気になさらないでください」

 持ち主であるコルサナティオがそういうのだから、私たちがとやかく言うべきじゃない。

「それよりも、暗殺者たちが村に戻り、村人たちを脅したりしないかが心配です」

「一応、手は打っております。もし奴らが舞い戻っても、目にするのは村人たちの死骸です」

 もちろん本物ではない。これまでの旅路で腐敗の始まったドラゴンなどの獲物の肉や皮を加工して作った偽物だ。もったいない精神で捨てるに捨てられず、かといって使いどころを迷っていた物を、これを機に断捨離を兼ねて大盤振る舞いすることにした。人型に加工し、服を着せ、家畜の毛をかぶせて血をかける。実際生物の死骸なのだから腐臭もするし、肉のリアリティも申し分ない。遠目なら人と見まがうほどだ。近づかれたら気づかれるが、腐臭が距離を保たせる。それを村中に設置した。戻ってきた暗殺者たちは、行き先を吐かせないために私たちが村人を惨殺したと思うだろう。

「これについては、ドンバッハ村とファルサ将軍に貧乏くじを引かせてしまいました」

 コルサナティオの後ろに控える彼に頭を下げる。

「清廉なイメージがあったのでしたら申し訳ありません。この事で、おそらく目的の為なら村人の虐殺も厭わないという悪名が轟くことになります」

「気になさるな。悪名一つで王女を守れるなら安い物だ。それに、手段を択ばないという点は間違っていない」

 ファルサが遠い目をして笑った。彼には似つかわしくない、自虐的な笑いだった。過去に何かあったのだろうか。しかしそれも一瞬の事、すぐさま険しい表情に戻った。

「それに、まだ終わりではない。むしろ」

「ええ、ここからが本番です」

 私たちは揃って同じ方向を見る。北でも西でも、南でもない。切り開かれた明るい道からたった数メートルの距離に、人を拒絶するかのような昏い森が広がっている。


「事前の打ち合わせ通り、隊列を組みます」

 団員たちに指示を出す。

 中央に王女。彼女を囲むようにしてファルサと近衛兵、連絡係にギース、荷物の運搬にプラエ、ボブ、ゲオーロ、ティゲルが彼らと一緒に行動する。近衛兵から少し距離を取って、前後左右の四方にアスカロンの団員を配置。先頭集団を私、右側をテーバ、左側をジュール、後部をモンドが指揮する。

 森の幅は、東西およそ二十五キロ。ここを日暮れまでの十時間で踏破するには、単純計算で時速二.五キロの速さで歩かなければならない。日が暮れたら、方向が分からなくなるし、獣に襲われる可能性が高まる。

 森の中はかなり湿度が高く、むせ返るようだ。服が肌に張り付いて、不快指数を高めている。しかも周囲に気を張りっぱなしなので、体力も気力も削られていく。

『アカリ、今大丈夫か』

 二時間ほど経過したころ、ギースから通信が入った。

『王女と、それからティゲルの疲労が濃い。休憩できそうな場所はあるか?』

 私たちでも肩で息をしているのだ。普段戦闘とは縁遠いコルサナティオたちの体力が限界に達しても仕方のないことだ。


 少し開けた場所に出た。とはいえ、三十人前後が固まって座れるような場所ではない。群生する木々の、ぽっかりと空いた隙間にコルサナティオとティゲルを座らせる。団員たちはすこし離れた場所で警戒しながら休んでいた。

「申し訳ありません。足を引っ張ってしまって」

 様子見で近づいてきた私に気づいたコルサナティオが、地面に座り込んだ状態で言った。近衛兵が彼女に水筒を渡している。

「いえ、助かります」

 深刻そうな彼女に、私は軽く返答した。

「どういう意味ですか?」

「あなたが休まないと、我々も休めなかったんです。王女より先に傭兵がへばるわけにはいかないでしょう?」

 冗談めかして言うと、不敬な態度をとるなとばかりに近衛兵には睨まれたが、彼女は苦笑した。それを見て少し安心する。全く笑えないなら、極度の緊張で神経がやられている心配をしなければならない。

「傭兵って、意外と意地っ張りなのですね」

「意地やメンツは大事ですよ。ですが、大事なだけに、張り所の見極めが難しいのですが」

「張り所、ですか」

「ええ。無駄に張っても命を失うだけですからね。リスクと金勘定、撤退、今後の影響などなど、色んなものを天秤に乗せて、自分たちの命を賭けるのです。ただ、どうしても引けない時もあるわけですが」

「どうしても引けない時って、いつですか?」

「いつ、と言われましても、さて。こればっかりは時と場合に寄りますので、何とも言えません。私の場合は、自分や団員の命がかかってたりする時、でしょうか」

「命、ですか」

 どこか不思議そうにコルサナティオが呟いた。

「他の国の王族は存じませんが、プルウィクス王家では生き恥を晒すよりも自決を求められる教育を受けてきたものですから。王族が敵に辱められるということは、国を辱められるという事ですので。だから村で意地でも生きてもらう、と言われた時、ちょっとびっくりしました」

 自分の存在イコール国の尊厳という考えこそ、こちらには想像もできない話だ。

「大分、落ち着いてきました。すみません、お待たせして」

 コルサナティオが立ち上がる。顔色も、少し良くなったように見える。

「ティゲルさんはどう?」

 疲れているのは王女だけではない。むしろ森の中ではこっちの方が倒れられては困る相手だ。

「だ、大丈夫です~」

 大丈夫に聞こえない返事が返ってきた。よろけつつティゲルが立ち上がる。ゲオーロが後ろから支えていた。張りぼてみたいだ。

「いつでも行けますよ」

 疑いの目で見ていたのに気づいたか、空元気を振り回す。視線を彼女の後ろのゲオーロに移す。彼が力強く頷く。

「大丈夫です団長。いざとなったら俺が抱えて走ります」

「よろしくお願いするわね」

「ええ~、大丈夫ですよぅ」

 疑いは消えないが、これ以上休むわけにもいかない。休憩終了の号令を出す。痕跡を可能な限り消し、再び森の中を進軍する。

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