第106話 年長者たちには敵わない

「どうして」

 目を丸くして、思わず彼の顔を見返す。インフェルナムへの復讐に関しては彼らには話したが、トリブトムへの復讐の話は出していなかったはずだ。そのことを知っているのはプラエとギースのみで、彼女らが話すはずがない。だからこそ、彼らの意志でトリブトムと相対できるように持っていこうと、考えていたのに。

「わかるさ。あんた、ずっとそのことで俺たちに気を使っていただろう。自分が奴らを助けなければ、今もガリオン兵団は生き残れたんじゃないかって」

 ハッと胸を衝かれる。これまで、聞こうとして聞けなかったことだ。

 ガリオン兵団が壊滅した要因はインフェルナムだが、インフェルナムが襲ってきた原因はトリブトムが受けた依頼『インフェルナムの卵の奪取』だ。そして、街近くでロストルムに襲われ、死にそうだったのを助けてしまったのが私だった。元をたどれば、全てが私に起因するのではないか。考えない日はなかった。それでも復讐の事を第一に考え、それに集中することで、何とか表には出ないようにしていた。けれど、ふとした時に、どうしても後悔と『もしも』と一緒に頭の真ん中に出てきてしまう。

「阿呆め」

 ギースがため息をついた。

「今だけは、年長者として口をきかせてもらう。お前のせいでガリオン兵団が壊滅しただなんて、おこがましいにもほどがあるぞ。あの時のお前は、駆け出しもいいとこ、ロストルム一匹に怯える新人だった。そのお前の行動一つが、団の存亡に関与するものか」

 畳みかけるようにギースは話し続けた。

「あと、良いか。改めて、本当は言う必要のないくらい当たり前の事なんだが、お前みたいな真面目な阿呆には頭に染み付くようもう一度、いや、何度でも言っておく。あれは、お前のせいじゃない。恩を仇で返した奴らが悪い」

 ギースの言葉に、団員たちが頷いて同意する。

「信用も傭兵団の一つの価値であるなら、奴らはそれをすべて失うような、傭兵団にあるまじき行為をした。なのに、のうのうと看板を掲げて生きている。奴らに対しての憎しみは、むしろ我々の方が深い。奴らに復讐してやりたいのは、お前だけじゃないということも忘れるな」

「し、しかし、傭兵団同士の衝突はよくあることで、いちいち根に持ってはいられないと教えてくれたのは、ギースさんじゃないですか」

 ジュールだって色々飲み込んでアスカロンに所属している。傭兵はそれくらいドライなものだと思っていたのに。

「理屈と感情は別物だ」

 簡単に教えを覆された。

「特に、こういう手ひどい裏切りを受けた場合はな。だから、お前が奴らを追いたいというなら喜んで手伝う。ここにいる全員がお前の判断を支持する。気にせず命令を下せ」

 団員一人ひとりの顔を見渡す。それから、少しの間固く目を瞑り、上がった体熱を下げるように、さらに深く呼吸する。

「トリブトムとは、まだ関わりません」

「ほう、良いのか?」

 試すようにギースは言う。

「ええ。復讐であろうが討伐であろうが、勝てなければ意味がありません。残念ですが、彼我の戦力差はまだ大きいのが現実です。トリブトム全体と渡り合えるものではない。勝てない勝負に挑むほど、私は阿呆ではいたくない。まだまだ頼りないけど、団長だから。団にとって最良の判断を選び続けたい」

 だが、いずれ。固く拳を握る。一時の激情と、ちらつく後悔を飲み込む。

「出立の準備を早めましょう。どうせこの街に私たちの依頼はありません」

「わかった。団長の命令に従う」

 ギースが言い、モンドがニヤと口の端を吊り上げた。他の団員も私を追及することなく頷いた。

 ・・・もしかして、試されていたのだろうか。やはり、まだまだ私は修業が足りない。

「ムト君、ジュールさん、ボブさん、ゲオーロ君。申し訳ありませんが、私たちの大半は動きづらくなりました。申し訳ないのですが食料品、雑貨の購入など、雑務をお願いします。同時に、次の街に配るためのチラシの作成を行ってください」

「はい」「了解」「かしこまりました」「わかりました」

「他団員は出立の準備を進めてください。特にプラエさんは早めの準備をお願いします」

「わかってるわよ」

 といいつつ、彼女は名残惜しそうにしていた。

「せっかく、製作が乗ってきたところだったのに。もうここを離れなきゃいけないなんて」

「図書館の存在、そこまで大きかったんですね」

「そうなのよ。何とか一部、一冊だけでも持っていけないかな。もう少し詰めたいところがあるんだけど」

「流石にダメでしょ」

 返り間際のあのしつこいまでのチェックを忘れたのか。一応気を使ってくれたのだろう、ティゲルたち女性が私たちのボディチェックを行ってくれたのだが、口の中まで覗かれ、全身くまなくまさぐられたのには辟易した。それだけの貴重な情報があそこにはあるという事なのだろうが。

「じゃあ、ティゲル引き抜かない? 中身を暗記しているあの子がいれば」

「余計に無理ですよ。中身を覚えているなら、彼女こそ門外不出の図書館です。下手に引き抜いたら裏切り者として追手がかかりますよ」

「うぅ~」

「駄々こねないでください」

「じゃあ、最後にもう一回図書館に行かせて。新作の発想があとちょっとで出来そうなのよ」

「それくらいでしたら構いませんけど」

 世話になった礼や挨拶くらいは私もしておきたいし。

「す、すみません!」

 突然ゲオーロが挙手した。

「俺も、一緒に行っていいですか?」

 珍しい。いつもは自分から話しかけることなどないのに。

「俺も、新しい武具の資料とか、一緒に探してもらって、世話になったんで。挨拶とか、しておきたいというか」

 生真面目な彼らしい話だ。だが、こちらが頼んだ仕事を優先してもらいたいのだが。

「それはもちろんです。今日のうちに皆さんの必要なものを聞いて回って、明日の朝から商店を回ります。その後に図書館に向かいますので」

 仕事が終わってからなら、こちらに文句はない。ジュールが「え、俺も朝一で動くの?」と嫌そうな顔をしていたが、ゲオーロに頭を下げられ、仕方ないと苦笑を浮かべた。流石のジュールも、純朴なゲオーロの真摯な頼みには弱いようだ。

 図書館に行くことを許可すると、ゲオーロは嬉しそうに「ありがとうございます」と笑った。

「ほほぅ」

 プラエが、団員たちの必要なものを嬉々として聞いて回るゲオーロを見ながらにやにやと笑っている。流石の私もちょっと勘づいた。

「プラエさん、これはもしかして」

「ええ。甘酸っぱい香りが漂ってまいりましたよ?」

「ですよねぇ?」

「いやあ、まぶしくて目がくらむわ」

「青春、ですねぇ。若いなぁ。ですが、彼には申し訳ないです。この数日で離れることになるから」

「そうねえ。でも、そういう切ない別れが、彼の男をまた一段と上げると思うのよね」

「明日は、帰りが遅くなっても怒らないし捜索もしないし、朝に帰ってきても気づかないふりをしましょう」

「え、根掘り葉掘り聞かないの?」

 ・・・この人は、まったく、人の恋路を何だと思っているのかなもう。と、言いつつ。

「つまみを追加で買ってきてもらいましょうか」

 だって、私も女子だから。人の恋バナそれなりに好物だから。

 私が言うと、プラエが悪い笑みを浮かべた。多分、私も同じ顔をしているに違いない。


 しかし残念なことに、私たちの、そしてゲオーロの思惑は見事に外れてしまった。

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