第105話 あざなえる想定外
ラーワーの王都では想定外の事が二種類あった。良い想定外と、悪い想定外だ。
良い想定外は大きく分けて二つ。
まず一つは、以前テーバ、ムト、ボブから提案のあった新事業、そのまんまのネーミング『チラシ』が上手くいきそうな点。趣旨を案内所に説明すると、思いのほか好印象でチラシを置いてもらえることになった。値段表一枚につき、買い取り価格は銅貨五枚にした。あまり高すぎては案内所も渋る。売れるかどうかまだわからない情報に金を払い、紙を使うのだから。紙は本が存在するくらいだから誰にでも手に入るものではあるが、やはり百枚、千枚を数百円で買えてしまえるほど安価でもない。現在のレートであれば、紙十枚で銅貨五枚だ。自分たちならこの情報をいくらで買うだろうかと考えた時、銅貨十枚くらいなら迷わずに買うだろうと考えた。
案内所の方は、試しということもあるのか銅貨五枚で複写した表を販売することに決めたようだ。一枚売れれば買い取り分は元が取れる。二枚売れれば人件費を無視すればほぼチャラだ。
こっそりと案内所の様子を窺っていると、他傭兵団が食いついた。
傭兵は敵対することも多いが、協力することも同じくらい多い相互扶助のような関係がある。自分たちも貰ったし、もしかしたら今後組むことになる他の傭兵団の助けになるかもしれない、と考える団も出てくるはずだ。ここでチラシを買っていった連中がしなくても、こういう事がラーワーでやっていたと酒場でもどこでも口コミで広げてくれればいい。いずれ同じことをし始める連中が出てくる。ラーワーから、少しずつチラシ文化が広がるはずだ。
二つ目は、図書館で得られる情報がかなり有益なものが多かった点だ。ドラゴンなど討伐目標の生息地、生態は戦いを左右する重要な知識だし、ラーワーに伝わる伝説伝承は元の世界に戻るための足掛かりになるかもしれない。これだけの知識を一挙に、しかも無料で得られるなんて、この世界では考えられないほどの贅沢だ。ありがとう、ルシャ将軍。
特に大きな前進が見られたのは、魔道具開発だ。
司書ティゲルの協力も大きかった。プラエが今後の実験に必要な効果や素材、キーワードを彼女に伝えると、該当する棚や、時にはピンポイントの書物を教えてくれるのだ。主席卒業は伊達じゃなかった。彼女は暇さえあれば、図書館の書物を読み漁り、読んだ本の内容のほとんどを記憶しているという。彼女の優秀さにはさすがのプラエも舌を巻いて「この子持ち帰っちゃダメかな」と半ば本気で言っていた。
新たな刺激を得たプラエは、さらなる魔道具開発に勤しんだ。助手に任命されたゲオーロは、プラエの要望を受けて様々な試作品を作っている。専門の鍛冶師が作る型は採寸の仕方もプラエ以上に細かく、彼女が想定した物がそのまま出来上がる。彼女の想定通りの物ができるということは、魔道具の効果の差分を計測しやすいという事だ。効果実験では少なからず発生していた物の出来の差、例えば銃口の大きさ、刀身の長さによって効果に差が出ていたのが無くなる。差が出るということは、魔道具内の回路に問題があると判明しやすくなり、最善最良を求めやすくなる。その分時間が短縮され、新たな魔道具作成に繋がり、さらに効率が上がる。
またこれはゲオーロにとってもいい刺激になっているようで、時間を見つけては試作品から受けたインスピレーションをもとに武具の開発や改良を行っている。彼が試行錯誤を繰り返して発見した技術は、巡り巡って私たちの武具の改善、戦力向上につながっている。
正直、これほどの相乗効果が発生するとは思わなかった。良い意味でかなりの誤算だ。ミネラでは『本気で入るのかよく考えろ』だなんて偉そうなことを言ったが、彼が入団してくれて本当に良かった。
悪い点は、世界有数の都ということで、ある意味仕方ないことだ。
「依頼がない?」
夜、全員が食堂での報告会を行っていた時のことだ。順風満帆なほくほく顔の開発チームとはうってかわって、王都内で依頼を探していた団員たちは困り果てた顔で同じ成果をくちにした。
「全くない、という訳ではないようだが」
ギースが眉根をよせて頭をかいた。
「大口の依頼などは、まったくもって存在しない」
「以前のアルボスと似たような状況です」
ギースの後を継いでムトが答えた。
「ラーワー王都には、今現在大小合わせて十近い傭兵団が存在します。すでに先行して王都に来ていた傭兵団が、粗方の依頼を受注し、達成してしまっているようです」
案内所にきている依頼だけではなく、各家庭を回っていた団員たちもほとんど依頼を受けられなかったようだ。
少し、考えが甘かったか。
人がいれば、それだけ依頼が発生する。王都であればなおさらあると踏んでいたが、それをこなしてしまうだけの傭兵団も存在したか。
「それだけじゃない。俺たちが活動しにくい理由がもう一つある。そのせいで街中に散っていた皆を呼び戻す羽目になった」
神妙な顔でテーバが言った。
「ここに、『トリブトム』が来ている」
一瞬にして、食堂が凍り付いた。
後頭部の髪の毛が、ざわりと逆立つ感覚。顔が、どうしても険しくなる。他の団員たちも同じように怒りが噴出しかかっている。ベキ、と鈍い音がしたと思ったら、モンドが木製のカップを握りつぶした音だ。
「確か、ですか?」
何度か深呼吸をして、ようやくそれだけの言葉を吐いた。
「間違いない」
答えたのはジュールだ。
「テーバの旦那だけじゃなく、俺も彼らの装備に見覚えがあった。また、後をつけて彼らの会話や、宿帳なども確認した」
トリブトムは、以前私たちを嵌めた傭兵団だ。彼らの依頼のせいで、私たちが所属したガリオン兵団が壊滅したといっても過言ではない。
「彼らの名前はわかりますか?」
「ああ。だが、以前聞いたマグルオや、他二名の名前は出なかった。別動隊だろう。一応、面相書きも用意しておいた」
ジュールが取り出した紙には、彼が見たという五名の顔が書かれていた。かなり上手く、特徴をとらえている。
私たちを嵌めたマグルオ、ヒラマエ、マディの顔はなかった。六年、間もなく七年になろうとするが、あの顔は忘れていない。
勝手にすまんな、とテーバが頭を下げた。
「もし俺たちが生きていると知られたら、復讐を恐れて奴らは逃げるか、もしくは全力で潰しに来るかもと思ってさ。それだけのことを、奴らはしてくれたんだからな。よほどのバカか人でなしでない限り、自分たちのやったことは覚えているもんだろ? なもんで、俺の判断でジュールに身元確認を頼んで、他の全員を引き上げさせた。滅んだ団の人間の顔なんぞ大傭兵団トリブトム様の、それも無関係な団員が知ってるとは思えなかったが、念のため、な」
「いえ、その判断で大丈夫です。私たちより以前から、彼らは名品、珍品収取という分野ですが情報を取り扱う団です。蓄積している情報量は多い。何らかの形で私たちのことを思い出される可能性もあるでしょうから。・・・ちなみにジュールさん。トリブトムの本隊や、マグルオたちの消息は分かりますか?」
「詳しくはわからんが、彼らは丁度報告の事を話していて、アーダマス方面に定期報告を飛ばす、というようなことを言っていた。もしかしたら、アーダマスに彼らを統括する本隊がいるのかもしれない。マグルオたちのことは話に出ず、わからなかった。悪い」
「いえ、謝ることではありません。ありがとうございます。お疲れさまでした」
アーダマスか。五大国の一つ、リムス大陸の中央を統べる大国だ。トリブトムの団員から、芋づる式に奴らを追跡できるか?
いや、トリブトムへの復讐は私にとっての理由だが、団員たちの理由にはならない。最初に誓った通り、いつかは彼らを利用し、己が目的を果たすつもりではある。が、協力してもらう形でなければ、今の私の求心力では、彼らの意にそぐわない目的は拒否され、見切りをつけられてしまうだろう。やはり、今は諦めるしかないか・・・。
「どうする? 団長」
思案していた私に、モンドは尋ねた。
「あんたが一言命じてくれれば、俺たちでそいつらを捕まえてくるぞ。どんな手段を使ってでもマグルオたちの居場所を吐かせてみせるが」
お前の前にある皿の肉、俺が貰っていい? それくらいの気軽さで。
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