第85話 科学の理論を魔術で証明できるか?

 猟師のブルと一緒に鹿や川の調査を行った翌日、私たちは予定通り鉱山内部に調査に入った。私の中では、盗み出すための一つの仮説が生まれているが、団員達にはまだ話していない。もし話したら、この調査でその仮説を立証するための証拠だけを探そうとして、他の可能性を見逃す可能性があるからだ。私の考えは絶対ではないのだし、様々な視点で調査を行っておくべきだ。

 一階から順に見て回るにはあまりに鉱山は大きく入り組んでいた。一日で見回るのは困難なため、問題の四階を重点的に調査する。新しい階層なのでそこまで広くはなく、手分けすればさほど時間はかからなかった。時間がかからなかったのは、特段異変は見つからなかった、というのも一つの理由に挙げられるが。

 団員たちが坑道と採掘現場を調べている間、私はプラエと一緒に通風孔と排水路を重点的に調べていた。彼女にだけは、私の仮説を伝えていた。調べる理由がわからなければ、彼女も調べようがないし、この方法が可能かどうかを調べてもらわなければならなかった。


「いん、ちゅ、なんだって?」

「インシチュリーチングです。私の世界ではそう呼ばれていた方法で、今回の盗掘は行われたのではないかと思います」

 社会の先生の雑談で聞いた話だ。酸性やアルカリ性の薬品、ガス等を流し込んで鉱物を溶かし、それを抽出するインシチュリーチング法のような手段を用いて、鉱床を溶かし、排水溝から流れ出るように出来るのではないかと仮説を立てた。川が臭ったのは薬品や溶けた鉱石が流れ込んだから、鹿が弱っていたのは、鉱物の溶け込んだ川の水を誤って飲んだからではないか、と。

 そこで夜、疲れ切って休もうとしたプラエに熱以外で鉱石を溶かすことは可能か、と相談を持ち掛けた。疲れていたはずなのに、自分の興味のあることは別腹ならぬ別体力があるらしく、目を輝かせて私の話に食いついた。

 彼女が出した結論は『可能』だった。

「良いわ。その発想。面白い。なるほどねぇ」

「自分で言っておいてなんですけど、本当にできるものですか?」

「前に鍛冶屋の親方も言っていたんでしょう? 魔術師はこの世の全てを魔術媒体にするって。魔術師が鉄を加工する前に行う慣らし、前準備段階を応用すれば可能ね」

 プラエが手袋をはめて道具袋をあさり、取り出したのは、手のひらサイズの、からからに乾いた半透明の餅だった。

「スライムの粘液を加工したものよ。スライムは、強力な粘液で捕らえた獲物を溶かして養分にする。その粘液に指向性を持たせて、ある特定の物質だけに反応するように出来る。ちょっと見ててくれる?」

 スライムの端をナイフで削り、容器に入れる。その中に水を入れるとすぐに溶けてしまった。続いて、プラエは銀板を取り出した。

「私が好んで使うのは銀。銀は魔力の伝達率が良いの。私が持っているスライム片は、銀を溶かすのに特化してる。あ、その前に」

 プラエが作業着を着こみ、全身を覆う。頭と顔に布を巻いて、唯一出している目元には眼鏡をかけて、部屋のドアと窓を開けた。冷たい風が部屋の中を通っていく。

「物質を溶かす際、かなりの刺激臭が出る。銀が溶けている間、油に入った水みたいに粘液が弾けるから、体についたら危険よ。あなたも体を覆って、離れていなさい」

 言われた通り、布で体を覆い、部屋の隅に移動した。それを見届けてから、プラエは慎重な手つきでゆっくりと銀板を容器に入れ、彼女自身もすぐさまそこから離れた。

 しばらくして、パチパチと炭酸飲料のような爽やかな音ともに、正反対の、まとわりつくかのような悪臭が部屋の中にあふれ出した。容器に入れられた銀は、最初容器から半分以上はみ出していたのに、徐々に容器の中に沈んでいく。溶鉱炉に沈むターミネーターを思い出す。

 やがてパチパチ音は無くなり、臭いも徐々に薄れてきた。

「頃合いかな」

 プラエが容器に近づく。安全を確認して、手招きで私を呼んだ。

「こんな感じになる」

 容器を見せられる。どろどろの銀色かと思いきや、先ほどとほとんど変わらない透明の液体がそこにあった。傾けるときらきらと光を反射する。

「スライムは捕食後、周囲の色に紛れる習性がある。外敵に襲われないための偽装と考えられてるんだけど、粘液が私たちの目をごまかす効果を出しているっぽいのよね。で、もう一つの面白い特性は、電気を加えると」

 プラエが棒状の魔道具を取り出す。先端が二つに分かれて、その先を青白い光がはじけている。電極みたいなものだろうか。それを液体に突っ込む。途端に、ぼこぼこと泡立ちはじめ、液体の色が銀色に変化し始めた。

「溶けていた銀と粘液が分離したわ。電気を通すと、粘液の成分は失われ、残るのは水と銀のみ」

 プラエが水を捨てると、容器の底に銀の塊が残った。

「本来であれば、加工したい型にはめ込んでから電気を流して固めるわけね。とまあ、こんな感じかな」

「では、鉄の鉱床に水で溶いたスライムの粘液を吹きかければ」

「鉄だけを溶かすことが可能だと思うわ。あとは、染み出した鉄を含んだ粘液が、排水溝を通って外に流れ出る。注目してほしいのは、溶かせる量。さっき、ナイフで削った欠片だけでかなりの量の銀を溶かしこむことができたでしょ。これ一つで百キロは溶かすことができるわ」

「そんなに? じゃあ、水の割合に対して、かなりの量の鉄が溶け込みますよね」

「想像以上の量だと思っていい。鹿が鉄みたいになったのは、この水を飲んだせいだと思う。動物の体内はかなりの水分が占める。鉄を含んだ粘液が体内に入ると、体内の水分と結びつく。そして、何らかの電気を浴びたか何かで、全身を巡っていた粘液は鉄と粘液が分離、鉄の鹿の出来上がり」

「何らかの電気、ですか。当てる電気は微弱でもいいのですか?」

「どこまで弱くてもいいのかはゴメン。試したことないからわからない。でも、これもそうだけど、そこまで強くなくても大丈夫だと思う」

 脳から体に飛ばされる指示は電気信号だ。かなり微弱なものだが、電気は電気、しかも全身を巡るものだ。もしかしたら関係があるかもしれない。

 いや、今重要なのはそこじゃない。鹿が鉄になったのは偶然かもしれないしどうでもいい。可能性の高そうな方法が提示されたことだ。あとは証拠を集めるだけだ。

「実践するならこのスライムの他、何が必要になりますか?」

「水を出す道具があれば誰でも可能ね」

 鉱山での作業は粉じんを抑制するために水を撒きながら行う。水が撒かれていても全く不自然ではない。それに

「ただ、アカリ。あなたの仮説通りってことは、犯人は内部犯ってことになるわよ。けど、組合長の話では、裏切るリスクが高すぎるから、内部犯の可能性は低いってことよね」

 プラエも同じことを考えていたようだ。そう、作業で必要になるなら、作業員なら誰でも水を出す魔道具を持っている。

「それなんですが、騙されている、というのはどうでしょうか。例えば、採掘する前日等に噴霧して準備しておけば削りやすくなる、とか」

「ああ、なるほど。確かに中身がなくなれば掘りやすくはなるわ。言われた通り掘りやすいから、疑う可能性は低い。でも、それならみんなに説明するはずよね。便利になるわけだし。・・・ああ、でも色々言い訳はつくか。秘密の道具だから、表向きは使用してはならない物とか言って、口外させないようにする。実際結構危険で、さっきの刺激臭を多量に吸い込んだり、粘液に直接触れれば飲まないまでも悪影響は出るから。誰にも知られないように、と厳命すれば、言う通りに動くでしょう。普通の人間にとって、魔術師の秘密は侵さざる神秘よ」

 テーバに念のため調べてもらった情報が仮説を後押しする。鉱夫の中に、体調不良で休んでいる者がいるという。それまでは元気に働いていたのに、四階の担当をし始めてからみるみる調子を崩したという。

「なら、残りの問題はどうやって道具を持ち込んだか、ですか」


 少し悩み、思いついたのは通風孔だ。人は通れなくても、道具さえ通れば良いのではないか。

 実際に通風孔のある場所を見に行く。山肌から一メートルほど飛び出した出口の先に、確かに傘はついていた。子どもでも通れないような穴幅だ。だが

「通そうと思えば、通せそうね」

 通風孔を覗いたプラエが言った。そのまま、いくつかの通風孔を調べていくと、内側の縁がわずかに削れている物があった。組合長の許可を取り、安全を確保した上で包装したスライムと同じ大きさの物を、目印をつけて落とす。

 結果は見事、四階の中央部に落ちていた。しかもそこは、枝分かれする坑道のハブに当たり、掘り出した土をいったん集めるための場所でもあった。今も人の身長くらいの高さの土が積まれている。天井付近は明かりも届きにくく、もし異物があったとしても、意識して見なければ気づかないだろう。

 調査を終え、事務所に戻る。他の調査をしていたメンバーからは、特に目立った情報は得られなかった。ひとまず、私の仮説を元にして動くことを提案する。間違っていたら、その時はその時だ。組合長に頼み、ムトを潜入させることにした。しかも翌日は、丁度四階で魔道具を使用する日だった。運が良ければ一日で片が付く。

 とりあえず、罠を仕掛けて様子見だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る