第77話 仲間外れは寂しいので

「俺の言ったとおりだろ?」

 領主の館から出てきたジュールが、先に出ていた私に追いつく。

「挨拶しにきて正解だっただろ? いやあ、あの守備隊長様が出てきた時にはどうなることかと思ったが、結果良ければ全て良しだ。金貨三千枚の依頼なんかそうあるもんじゃない。なあ?」

「よく言う」

 立ち止まり、ジュールの顔をにらむ。

「ジュールさん、あなた、前日の時点で、すでにイブスキ領主に話をつけていましたね?」

 でなければ、こんなにポンポンと話が進むはずがない。ジュールとイブスキは、依頼するための、ある程度の内容をまとめていたはずだ。最終的に依頼を出すかどうかの判断基準が、カナエとの手合わせだったのだ。

「最初に伝えたはずですよね。入団するからには、隠し事は無しだと。お忘れですか?」

「忘れるわけがないさ。ちょっと大口の話だったんでサプライズにして、驚かせようと思ったのがまずかった。この点に関しては悪かったと思っている。反省しているよ。だが、言い訳になるが、領主との話し合いの時は、普通に商談の話をするだけのはずだったんだ。誓って、カナエ守備隊長との手合わせの話なんか出なかった。俺が帰った後に追加された話だ。貴族の気まぐれってやつだ」

 そんなよくある話、のように言われても困る。

「気まぐれで殺されかけた身にもなってください。上手く勝てたから良いものの、勝負は紙一重でした。悪気がなかったのは分かりましたが、今後は情報共有をお願いします、本当に、お願いします」

「わかった。本当に悪かった。反省している」

「次はないですからね。もし同じことをしたら、今度はあなたをカナエ隊長の前に差し出しますよ。いいですね」

「必ず。約束するよ。俺はあんな怪物と戦いたくない」

「俺は? 俺は、ですって!? その怪物に、私を生け贄に差し出したんですよ!? わかってます?!」

「だから悪かったって。金輪際団長に隠し事はしないし可能な限り迷惑をかけないようにするよ。迷惑ついでに、一つ良いかい? こいつで最後にするからさ」

「なんです?」

「今日のことでよくわかったんだが、やっぱり団長や古参メンバー、貴族とは関わりたがらないように見えるんだが、その認識でいいか?」

 探るような眼で、ジュールが私の顔を覗いている。心なしか、言葉に重みが含まれているように感じる。

「不思議だったんだ。行く先々で、その土地の権力者に挨拶に行こうとしないってのは。門前払いだろうとなんだろうと、挨拶くらいはするもんだ。タダなんだから。顔と名前を覚えてもらえれば充分、パイプができれば上々。挨拶一つで得られるメリットはデメリットを差し引いても大きい。でも、この団はそれを一切しない。アルボスの時のような必要最低限の接触しかしようとしない。何故だ? 正直、この団の実力であれば、もっと名が知れ渡っていてもおかしくないのに。それがなかったのは、誇示することをしない、嫌みなくらいの謙虚さのせいだ、と思っていたんだが」

「それは」

「ラテル事変」

 説明の名を冠する言い訳を遮るようにジュールは言った。

「六年ほど前、大陸の南に位置するラテルの王子が自分の親である王を殺害し、簒奪した事件があった。俗にいう『ラテル事変』だ。ラテル王と親交のあったカリュプス王が友の仇としてラテルの王子を討ち取った、義理堅いカリュプス王の美談みたいな話が真相としてのさばっているが、真実は違うんだろ?」

「・・・なぜ私に聞くんです? 歴史の検証をしたければ歴史学者にでも聞くといいでしょう」

「団長。あなたが」

 ぐいと身を乗り出し、ジュールは言った。

「あなたたちが、当事者だからだ」

 これまでの軽口とは違う。彼の真意を探るように、姿を上から下までさっと視線を動かして確認する。

「当時、ラテルに滞在していた傭兵団の一つが、ラテル事変の前後で消滅している。ガリオン兵団という中規模の傭兵団だ。あなたたちは、そのガリオン兵団の元団員だ。違うか?」

「どうしてそう思ったんです? 何年も前に消えた団とうちと、結びつく要因などありませんよね? 傭兵団は私でも出来たくらい簡単に結成できますが、解散も簡単にできますよ。様々な事情でね」

「インフェルナム」

 聞いた瞬間、体がこわばったのが分かった。すぐに緊張を解いたが、その一瞬をジュールは見逃さなかった。

「ドラゴン種の中でも最上位に位置する真の化け物。たった一匹で国を亡ぼす力を持つ、まさに最強のドラゴンだ。この団の目標も、インフェルナム討伐なんだよな? どうしてだ?」

「いくつか理由はありますが、もちろん金です。倒せばあなたが言う箔が付き、依頼は無数に寄せられるでしょう。その生態の情報だけでも金になります。そして、その鱗や牙、骨から作られた武具や装飾品は、貴族に高額で取引される。団員全員が働かなくても生きていけるほどの金が、その一匹で賄えるのです。ドラゴン討伐をメインに据えている団の目標としては、さほどおかしくないでしょう?」

「嘘だな。いや、嘘じゃないか。でも、多分後付けの理由だろ?」

 鼻で私の話を一蹴し、ジュールは推測を続けた。

「インフェルナムの目撃情報がガリオン兵団滅亡と同時期に多くあるんだ。俺の考えだが、ラテルは何らかの理由でインフェルナムに襲撃された。そう、カリュプスではなく、インフェルナムに滅ぼされたんじゃないかと思っている。そして、カリュプスはインフェルナムに滅ぼされた理由を知っていて、そいつをもみ消すためだけに別の真相を作ったんじゃないのか。その真相で、インフェルナム襲撃を上書きした」

 知らず、手に力が入っていた。

「ガリオン兵団は、インフェルナムと戦ったんだろう? そして、滅ぼされた。だが、生き残ったわずかな団員は、インフェルナムに復讐を誓い、新たな団を結成した。それがアスカロンの正体だ」

「証拠はありますか」

「証拠は、プラエの道具袋にあった。整理整頓はできないのに、貴重な魔術媒体はきちんとラベリングして分別してあった。見ちまったのはたまたまだが。情報収集をメインにしていたさがか、目に入る情報を全部記憶しとくのが癖になっていて、細かいところに目が行ってしまうんだ」

 プラエを責めることはできない。元をただせば、私の判断で彼を袋の中に隠したのだ。彼を引き入れたのも私。原因は私。だからこそ、もし私の邪魔になるなら、ここで。

「ああ、すまん。問い詰めるつもりもその資格も俺にはありはしない」

 ふ、とジュールが肩から力を抜いた。

「個人の感情に踏み入るつもりはないんだ。邪魔するつもりはもっとない。ただ知りたかったんだ。どうして貴族を苦手としているのか。俺としてはメリットばかりだと思っていたんだが、もしかしたら団にとっては不利益につながるのではないかと考え直した。ボブみたいに、生きているのが知られたらまずい相手がいるとか。それだったら申し訳ないことをしたと思う。今後の俺の行動を改め、何がよくて何がまずいのか、その判断をするためにも団の、そしてあなたたちのことをもっと知る必要があると考えた。しかし、新入りの俺には簡単には話さないだろうとも」

「それを聞くために、領主の話を持ってきたんですか? なんとまあ、回りくどい。しかも、話さなければ今回と同じように、また貴族の話を強引に持ってくる、と言外に含めて。脅しともとられかねないような真似をして」

「かつては敵だった。命も狙った。しかし今は仲間だ。仲間にとって不利益になることはしたくないんでね。仲間の不利益は、自分の不利益だ。それは勘弁願いたい。だから今だった。自分なりに情報を集め、ある程度の信頼関係を団長はじめ団員たちと築けた今、残っている互いの祖語というか、わだかまりというか、すり合わせというか。そういうものを解消する機会が、俺としては欲しかった。いつまでも仲間外れは寂しいんで」

 言葉はお茶らけているが、目は真剣だった。嘘ではない、と思いたい。ならば、彼の真剣な思いには、こちらも真剣に、誠意をもって答える必要が出てくる。

「・・・申し訳ありませんが、今は話せません」

「団長」

「私の一存では、話せないという意味です。他のメンバーの了承が必要です。私が軽々しく話していいものではない。特に、ガリオン兵団の部分は」

「団長なのに?」

「何度も言っていますが、私はお飾りみたいなものです。本当はギースさんがやるべきだと思っています」

 彼に背を向け、歩き出す。

「宿に戻りましょう。みんなが戻ってきたら、そこでジュールさんの思いや考えをきちんとみんなに伝えてください。それで、もしみんなが許可を出したら、その時きちんと話します。ラテル事変の真相も含めて、私たちの思いを」

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