第66話 ペルグラヌス戦
ペルグラヌスが動いた。
テーバの挑発に乗るようにしてまず一匹が、その後をもう一匹が少し間を開けて追う。タイミングを見誤るわけにはいかない。テーバが作ってくれた好機を着実にものにする。一匹が通り過ぎる直前に何本もの煙筒を転がす。通り過ぎた頃合いに、筒から勢いよく煙が噴き出し、即席のカーテンが二匹目のペルグラヌスの前に出来上がった。ガリガリと路面が削れる。ペルグラヌスが爪を突き立て、急ブレーキをかけたのだ。視界が突然ふさがれれば、どんな生物だって驚く。そして、煙には強烈な悪臭が混ぜこまれている。例えるなら真夏の暑さの中に放置された生ゴミが発する匂い、もしくはプラエ特製回復薬の匂いだ。視覚と嗅覚を奪われ、立ち止まったペルグラヌスに対して私たちは建物の上からカテナを放った。
カテナは両端に鏃のついた鎖だ。一方をペルグラヌスの足のそばを通るように向かって放つ。地面等に鏃が食い込んだのを確認し、次いで、角度を変えてもう片方を放つ。そうすることで、鎖が交差し足に絡まる。第一射めは上手く相手の右足に絡まった。しかし、突如として足元に絡まる異物に、ペルグラヌスは強い拒否反応を示した。足をばたつかせ、力づくで引きちぎろうとしている。
「第二、第三射急いで! 封じ込めるわ!」
いかに改良されたとはいえ鎖の強度にも限度はある。鏃が引き抜かれては元も子もない。その前にもう二本ほど足に絡め、続けて腕と首を狙って動きを制限したい。
別の建物の屋上から、第二射が放たれた。狙い過たず、体を支える支点となっていた左足に絡まる。よし、と思わず口から出た。このまま腕、胴、首と抑えていけば。
ブゥウウウウ
激しくペルグラヌスが体をよじる。そのためか、三射目の狙いが逸れた。腕を狙ったカテナは、幸か不幸か腕に突き刺さる。
ペルグラヌスの絶叫がほとばしった。
幸運なのは、この距離であれば貫けるということが判明したこと。不幸はペルグラヌスがカテナの刺さった腕を振り回したことだ。当然、カテナの鎖は引っぱられ、射出器を握ったままの団員が引きずられる。慌てて近くの団員がフォローに入るも、力で敵うわけもなく数人の団員が屋上から引きずり落とされそうになる。
「射出機を捨てて!」
指示を出す。
「しかし・・・!」
「カテナの予備はまだある! カテナを撃つ人間は無事でいなきゃならないの!」
指示が聞こえた団員たちの行動は早かった。同時に放り出されたカテナの射出機が、ペルグラヌスが腕を振った方向へと飛んでいく。団員は、無事だ。
「狙いはおおざっぱで構わない! それよりも奴を中心にカテナを交差させるように撃って。カテナ同士が絡まれば、奴にも自然と絡まるわ!」
私の頭に浮かぶのは投網だ。からめとられた魚は、暴れれば暴れるほど糸に絡まっていく。カテナも相手を包む網のように放てば、暴れるペルグラヌスが自分からカテナの網にかかるはずだ。
次々とカテナが射出される。ペルグラヌスを囲むように突き立ち、もう片方がペルグラヌスを挟んで対極の位置へと刺さる。鎖が絡み、格子状となったカテナの網がペルグラヌスの上から降る。
ペルグラヌスが転倒した。ずずんと地響きを立てて突っ伏す形だ。体をよじるも、目論見通り格子の隙間に手足がはまり、動きがさらに制限されていく。
「モンドさん!」
「おうさ! 野郎ども、突撃!」
モンドの声を背に、先頭を駆ける。いまだ痛みに悶えるペルグラヌスの両目が私をとらえた。
ブゥアアアアアアアアア!
敵意をむき出しにした咆哮が耳朶をうつ。乱杭歯が並ぶ巨大なアギトから唾液が飛散する。粘着力の高い雨が降り注ぐ中、私たちは武器を掲げて走る。
相対距離がある中でペルグラヌスが腕を振った。鏃の刺さったままの腕だ。引きずられた鎖が鞭のようにしなり、家屋を突き破って倒壊させていく。
「伏せろ!」
モンドが怒鳴る。屈んだ私たちの頭上を、木っ端を散らしながら鎖が通過していく。このまま放置しておくと危険だ。
「無茶すんな!」
無視し、突っ込む。無茶苦茶に振るわれた腕を追尾し、鎖が縦横無尽に乱れ舞う。体を屈め、反らし、飛ぶ。少しでもかすったらアウトだ。風を切る音と、前方の地面をこすって起こる火花を頼りに予測して前に進む。後十メートルの距離だ。この距離なら最高硬度でウェントゥスを伸ばしてもまだ戦える余力がある。ウェーブしながら飛んでくる鎖をステップで横にかわし、ウェントゥスを構える。この距離なら外さず、鱗にも骨にも弾かれない。もらった。
「後ろだ団長!」
モンドの声にトリガーにかかっていた手を緩める。振り向く時間すら惜しく、アレーナを盾状にして展開する。
激しい衝突音と一緒に腕がもげるかと思った。
角度をつけていたはずだ。揺れる視界の中、確かに鎖とその先についた射出器は斜め上に逸らすように弾いた。それでもなお腕を持っていかれるほどの威力。舐めていたわけじゃない。しかしこれが、ドラゴン上位種、ペルグラヌスの膂力か・・・! 奴の巨腕が直撃したら、そりゃ人間なんか紙屑同然に引き裂かれるはずだ。しかも器用だ。ついさっき付属的についた、それも自分にとって害あるカテナの鎖を、道具のように振り回している。さっきの背後からの一撃は、放った鎖の軌道を腕を引くことで切り替えたのだ。人間だけが道具を使えるなんて思い上がりもいいところだ。認識を改めよう。
踵で路面を削りながら体勢を整える。一、二度頭を振る。
「団長!」
「大丈夫です!」
安否の声に答える。本当は大丈夫ではない。骨が外れてはいないが右腕はしびれたままだ。左手のウェントゥスはさっきの一撃で取り落とし、ペルグラヌスの手前に転がっている。
ブルル ブフゥ
ペルグラヌスが体を横に揺さぶっている。カテナの網から抜け出そうとしているのか。そのたびに鎖は軋み、鏃の突き刺さっている地面が若干盛り上がっている。
ブルゥアアアアアアアアアアア
別角度からの雄叫び。まずい。先のペルグラヌスの悲鳴で、分断したもう一匹が戻ってきた。
「合流させるな! ありったけの煙筒投げろ! カテナ持ってる奴は散開して射出タイミングを計れ! 討伐部隊の半分は団長の援護、残りは俺と来い! 時間を稼ぐぞ! テーバはどうした!」
「まだ戻ってきてません! ・・・まさか、やられちまったんじゃ」
「馬っ鹿野郎! あいつがそう簡単にくたばるか!」
モンドが大声で指示を出す。将軍、指揮官、隊長、団長。指示を出す側は迷ってはいけない。どれほど自身が焦っていようと、迷っていようと、おくびにも出さず自信たっぷりに指示を出さなければならない、のだが。その声が、いつもの彼のどっしりと構えたものではなく、やはりどこか焦りを感じられる。
時間がない。可及的速やかに、目の前のペルグラヌスを討伐しなければ、死ぬのは私たちだ。
しびれはだいぶ薄れてきた。右手のアレーナに力を込める。仲間の形見に願いを込める。
「・・・行くぞォ!」
足裏で地面を蹴る。再び開いた距離を埋める。とにもかくにもウェントゥスを拾わなければならない。
這い出ようとあがくペルグラヌスの目がこちらを捕捉した。再び剛腕が唸り、空間を裂いて鎖が飛ぶ。その中を掻い潜って進む。
「団長を援護しろ!」
「目や口、柔らかい箇所を狙え!」
団員たちからの援護射撃が始まる。パターンB射撃、三段撃ちだ。ペルグラヌスが目を細くする。嫌がっている。致命傷には至らぬものの、断続的に当たる弾に顔をしかめている。
開発段階の銃は、プラエが持つ射程の短い試作型ハンドガンを除き、まだ弾を一発ずつ込めて撃つ単発式、火縄銃のような使い方がせいぜいで連発はできない。敵を弾丸一発で仕留められるのであればパターンAの一斉射撃が効果的だが、致命傷が望めない場合は銃を撃つ担当と弾込め担当とに別れ、複数の銃による断続的な射撃を行い敵の妨害を目的とする。過去の戦国武将の戦法に倣った兵法が、世界も文化も時代も超えて効果的であると実証された瞬間だ。あとは敵の首級を上げるのみ。
迫る鎖を紙一重で避ける。伸びきった鎖の中ほどをアレーナで思い切り叩く。叩かれた部分を支点にして、ぐんと鎖が曲がる。鎖の先端にある射出器が弧を描く。その終着点に向かって走る。
ペルグラヌスが吠える。奴のもう片方の手がカテナの網を突破した。腕立て伏せの要領で体勢を起こそうとする。弾かれたように、一本、二本と路面に突き刺さっていたカテナの鏃が勢いよく抜ける。網の隙間が開き、奴が這い出そうとする。
アレーナを地面に突き刺し、飛ぶ。目指す方向に、射出器があった。今度はアレーナを伸ばし、射出器を絡めとる。勢いに引きずられてさらに上空へと舞い上がる。右手に射出器を掴んだ時、ペルグラヌスがこちらを見上げていた。
こちらに向かって鏃のついた腕を伸ばす。再び振り回される前に、射出器を下へ向けて発射する。放たれた鏃は地面へと刺さり、同時、射出器の勢いに鎖が引っ張られ、ペルグラヌスは腕を強制的に方向転換されて体勢を崩した。私の真下に奴の背中が向く格好だ。奴の背に飛び乗り、アレーナを伸ばす。ウェントゥスを絡めて拾い上げ、戻す。その間に奴の頭へとよじ登る。到達したとき、ウェントゥスは私の両手の中にあった。
「くたばれ」
超至近距離で奴と目が合う。人の頭ほどもある赤い目に私が映っていた。その目と、奥にある脳に向けてウェントゥスを突き刺した。
天に向けて断末魔を上げた後、ペルグラヌスはどう、と地に倒れ伏した。
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