第65話 分断作戦

「やつらを中心に、半円状に部隊を展開します。改良型カテナの準備を」

 カテナは以前、インフェルナムに使用したプラエ特製の鎖だ。あの時からかなり改良を重ねて、強度、硬度は格段に向上し、加えて粘りが追加されている。手による投擲も、銃型の射出器にグレードアップし、精度も上昇。先端は銛のように尖り【かえし】もあるので、対象に直接刺すことでも、地面に突き刺すことでも動きを封じることが可能となった。

 今回のペルグラヌス戦で有効であると実証できれば、インフェルナムなど他のドラゴン種にも有効であると判断できる。

 対龍戦は相手の動きを封じられるかがすべてだ。どうあがいても、ドラゴンの身体能力に人間は勝てない。いかにドラゴンを自分のフィールドに引きずり落とせるかがカギだ。身体能力が高いのなら動けないようにし、炎を吐くなら口を封じる。そこまで能力を落としてようやく立ち向かえる相手だ。

「まず、相手の面前に目くらましの煙筒を仕掛けます。足が止まったところに、足元、胸元、首元、三か所に同時にカテナを射出。鱗の強度が不明なため、直接命中させるより、絡めて動きを止めましょう」

「しかし団長。二匹同時に戦えるか?」

 カテナの束を両腕に抱えながらモンドが言った。確かに、二匹同時に相手にするのは危険すぎる。背中合わせに構えられたら、相手に死角がない。未知の相手に万全の体制で挑むなら、一匹ずつ相手取るのがベターだ。

「私が一匹をひきつけます。その間にみんなはもう一匹を封じ、仕留めてください」

「いやいやいや、何言ってんの団長。それはあんたの仕事じゃないでしょうが」

 言うと思ったけどねとテーバが言った。

「あんたの役目はドラゴンを仕留めることだろ?」

「しかし、私が一番囮に適しています。アレーナを応用すれば走るよりも早く移動できますし、高所にすぐ避難できます」

「だからだよ。あんたが俺たちの中で唯一、ドラゴンと同等レベルの瞬発力を持っている。奴らの背後や頭上を、死角を取れる。俺たちでは逃しちまうチャンスをものにできるんだ。そのあんたが攻撃役にいなくてどうする」

 俺に任せてもらおう。テーバは親指で自分の胸を指した。

「猟師は獲物を追うのも仕事なら、猛獣から逃げるのも仕事なんだ。この団の中では俺が最も逃げ足が速い」

「しかし」

 人間の逃げ足など知れている。それがわからないテーバではないはずなのだが。

「勝算もある。ペルグラヌスは、ガタイはそりゃあ俺が相対した中でも最大級だ。が、思考が獣に近い。猟師だった俺ならそこを突ける。団長、信じて任せてくれねえか」

 いつもの飄々とした態度からはかけ離れた、真剣なまなざしに、私はしばし黙考したのち、彼に命じた。

「わかりました。お願いします」

「よっしゃ。任せとけ」

「失敗して、もし死んだりしたら、あなたの墓標に『大ぼら吹きの大間抜け、ここに眠る』と刻みます」

「そいつは、遠慮したいなぁ」

 テーバが苦笑した。

「あと、あなたが隠しているつもりの秘密を盛大にばらします」

「え! ちょ、団長?! まさかそれって・・・」

 あのことか? それともあれのことか? 焦ったように指を折ったり虚空を見上げたりしている。実際、私は彼の秘密など知らない。けれどこの様子では、何かやましくも恥ずかしい秘密を抱えているようだ。恥ずかしい秘密など、人間誰にでもある。誰にでも当てはまることを言う血液占いや誕生日占いと一緒だ。

「嫌なら、絶対に生き延びて、見事成功させてください」

「ああ。必ず。あのことをばらされちゃ困るからな。ただ、できるだけそっちも急いでくれよな」

 じゃ、行くぜ。テーバが通りに出た。私たちは彼から距離をとり、様子を伺う。



「まったく、シャレにならない」

 テーバは内心の不安や緊張、恐怖を抑え込むために、あえて別のことを考えながら、目の前の殺戮現場へと向かった。

「団長のやつ、俺がこっそり子犬を拾ってきたことをいつの間に知ったんだ?」

 もしかしたらそれだけじゃなく、初恋の相手の名前をとってテレサと名付けた子犬の前では、赤ちゃん言葉を使っているのも見られたかもしれない。テーバはこれでも、団の中では年上の方だ。旧ガリオン兵団の中でもギース、モンドに次いで古株に当たる。後輩や部下からは頼れる男で通している。その自分が赤ちゃん言葉でテレサを抱きかかえたり、あやしたり、モフモフした毛の中に顔をうずめたりしていることを知られたら、これまで築き上げてきた己の人物像は崩壊し評価はがた落ちだ。

『テーバさんって子犬に初恋の人の名前つけてんだってよ』

『その子犬に向かって「よちよち、可愛いでしゅね~」とか「おなかがぺこぺこでしゅか?」とか言ってたらしいぜ』

『うわ、気色悪ぅ。ないわ、それはないわ』

 肉体と尊厳、二重の意味で死ぬ。

「絶対成功させる。俺の明日のために」

 エクゥウスか、ボースか。どちらかわからないが、数名の傭兵が宙に投げ飛ばされた。装備を合わせれば百キロ近い連中が、紙くずみたいに飛んで、地表に落ちた瞬間本来の重量を思い出して地面を凹ませ赤く染めた。

 左右を確認する。右は城壁、左は家屋が密集している。人が通るには問題ない。ギースとムトが作成した地図を照らし合わせ、頭の中で計画を反芻する。自分の計算では、追いつかれるまで十数分稼げる。それ以降は運と実力と成り行き次第だ。ふう、と大きく息をつき、銃を構える。アカリのウェントゥスを参考に、プラエが独学で作った銃をさらに改良して命中精度を上げた代物だ。引き金を引くと使用者の魔力が流れ込み、砲身の中で小規模な爆発を発生させて弾を射出する。空気を瞬間的に満たして射出するタイプも現在開発中らしいが、空気が漏れないように密閉するのが難しいとかなんとか。理屈は技術者に任せるとして、自分が持っているのは爆発するタイプの銃だ。狩猟であれば音が出ないほうが望ましいのだろうが、今回は音が出るほうが都合がいい。

「じゃ、おっぱじめますかね」

 狙いをつけ、引き金を引く。甲高い音と共に弾が吐き出され、三十メートル先のペルグラヌスの頭で小さな火花が散った。ぐりんとこちらに長細い顔が向く。つられてもう一匹の顔もこちらに向いた。

「この距離では貫けないか」

 この情報も、団長の助けになるだろう。弾を装填し、さらにもう一発。今度は顔の眉間あたりではじかれた。人間のように、ペルグラヌスの顔がしかめられるのが分かった。

「はは、一丁前に苛ついてやがる」

 ダメ押しにもう一発撃った。今度は外れたが、ペルグラヌスも理解したはずだ。明確な意思を持って、自分たちを狙っていると。


 ブゥア、ブフゥアアアアア!


 大口を開けて、テーバに向かって突っ込んできた。三発目を撃ってすぐ、テーバは銃を放り出し、左方向へ走り始めていた。路地に滑り込んだ刹那、彼が居た場所をペルグラヌスが通過していく。

 ここからが本番だ。ポケットに入れた魔道具に触れながら、全力で路地を駆ける。

「何でこんなものが必要なの?」

 自分用の魔道具として作成を依頼したとき、プラエが言った。

「獣が好んだり、嫌がる匂いを出すのなら、話はわかる。獲物をおびき寄せたり追い出したり、用途が想像できるわ。けど、自分の匂いを出すときって、いつよ?」

 彼女の言葉を思い出しながら、テーバは心の中で叫ぶ。

 こういう時の為だ!

 ポケットから取り出した魔道具『香玉』を路地の先に投げ、自分は角を曲がる。後ろは振り返らない。後でちびちびやろうと思っていた高級酒を、頭からかぶる。果物のような甘い香りが鼻を通っていく。

 後方を、けたたましい破砕音を響かせながら何かが通っていく。確認するまでもない。ペルグラヌスだ。さっき放り投げた銃の匂いから、テーバの匂いを嗅ぎ取り、匂いで追跡したのだろう。しかし、そこにあるのは匂いの分身だ。

 本来の用途では、テレサを優秀な狩猟犬に仕立て上げた時に真価を発揮する。

 例えば団を分けて行動するとき、香玉を持たせておけば、迷ったり、行動不能となったときにテレサに匂いを追わせて捜索できる。知らない人間の匂いよりも、常に一緒にいる自分の匂いの方が追いやすいと考えたからだ。

「まさか、こんな使い方をするとはね」

 未来は分からないものだ。何がどう転ぶかわからない。ここまでの旅路もそうだ。

 ガリオン兵団が致命的なダメージを受け壊滅した。団がなくなれば、生き残った者は散り散りに別れるしかない。そんな時、アカリが新しい団を創ると言い出した。少し前まで剣を持つこともおぼつかなかった女がだ。

 気が狂ったのかと最初は思い、次に自暴自棄になっているのではないかと危惧した。目の前で友を、もしくはそれ以上の関係の相手を亡くしたから。放っておいたらすぐ死んでしまうと思った。実際、団結成後のアカリは無茶ばかりしていた。自分を傷つけるような無理な作戦を立て、戦いに身を置き続けた。さっきだってそうだ。団長のくせに、一番危険な仕事をしようとした。

 命の危険は常に続いたが、おかげで彼女の戦闘技術はめきめき上達していった。おそらく団の中でも随一だろう。下手な連中が数人がかりでも敵わないに違いない。それでも、危ういのには変わらない。精神的にはまだまだガキだ。

 自分は、このガキを見守るために生かされたのかもしれない。モンドやギースも、同じように思ったのではないだろうか。だから、新しい団の立ち上げに関わって、今日まで付き合っている。

「人が猟師に戻るのを諦めてまで助けてやってんだから、もうちょっと自分を大事にしろよなぁ、ったくもう」

 悪態をつきながら、テーバは香玉をまた一つ投げた。

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