第55話 質疑応答
「なぜ君が、こんなところに?」
ジュールが問いかけてくる。
「無駄な問答はやめましょう。私がここにいる理由は、大方見当がついているのでは?」
こんな裏路地、用がなければ立ち入らない。仮に偶然であったとしても、こんな厄介な場面には、けして姿を晒さないだろう。
「店に火を放ったのは君達か。あの店には我々の道具があった。それを燃やせば、必ず様子を見に来ると踏んだわけだ。おびき出すにしても、随分と大胆な手を打った物だ。下手すれば、アルボスにいる全員を敵に回す」
そんなヘマはしない。それに、今のアルボスにそんな余力もないだろう。見張りや見回りの領主兵は彼らに倒されてしまい、目と耳を奪われているような状態だ。
「しかし、燃やした効果はあった。作戦の胆となる毒物が焼失したかもしれないとわかれば、計画を中断し、必ず状況確認を優先すると思っていました。後は、不審な行動を取る人を追尾すれば良いだけです」
「なぜだ? なぜ邪魔をする」
「邪魔をした覚えはありません。が、結果的にそうなってしまっていたのなら、申し訳ありません。謝罪します。ですが、自分達の身にまで火の粉が飛んできそうな状況なのですから、自衛のためだったということで、納得して頂けるとありがたいです」
ジュールの顔が僅かばかり険しくなる。それはすぐに戻った。普段からポーカーフェイスを心がけているのだろう。表情から読み取れる情報が多いことを、本人が理解しているからだ。それでもなお無意識に変えたのは、私の勘が的外れではなかった証左だ。
「いつ気づいたんだ。我々の計画に」
「私たちも受けたんですよ。例の行方不明になった商隊の捜索。あなた方のせいでそれくらいしか依頼が残ってなかったってのもあるんですが。で、件の廃坑にいくと、面白い道具の残骸がありました。良い手だと思います。運搬する時はただの部品だから誰も兵器とは思わない。不審に思わないからチェックも甘い。現場で組み立てれば誰にも気づかれずに戦いの準備を先んじて行える。相手は、アルボスを攻める気ではないかと想像力が働くのはおかしなことではないでしょう?」
「おかしいことさ。あの残骸を見て兵器に結びつける事自体が。そして、ファリーナ商会に行きつく事が」
肌を刺すような空気が場に溢れる。穏やかに話すジュールの周りで、彼の部下達が私を囲むように移動して武器を構え、いつでも切りかかれるように四肢に力を込めている。
「これから君はどうするつもりだ。我々の邪魔を続けるのか?」
「滅相もない。金にならない面倒事はゴメンです。ここに来た理由を話しましょう。取引です」
「取引?」
「ええ。あなたの口利きで、私たちを正門から無事出して欲しい。無理に通ろうとしたら戦闘になりそうだったので」
「正門が制圧されているのにも気づいていたか。部下に見習わせたいね。で、我々への対価は?」
「ここで起きた事、これから起きる事、一切口外しないとお約束します」
ふむ、とジュールは顎に手を当てた。
「呑めないな」
「・・・なぜです?」
「君達が今後一生、ここでのことを口にしないという確約が取れないからさ」
「それは、残念です」
「わかっていたことだろう? こうなる事は。君が言ったのだ。無駄な問答はやめましょう、と。我々としては、君をここで殺した方が確実に口を封じられるのだから」
ジュールの部下の一人の足先が、僅かににじり寄った。靴が砂を擦る音がする。
「行け。逃がすなよ」
部下達が躍動する。
「そちらはわかってませんね。私が一人でいる理由を」
破裂音が木霊する。飛びかかってきた部下のうち三人の頭や胴体に風穴が開く。残った正面からの一人は、仲間たちの体から血飛沫が舞うのを視界の内で捉え、あからさまに動揺した。動揺しているくせに、体は慣性のせいかまだ私に向かってきている。いけないな。意識と体がバラバラになったら、結局どちらも上手くは動かない。
左手で腰のウェントゥスを引き抜く。後の先となど呼べるようなものじゃない。相手から意識を外した人間より先に攻撃を成功させるのは。
相手に向けて、ウェントゥスの刃を伸ばす。ただそれだけで、相手の胸を刃が貫いた。同時、右手の篭手を体の前に掲げる。篭手は私の意思に反応し形状を変えた。上下左右に広がり、盾となる。
目の前の部下の屍骸に新たな穴が空く。鋭い切っ先が迫り、耳障りな音を立てて盾によって弾かれた。屍骸と盾の向こう側で、目を見開いたジュールがいる。ウェントスを横に払う。刺さっていた刃が抜け、屍骸は横に倒れる。屍骸に刺さったままのジュールの武器ウガッカが引っ張られていく。
つま先で地面を蹴る。ジュールは伸びたウガッカを戻そうとしている、が、遅い。倒れたオームを飛び越え、ジュールに肉薄する。
舌打ち一つ、ジュールが後方に飛ぶ。それを追いかける。ジュールの武器を持つ手が横に振られる。そんなことをすれば自分の手元に戻る時間をロスするだけなのに。戻すよりも優先することがあるとすれば
「危ねぇっ!」
オームの声。それに応えるように、体を前に倒し、捻る。右腕を地面について体を支える。私の目の前をウガッカの切っ先が通り過ぎていく。
伸縮自在の武器の使い方がなってない。奇襲するなら、悟られないようにするべきだ。
私の上を通過したウガッカがジュールの手元に戻る。ジュールが息をついた。仕切り直しとばかりに周囲と、腕を地面につけたままの私に視線を配る。
「っ何?!」
ジュールの足元が破裂し、地面から黒い鞭が飛び出す。右腕をついた時に伸ばした私の篭手だ。鞭はジュールの足を絡め取り、体を這い、武器持つ腕の手首を取った。そのまま腕を捻り上げる。苦悶の表情でジュールが武器を取り落とす。先ほどオームを救ったのも、この篭手の能力だ。
素早く近付き、ウガッカを回収する。
「味方ごと貫くなんて、薄情な人だったんですね。酒場で会った時にはもっと親切そうに見えましたが」
「君は、君達は、何者だっ・・・」
今度こそ驚愕の表情でジュールは私を見下ろした。その目が私の背後を見て、怯えが混じった。影から抜け出すように、アスカロンの面々が現れる。彼の部下を射殺したのは、事前にこの場を取り囲むように配置していた彼らだ。何の準備もなく、私がここに来るわけがない。
「遠距離からでも味方を巻き込まない正確な射撃に統率の取れた動き、ウガッカ以上に応用の利く魔道具。なによりそれを使いこなす技量。これほどの実力を持つ傭兵団が、新設であるはずがない。どこかの大手から独立でもしたのか?!」
「お褒めいただきどうも。ただ残念ながら、大手ではなかったから、今こうしているわけですが」
肩を竦めてみせる。大手であれば、誰も死なずに済んだ。大手であれば、今の私達はなかった。
「目的を果たす為に強くなるしかなかった。しかし、個々の力の限界など知れている。残念ですが、どれだけ鍛えても私は一人で戦局を変えるような伝説の英雄等にはなれない。だから、仲間の団員たちと強くなる方法を模索した。遠くからでも遅滞なく連携を取る手段、新たな魔道具の開発、何種類もの戦術に罠、それらを駆使してようやく生き延びている弱小傭兵団です」
右手を強く握り締める。私の篭手は、魔力を込めると使用者の意思によって形を変える魔道具だ。元は死んだ仲間の刀だったが、以前の戦いで破損した。それを、プラエに頼んで私用に改造して貰ったのだ。
「そんな私たちが重要視しているのは、情報です。情報の有無が生死を分けるのは、そちらもよく御存知でしょう。今度はこちらが質問する番です。最初に断っておきますが、私は、自分と仲間の命のためなら、手段は選びません。そして、あなたの命は、私にとっては軽い」
ジュールの口に布を詰め込み、奪ったウガッカを彼の大腿部に突き刺した。くぐもった悲鳴を耳にしても、私の心は乱れない。
「命が惜しければ、質問に答えて」
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