第20話 新人の仕事、その二

 ラスの言葉に偽り無く、かなりこき使われた。

 傭兵は戦いが主な収入源だ。しかし、戦いが無ければ暇、というわけでもない。武器の手入れはもちろん必要だし、その手入れの技術を応用して、近隣住民の包丁や鍋、農作業道具などを修理してまわり、収入の一部にする者もいる。他にもプラエの魔術の知識など、特殊な技術、知識を持つ者は、その能力を活かして副業を行ったりする。

 ただ、そういった依頼や副業できるほどの能力を持った人材の数は少ない。残りの人員が何をするかというと、戦いで得た『金や貴金属以外』の物品の処理だ。今回の戦いでいえば、ロストルムの屍骸がそれに当たる。

「皮の一切れ、肉のひと欠片、骨の一本も無駄にするな」

 ロストルムの解体の指揮を取っているのは意外にもギースだった。聞けば、彼の生家はレストランだったそうだ。

「レストランと呼べるほど、立派なものではなかったがな」

 小さな村で、同じ村民が育てた家畜を捌き、料理し、提供していた。していた、と過去形を使っていたのは、戦火で村が滅びたからだそうだ。命からがら逃亡し、行き着いた先で若かりし頃のガリオン―このときはまだ傭兵団を創っていなかったが―と出会って、現在に至る。

「アカリ、もっと綺麗に皮を剥げ。皮の方が多く身がついている。それでは駄目だ。マサ、力を入れすぎだ。それでは身がボロボロになる。売りものにならんぞ。二人とも、もっと丁寧にやれ」

 これ以上ないくらい丁寧にやっているつもりなのだが、ギースからは中々合格を貰えなかった。あまりに注意されるのでそっちはどうなんだとギースの手元を見て、口から出かかった文句が霧散した。骨、皮、肉。始めから別々の物だったのではないかと錯覚するほど綺麗に分解されたロストルムの成れの果てがあった。しかも、こっちの作業よりも格段に早い。私たちを監督しながら、手だけ動かし続け、ロストルムを次々と分解していく。

「たとえ敵対した連中であろうと、死んだからと雑に扱っていい訳がない。我々人間は、他の命を食って生きている。他を殺して生きている。ならば、奪ったその命、きちんと扱わなければならない。無駄にしていいはずがない。食うために殺した、生きるために殺した我々の責務だ。いただきますの原理だ」

「いただきますの原理、って・・・」

「傭兵業界では有名な原理だ。覚えておけ。知らないと恥をかくぞ」

 なんで日本でおなじみの、世界でも数少ない食事前の挨拶が異世界で定着しているんだ。それだけではない。他にも色々と腑に落ちない事がある。それは時間の概念であったり、言語や文字であったり、人の営みにおいて当たり前に定着しているものの中に、元の世界と類似するものが多数ある事だ。過去にも私たちのように、私たちの世界から飛ばされた人間がいるのだろうか。偶然では、無いような気もする。後で上原にでも相談しよう。

 捌いても捌いても、次から次にロストルムの屍骸が届く。血やアンモニア臭がきついと泣きそうだったのは最初の一時間くらいで、後は疲れのせいできついと考える余裕すらなくなっていた。

「ただ何も考えずに捌くな」

 疲れでぼんやりしている私たちに、そう言ったのはラスだ。再びメリダ何某と遊ぶ為の金を少しでも稼ごうと、新人に混じって解体作業に取り組んでいた。

「お前達が触れているのは、敵対生物の体だ。どこにどういう器官があって、どう繋がっているのかを理解しろ。それはひとえに、いかに効率よく敵にダメージを与えられるかに結びつく。急所を知れば力をかけずに一撃で仕留める事も出来る。余力が生まれれば色んな事に使える。味方を助ける事も出来るし、更に敵を倒す事も出来る。逃げるのだって力がなければ出来ない。アカリ、お前は力を使いきるという事がどういうことか、特に身に沁みているはずだろ?」

 力尽きて運ばれた身としては、耳が痛い。

「他の生物も、そこまで構造は違わない。頭には脳、胴体には心臓だ。どちらかを破壊すれば、大抵の生物は死ぬ」

「大抵、って、死なない奴もいるんですか?」

 私と同じように疲れきっていたはずの上原が口を開いた。頭の気になるフィルターに引っかかったようだ。少しのつき合いでわかったことは、彼は気になる事があると自然と質問や疑問が口をついて出る癖がある。

「そうだな。お目にかかった事はないが、南の方には頭も骨も心臓も無い、粘性の生物がいるらしい。スライム、とか言ったか」

 見た事はないはずだが、想像できてしまった。色んなゲームに出てくる可愛い雑魚モンスターだ。

「普段は水溜りに擬態して、獲物が水だと勘違いして近寄ってきたところをこう、ガバッと襲いかかって、呑み込み、溺死させてからゆっくり消化液で溶かすらしい」

 雑魚モンスターとは思えない凶悪さだった。見た目も違うのかもしれない。

「後は俺が知ってるのは、ゾンビだな。頭を潰そうが心臓刺そうが死なない」

 ゾンビもいるのか。いよいよゲームの世界だ。けれど、ゲームの世界では頭を潰したら死んでいたが。

「ゾンビって、死なないんですか?」

「死なない、というか、死んでる、が正しいな。お前、寄生虫って分かるか?」

「一応、聞いた事はあります」

「その寄生虫の一種に、死体に寄生して動かす奴がいる。どういう理屈か分からないが、そいつは脳の変わりに体に命令を送り動かすらしい。詳しく知りたいなら後でプラエに聞いてくれ。あいつら魔術師がゾンビの存在を発見したんだからな」

「でも、寄生虫はどうして死体を動かすんですかね?」

「そりゃお前、決まってる。他の生き物を襲うためだよ。寄生虫は単体じゃ子どもにも勝てないくらい弱いからな」

「でも、死体に寄生するってことは、死体が餌だと思うんですよね。死体は襲わないから、動かす必然性が無いような気が」

「馬鹿。死体が餌なんだから、自分で死体を増やせば餌が増えるだろうが」

「・・・あ、なるほど。中々積極的な奴なんですね」

「自分が寄生している死体だっていつまでもあるわけじゃないしな。腐るだろうし、食い尽くせばそれで終わりだ。さっきも言ったが寄生虫自体は弱い。寄生している死体が動く間に確保したいところだろう」

 上原は平気そうに話しているが、その寄生虫、かなり危険なんじゃないか。というか、怖い。背筋にぞわっと悪寒が走った。想像してしまったのだ。濁った虚ろな目、腐った黒い皮膚、その下から覗く蛆のわく紫色の肉。それだけでも気持ち悪いのに、その腐乱死体が襲いかかって来るなんて、想像しただけで恐ろしい。だってその死体、確実に生きている生物に襲いかかってくるのだから。

 ふと、解体途中のロストルムに目がいく。こいつらも、死体だ。生き物の。もし、こいつらの中にその寄生虫がいたとしたら・・・

「ギャアッ!」

「ひゃぁっ!」

 持っていた包丁を取り落とし、派手な音を立ててしまった。

「馬ァ鹿。何ビビッてんだよ」

 笑いながら、ラスが言った。上原も、同じようにくすくすと声を殺して笑っている。

「期待に添えなくて悪いが、スライムと同じで寄生虫も生息域が限られている。こいつらは北の方だ。多分、死体が腐りにくいからだろうな」

「び、ビビッてませんから」

「そうかい? じっとロストルムの死体を見つめてるから、もしかして心配してるのかなと」

「心配もしてませんから」

「なら良いんだがな」

「いや、よくない」

 そう言うのはギース。

「どれだけ恐ろしくても、包丁を、身を守る武器を驚いたからといって落とすようではまだまだだ」

 どこまでも、ギースは手厳しい。けれど、以前よりは辺りが柔らかくなっているように感じるのは気のせいだろうか。私を団員の一人だと、少しは認めてくれた結果が、そういう風に現れていたら、少し嬉しい、と思う。

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