第19話 事後の顛末

 トリブトムは傭兵の中では珍しく、貿易や商売によって稼ぎを得る団で、今回のような貴重な品を依頼人の代わりに取りに行く事も珍しくないそうだ。大勢で戦を行う通常の傭兵団とは異なり、団を小分けにし、方々へと珍しい物を探しに出して仕入れ、高く売れる所に持ち帰って販売する。まるで総合商社と商社マンの働き方だ。

 今回彼らは、さる高貴な身分の人からの依頼品を運搬する途中でラテルに立ち寄り、そしてロストルムの襲撃に遭った。

「本当に助かった。もし依頼品に何かあれば、俺たちの命はなかった」

 自分の命が助かった事よりも、依頼品の心配が先に出るところが、彼らのプロ意識が成せる技なのか、高貴とされる依頼人の権力のデカさの賜物なのかは判断がつきかねる。両方かもしれない。

「そんなに貴重な品を運ぶのに、三人って少なくないですか?」

 言いながら、あれ? と首を捻る。確か、影は四つだったはずだ。私の疑問に気づいたかマグルオは苦笑いを浮かべて説明してくれた。

「もう一人は、トリギェというんだが、あいつは俺達が取った宿にいる。依頼品の品質管理と盗難を警戒してな」

「礼儀知らずな奴だ。あいつ自身が一番助けられたってのに」

 ヒラマエが毒づく。彼の言葉に、他の二名がフォローも入れない所から、あまり好かれている相手ではなさそうだ。一番助けられたということは、あの荷物を背負っていたサンタクロースがトリギェということか。

「弁解するわけじゃないが、トリギェはトリブトムの一員じゃない。依頼人のお貴族様直属の部下だ。他にも何人か部下が来て、俺たちの部隊の他にいくつかの部隊を雇って各地に散らばり、情報を集めながらその依頼品を探していた」

「へえ、そいつは凄いね」

 プラエが驚きと感心の混ざった声を上げた。

「トリブトムの傭兵は少数で動くから全員がかなりの腕利き揃いよね。当然依頼料も高い。それを数部隊も雇うなんて。相手はかなりの大物じゃない?」

「だと思う。加えて成功報酬も払うってんだから太っ腹極まれりだ」

 マグルオの補足に、プラエは口笛を吹いた。

「それほどの貴重品って、いったい何なんですか?」

 昨晩は夜で、しかも遠かったからよくわからなかった。丸かったのは分かるが。

「すまんが、それは秘密だ。こちらにも守秘義務ってもんがある」

 守秘義務・・・あるんだ。素直に感心した。どう考えても自分たちの生きていた時代よりも古い、中世かそこらの時代背景なのに、自分達の時代でも使っていた言葉を耳にするとは思わなかった。知らないだけで、昔からある言葉なのかもしれないが。

「何でも手に入りそうな大金持ちが、何としてでも手に入れたい代物、ね」

「何か心当たりが?」

 思案顔のプラエに尋ねる。んん、と彼女は口をひん曲げていたが、結局自分の推測を口にすることはなかった。

「ともかくも」

 マグルオが話を切り替えるように言った。事実変えたかったのかもしれない。こちらとしても守秘義務を盾にしている相手に、これ以上追求する理由もなかったので、話が変わるのをよしとした。

「礼が言いたかったんだ。本当にありがとう」

「い、いえ。御無事で何よりでした」

「もし君が何か困ったら言ってくれ。可能な範囲で協力する」

 そう言い残して、マグルオたちは食堂を後にした。

「びっくりした・・・」

 彼らが出ていったドアが閉まるのを確認したら、思わず口を本音がついて出た。

「良かったわね」

 ぽんとプラエが私の肩に手を置いた。

「トリブトムの連中に恩を売っておいて損はないわ。彼らは仕事の特性上、あらゆる国や地域に伝手も持ってる」

「別に、そういうつもりじゃ」

「何あんた。もしかして、恩を売るのは悪い事だと思ってるの?」

 顔をしかめる私に、プラエが言う。別に、そこまでは思ってない。けれど、助けたから代わりに何かしろと要求するとか、恩を売る、返すとか、行為や命に値段がつくというか、そういう事をするのは欲深い人間に見えて、何となく気が引けるのだ。プラエはそんな私の複雑な心境を理解まではせずとも感じ取ったのか、諭すように話す。

「恩を売るのは悪い事ではないわ。悪いのは恩に着せる事だと思う。売る相手にもよるけどね」

「売ると、着せる・・・?」

「ええ、そう。それに、本当に大事にしたいのは、恩の売り、返しじゃなくて、その相手と結んだ縁ね。人の価値の有無で付き合いを変えるのもどうかとは思うけど、人が有する価値が大切なのもまた事実。言葉は悪いけど、使える奴ね。例えばあんたが叶えたい目的を達成するためには、使える奴は一人でも多い方が重宝するでしょう?」

 叶えたい目的、元の世界に帰るという目的。プラエはその事を言っているのか。確かに、多くの情報を集めるのが、私たちの目的にとって重要な最初の段階だ。プラエの言う通りトリブトムが世界中に伝手を持っているのならば、情報源としてかなり強力な価値を持つ相手という事になる。

 ぐう、とお腹がなった。顔が赤く染まっていくのが実感できた。昨日倒れてから何も食べていない体としては、当然の欲求だ。

「ご飯食べよっか?」

 提案するプラエに、私は黙って頷いた。


「篠山さん!」

 第五部隊が寝泊りする平屋に戻ってきた私を出迎えたのは、上原だった。

「無事だったんだね。良かった」

 彼の肩を見る。鎧は脱いでいたが、制服の肩の部分は五百円玉ほどの大きさの穴が空いていた。ロストルムに噛まれた痕だ。こっちこそ無事だったのかと聞きたい。私の視線の先に自分の肩があるのに気づいて、上原は苦笑いを浮かべた。

「大丈夫だよ。そこまで深い傷にはならなかったし、プラエさんの軟膏のおかげで、傷はほとんど塞がってるから」

「そっか、良かった」

「良かねえよ」

 無事を喜びあう私たちの間に、声が割り込んできた。

「ラス、隊長」

 上原の後ろから顔を覗かせたのは、不機嫌な顔をしたラスだった。

「何を喜んでいるんだ。お前はもっとしおらしく、反省した顔で入って来い。入ってくるべきだ」

「や、しかし隊長、彼女は気を失ってたわけだから、事情を知らないといいますか」

 何故か私に対して怒っているラスと、何故怒られているか分からない私の間に上原が入った。

「ならマサ、教えてやれ。お前とアカリがぶっ倒れたせいで、残りの巡回交代までの時間を俺が代わりに入ったって事をな」

「隊長、もう全部言っちゃってますが・・・」

「分かってて言ってるんだよ。それだけ反省して、かつ俺に感謝しろって事なんだよ」

 わかれよ、と血走った目でラスは私たちを睨んでいた。そうか、巡回ってあの時だけじゃなく、当然それ以降も行われなきゃいけないのだ。それが、一人は怪我を負い、一人は失神したら、巡回要員がいなくなった。そういうことか。

「メリダちゃんをようやく口説き落としてベッドに連れ込んでこれからって時に、警鐘が鳴った時の俺の気持ちがわかるか? 巡回に出た新米二名がぶっ倒れて、以降の巡回業務の遂行が不可能になって、代役を団長から指示されたときの俺の絶望がわかるか?!」

 唾を吐き散らしながらラスが叫ぶ。メリダちゃんって誰だよ。知らない人間の名前を出されても困る。

「謝れ! 俺と、臨戦体勢でいきり立っていたにも拘らず使う機会を逸して悲しげにしぼんでいった俺のツヴァイハンターに謝れ!」

 ラスは、泣いていた。叫びながら泣いていた。ふと後ろを見れば、他の団員達の多くが彼の言葉に共感して頷いていた。中には涙を流している者までいる。

「メリダって、あれだろ? 高級娼婦の」

「貴族相手でも気に入らなきゃ袖にするっていう?」

「そうそう、『フェミナン』在籍の娘だよな」

「通うだけで金取られるんだよなあの店」

「一晩でひと月ふた月の稼ぎが軽く吹っ飛ぶとか」

「でも、そんじょそこらの娼婦とは見目も体も技も段違いだってよ。天国に連れて行かれるらしい」

「そんな店に一ヶ月も通って、メリダ嬢に気にいられて、精のつくものたらふく食って、いよいよって時だったそうだ」

「隊長の絶望、いかばかりか」

 そんな、泣くほど大それた話なのか? これ。というか、仮にも私も女で、そういう話をするのはセクハラじゃないのか。しかし、ラスと他の団員たちは、明らかに私を責めていた。確かに迷惑をかけたのは事実だし。

「御迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

 素直に頭を下げた。上原も同じように頭を下げる。

「いいか、アカリ」

 後頭部にラスの言葉が当たる。

「謝って済む問題じゃないんだ。お前は、俺がどれだけメリダちゃんに注ぎ込んだかわかってない。金だけじゃない。時間も、労力も」

 謝れって言ったから謝ったのに・・・

「俺の一ヶ月全てを注ぎ込んで、ようやく舞い降りた奇蹟を、俺に向けられた女神の微笑と愛を、お前とマサは奪ったんだ。分かるか?」

 分かりたくないが「はい」と答えておいた。何故だろう。確かに私が悪いのだが、納得行かない。怒りすらこみ上げてきた。

「これは借りだ」

 ラスは、私たちに顔を上げさせた。怒りは幾分収まっていた。目の充血は気になるが。

「働いて返せ。部隊に貢献しろ。それが出来た時、お前『ら』を許してやる」

「え?」

 彼は今『ら』と言った。上原だけじゃなく、私の事も含めていた。

「だってアカリ、お前、団長の試験突破したんだろう?」

「あ・・・」

 片方の頬を吊り上げて笑うラスの言葉で思い出す。ガリオンから言い渡された団員になる条件は『ロストルムを一匹倒す事』だ。

「こき使ってやるから、覚悟しとけ」

 それが、新団員に対する歓迎の言葉だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る