第571話 百万両の夜景(1)守護の家

 映画を観終わり、はあ、と息をつく。

「映画館に来たのって久しぶりだけど、やっぱり、迫力が違うな」

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「アクションものは、是非、劇場で見るべきだねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。

「良かったわあ。時代劇も面白いのね。これ、DVD買っちゃいたいわ」

 町田千穂まちだちほ、旧姓、舞坂まいさか。交通課の警察官だ。仕事ではミニパトで安全且つ大人しい運転をしなければいけないストレスからなのか、オフでハンドルを握ると別人のようになってしまうスピード狂だ。直よりも1つ年上の姉さん女房だ。

「監督もそれを聞いたら喜ぶわ。

 でも本当。面白かったわねえ。殺陣の為に、彼、1年間みっちりと剣道を練習したそうよ」

 霜月美里しもつきみさと、若手ナンバーワンのトップ女優だ。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれている。

 今日は映画の試写会で、美里が招待状を4枚貰ったので、僕、直、千穂さんが誘われ、見に来たのだ。

 主人公は若い藩士で、藩主の密命を帯びて、藩を我がものとせんとする悪い家老の悪の証拠を握り、命を狙われたりもしながら、藩を立て直そうと色々と苦労するという話だ。

 この主役を務めたのが、美里の事務所の後輩なのだ。

「呼んでくれてありがとう、美里」

「どういたしまして」

 僕達は美里に礼を言って、立ち上がった。

 夕食も一緒にと予定しているが、まだ中途半端に早い。お茶でも飲んで、ちょっとぶらついてイルミネーションでも見ようかという事になった。

 しかしここで、電話が鳴る。

 嫌な予感の通り、仕事だった。

「悪い、仕事が入った」

「レストランは美味しいって評判だし、2人で行ってきたらいいねえ」

 美里も千穂さんも、急な呼び出しはわかっている。文句は言わない。

「ああら、残念。2人で楽しんで来ましょ」

「ねえ」

 2人はひらひらと手を振り、僕と直は、ホッとするような寂しいような気分で、その場を後にした。


 京都でも東京でも、自然の山や川や海、人工的に作る寺や道を組み合わせ、守る為の結界として利用している、というのは、昔から言われてきた事だ。

 しかしもうひとつ、黄泉路を塞ぐ重し的な守りがあった。

「見事に倒れてるねえ」

「よく割れなかったな」

 ただの慰霊碑か何かにしか見えないそれを眺める。高さ180センチ、横70センチ、厚さ50センチ程の石碑が転がっていた。

「アクセルの踏み間違いの事故があって、柵がこれにぶつかったらしい」

 先に来ていた霊能師協会の知り合いが言う。隣には駐車場があり、金属フェンスがひしゃげて倒れ、傷の付いたセダンがあった。警察官から事情を訊かれている90くらいの男性が運転手なのだろう。

「人が巻き込まれなくてよかったな」

 言うと、知り合いが嘆息する。

「ある意味、東京中の人間が巻き込まれたけどな」

 確かに。

 この石碑は黄泉路を塞ぐ為に置かれたもので、これまではここにそれを代々成す血族がいたのだが、大正の頃に最後の子孫が亡くなったのだ。それで、ここに石碑を建ててそのその役目を継続させることになったらしい。

 石碑には最後の子孫であった人の霊が封じられていたのだが、倒れた拍子に抜け出してしまっていた。

 これは一大事である。なので付近の全霊能者に緊急で招集がかけられたのだ。

「少なくとも今夜中にこの穴を塞がないと、えらいことになる」

 それで僕達も、霊探しに加わったのだった。





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