第569話 トラップ(4)S、逆上

 久山さんは、竹山さんを恨めしそうに睨んでいた。

「久山敏則さん。あなたは、この竹山さんの命令で、加藤るみ達のグループに潜入していたんですか」

「そうだ。何かわかったら逐一報告していた」

 視線を竹山さんから外そうともせず、潰れた目も見開いて、瞬きもせずに見つめている。

「あなたを殺したのは、加藤るみ達ですか?それで、どうしてこの竹山さんに恨みを抱いて憑いているんですか」

 久山さんは、憎々し気に言った。

「加藤るみがハニートラップを仕掛けて、警察官僚と知り合った後、情報は取れない割に尾行が付いている事に気付いた。それで、自分達が警察の罠にかけられたのかと思ったんだな。

 加藤と官僚を尾行させて、その相手を尾行した。それが竹山さんだった。そして、その竹山さんと俺が会っている所を見られた。

 その時はガード下の立ち飲み屋で、それはたまたま隣り合った知らない客だって言ったが、怪しまれているのはわかってた。だから竹山さんに、助けてくれ、限界だって言ったんだ。なのに、続行しろって。今抜けたら、俺も弟も色々おっかぶせてマル暴に情報流してやるぞって。

 それでそのままいたら、このざまだよ。

 手を下したのはあいつらでも、わかっててやらせたのは竹山さんだ。

 なあ。俺が恨むの、おかしいか?当然だよな」

 怒りのボルテージが上がって行く。

「久山さん、落ち着いて」

 竹山さんは白い顔で脂汗を流し、ガタガタと震えている。

「か、課長が、外川課長が、そうしろと命令したんだ……。す、すまん。悪かった……!」

 宮迫さんがドアから出て行こうとするのに、出遅れた、と思ったら、久山さんが、スッと宮迫さんの真ん前に移動した。

「逃がすかよ。あんたもご同僚じゃねえか。俺の遺体を見ながら、『どうせSなんて使い捨て。後腐れも無いし、これで殺人罪で大っぴらに手配も逮捕もできますね。最後に役立ってくれてよかったですね』って言ってやがったよなあ?」

 ガタガタ震え出す宮迫さんに、僕と直は嘆息を押し殺した。

 そりゃ、怒るだろ。

「外川って、あいつだろ。ジャーナリストをやらせた、上谷川にべったりの。妹に嫌がらせまでして、ご苦労なこったなあ。弱い一般人は泣き寝入りだな」

「おい、ちょっと。それ、野際真梨さんの事か?」

 言うと、久山さんは僕を見た。

「そうだよ。事件や証拠のもみ消しやら何やら、随分な忠犬ぶりだよ」

 竹山さんと宮迫さんは、それでがっくりと力を失ったようになった。

「外川……」

 溜め息をつくように、堺田課長は声を吐き出した。

「警察なんて、大っ嫌いだ。特にこいつら。何様だ」

 竹山さんはキッと顔を上げた。

「秩序を守る為、より大きな敵を――」

「本当に何様だよ」

 僕は、聞いていられなかった。

「大きな敵もクソもないねえ」

 直も、怒っている。

「あんたは、警察官だろ。困っている人を助け、守る。それが警察官だろ」

 豊川は、2人を睨みつけた。

「くそ……。その外川、許せねえ。殺してやる。俺の痛みをそのまま、ゆっくり味合わせてやる」

 久山さんは言って、ゆらりと姿を消した。

 慌てたのは僕達だ。

「ああーっ!?」

「外川課長は今どこかねえ!?」

「え、あ、部屋――」

 僕達は揃って走り出した。

 外川課長を、あっさりと殺させるわけにはいかないのだ。




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