第561話 一家惨殺(4)救い
外の捜査員を呼んで榊弁護士の介抱に当たらせ、気持ちも新たに向かい合う。
「どうして宅間さんに憑いているんですか」
「そりゃあ、私達を殺した人ですから」
宅間さんが体を小さくして耳を塞ぎ、榊弁護士は、
「や、やめろ」
と力なく言う。
「10年も?恨んで取り殺すとかしないままで?」
元也さんは苦し気な顔になりながらも、言う。
「主は、許せと仰った。憎んではならないと。だから、せめて反省をしてもらいたいと……」
一家が揃ってキリスト教信者だった事を思い出した。
「でも、痛かった。苦しかった」
「せめて子供だけでも助けてとお願いしたのに」
元也さんと昌子さんは言い、顔を歪める。
「どうしておじさんは私達を殺したの?」
一茂君が無邪気に、本当にただ疑問をぶつけるだけという感じで訊く。
「痛かったし、怖かったの。どうして?私達、何かしたの?」
美夏ちゃんが、どこか心配そうに言う。
「あ……ああ……」
宅間さんは泣き始め、頭を抱え込んだ。
「すみません、すみません」
「どうしてなんですか?どうして私達は、殺されなければならなかったんですか?」
「なぜあなたは平然と生きて来られたんですか?」
元也さんと昌子さんに質問され、宅間さんは表情を失くした。
「……興味本位だよ。殺してみたかった」
「やめろ、宅間さん!」
ギョッとしたように榊弁護士が言うが、その声も、聞こえているのかどうか。
「役者を目指して、バイトで食って、オーディションを受けては落ちて。あの前の日も、エリートサラリーマンのオーディションを受けて、落ちた。エリートサラリーマンの気持ちなんてわかるかよ。
次は殺人者の役のオーディションがあって。殺してみたら、わかるかと思った。
その時、幸せそのもの、順調そのものに見える添川さんを見かけて……この人にしよう。この人で、まあいいやって」
言って、薄っすらと嗤う。
「……それで、わかったのか?」
訊くと、宅間さんは僕を正面から見た。
「抵抗されて、こっちもケガをして痛かったり、だんだんと臭いがしてきてイライラしたり、それだけだったな。雨が上がって、食べ物も無くなって、それで家を出たんだ。
オーディションは、落ちた。
それで、役者は諦めた。色々と職を転々として、何となく榊さんを思い出して、こっちに仕事は無いかと思って来てみたら、倒れて」
全員が、溜め息をついた。
「俳優がいちいち全てを経験するわけないでしょう。想像ができない、そんな別の部分で落ちたんじゃないですかね」
宅間さんは嗤って頭を振ると、
「どうでもいい。もう、どうでもいい」
と言った。
「そんな事で私達を?」
「全く、反省もしていないようだな」
怒りを押し殺した声で、添川夫妻は言った。
「それだけなの?」
「どうでもいいの?」
悲しみをこらえるように、子供達が言った。
「反省を期待したのが間違いだったのね」
「恨んではいけない、憎んではいけない。私には、無理だ」
食いしばった歯の間から押し出すように声を絞り出した添川さんは、宅間さんを睨みつけた。両目から、血の涙が流れる。
「待って下さい、添川さん」
「止めないで」
昌子さんが僕に言って、怒りを膨らませて行く。
「お父さん」
「お母さん」
子供達が、悔しさ、怒り、悲しみ、そういう感情を高めていく。
「だめです、添川さん!」
「怜!」
「……祓う」
「仕方ないよねえ」
宅間さんの襟首を掴んでベッドから引きずり下ろし、
「下がってろ」
と短く言い置く。
榊弁護士と捜査員達が宅間さんをドアまで引きずって下がらせ、直が守りの位置に入る。
「しっかり見ておけ。お前が2度、殺したんだ。この一家を」
4人の霊が合わさって大きく強くなるそれを見ながら、刀を出す。
ユルサナイ ドウシテェ
「添川さん。せめて、家族揃って、向こうへ逝って下さい」
オマエモシネエ!
掴みかかって来る腕をかいくぐり、刀で胴を払い、浄力を流し込む。
アアアアア!!
クヤシイ!くるしい!憎い!
「イエス!そこにいますか!」
イエスキリストが、そこに顕現した。
ああ……!神よ!
添川さん一家は光る砂のようになりながらも歓喜の表情を浮かべ、慈愛の表情をしたイエスに見守られながら、消えて行った。
「済みませんでした、お呼び立てしてしまって。ありがとうございました」
「いえ。我が子を、ありがとう」
イエスもおっとりと言って、消えて行った。
後には、呆然とする一同と、僕と直が残った。
「い、今の、は」
榊弁護士が言うが、
「イエスキリスト」
と答えると、失神した。
「宅間伸行さん。あなたはこれから、真摯に己の行動を振り返り、反省しなければなりません。それがあなたにできる、唯一の償いですよ」
宅間さんは呆然としていたが、顔を歪め、泣き出した。
僕と直は、お土産を買って、警視庁に戻った。
あの後逮捕され、捜査員達と戻って来た宅間は、別人のように素直に取り調べに応じているという。
「お疲れさん」
「ありがとうございます。
これ、徳川課長にお土産です。かつおのたたきと鯰のかば焼き。冷凍だから、冷凍庫に入れておきますね」
「うわ、ありがとう!今夜早速いただこうっと」
「皆は、お菓子だねえ」
配り始める。
「10年ぶりの逮捕で、どこの新聞もトップだよ。陰陽課も褒められたよ。表向きには陰陽課の手柄とはならないけどね」
「あの一家の無念が晴れて、旅立てたのが何よりですよ」
「欲がないねえ、怜君も直君も」
徳川さんと沢井さんは苦笑して、
「せっかくだ。お茶にしよう」
と、皆でお菓子を食べる事にした。
本当に、ただ、一家の冥福を祈るのみだ。
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