第523話 行かせない(1)原因不明の大渋滞

 ご飯は炊きたてで、そろそろ蒸らしも完了だ。タチウオのみりん干しもちょうど良く焼けた。しらすとみじん切りのほうれん草の入っただし巻き卵もきれいな色で、添えてある大根おろしには各人がポン酢をかけるだけだ。敬の分は、おろしは抜きだ。もう少ししたら、この美味しさがわかるだろうになあ。後は、あさりとネギの味噌汁を、タイミングをみてよそえば本日の朝食の完成だ。

 我が家の朝食はパンが基本だが、敬が旅番組を見ていて

「朝にごはん?パンじゃないの?」

と言ったので、和食の朝食もたまにはいいかと、こうなったのだ。

 僕はテーブルと時計をチェックして、不備が無い事を確認した。

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 と、身支度を終えた兄が来た。

「おはよう」

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

「おはよう。味噌汁入れるね」

「ああ。ありがとう」

 そこに、新聞を取りに行くという任務をこなした甥のけいと、付き添いの冴子姉が帰って来る。

「お父さんおはよ!新聞、ここね!」

 いつも通り、リビングのローテーブルに置き、急いで戻って来る。

「ありがとう、敬」

 敬は笑い、自分の椅子によじ登る。

 記憶では初めての和朝食に、敬なりにワクワクしているらしい。

「何か、今日は凄い渋滞みたいよ」

 そんな敬を椅子に座らせながら、冴子姉が言った。

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

「渋滞?」

 兄が訊き返すのに頷き、続ける。

「通りすがりの人が言ってたのよ。何か郊外らしいけど、やたらと渋滞してて大変な混乱だってニュースで流れてるみたい。おまけに電車も原因不明の不調で、とにかく出勤、登校ができなくてパニックだそうよ」

 味噌汁、お茶、ご飯を出して、スマホを僕は確認した。

「ああ、神奈川県だ。ええっと、車、バス、タクシーがなぜか道に迷って駅に着けない、駅から電車が発車できない、自転車や徒歩でも市の外に出られないんだって。

 兄ちゃん、これ、霊関連じゃないかな。京都の津山先生の家に仕掛けてあったような」

 言うと兄は少し考え、

「怜、急いで食べて会社へ行け。連絡があるぞ」

と、自分も急いで箸を取って食べだした。

「あ、そうだな。うん」

 僕も慌てて、食べ始める。

 ああ、面倒臭い事件だな、これは。


 兄と一緒に早めに家を出て並んで出勤すると、兄の予想通り、すぐに神奈川へ行くようにと言われた。どうも、出る事はできないが、近付くのはできるらしい。

「陰陽課に依頼が来てね、神奈川県警から。霊能師に見てもらったらそういう結界だとはわかったらしい。でも、自分では手が出せないって」

 徳川さんが言う。

 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視正。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。

「ああ、良い判断ですね。いじくりまわして複雑にしてしまう前で良かった。直がいれば尚良かったんだけど。

 課長、協会に依頼を入れて、何人か来てもらってもいいですか」

「やってくれ」

 僕は協会に連絡して京香さんと他の数人を寄こしてくれと頼み、各々、やってもらいたい仕事を頼んでおいた。

 そして、警察ヘリで現地へ行く。

「うわあ。広い呪術結界だな」

 方向が狂う『奇門遁甲』に似た作用を及ぼしている結界の中、車や人が、進んでは急に曲がり、戻り、おかしな方向へと進んでは止まる。混乱の極みにあった。

 県警のヘリポートに着陸し、

「ありがとうございます。

 あ。空からでも出られないのかな」

と言うと、パイロットは笑いながら首を傾げて見せた。

「さあ。犯人は誰かな」

 僕は、庁舎内へと急いだ。




 

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