第516話 陰陽課ブートキャンプ(4)ゲスト

 翌日の朝食はバイキングで、全員疲れは取れているようだったし、食欲も問題なさそうだ。 

 安心して、本日の研修も行える。

「昨日はあんまり攻撃的でないのばかりだったからなあ。今日は防御も必要なくらいのがいるといいな」

「内容まではチェックも連れて来るのもできなかったからねえ」

 僕と直がそう言っていると、誰かが味噌汁にむせていた。

 食事を終え、準備を済ませ、今日も廃ホテル群に臨む。

「さあて、逝こうか」

 ぞろぞろと入って行く。そして、客室、ロビー、廊下、浴場、プール、調理場と回って歩き、霊を片付け、クリーンになったところで隣の旅館へ移る。

 日本庭園風の庭、宴会場、客室。

 進んで行く内に、連携はよりスムーズになっていくし、オタオタとしなくなっていく。

 また、手に負えないと分かった場合は、可能なら封印し、それから離脱する。そしてそれは僕と直で片付けていくのだが、その見極めもまた、重要だ。

 今のところ、どちらも合格点を出していいと思う。

「うん。いいと思いますよ」

「ねえ」

 徳川さんも、ホッとしているようだった。

 そうして、ガーデンテラスとかいう広場に出た。

 ここでは結婚披露パーティーや野点などが行われていたらしい。その頃は手入れの行き届いた芝生だったのだろうが、今は草がぼうぼうだ。

 そこに、大きな霊がいた。たくさんの霊が集まったもので、実体化している。

「これは、覚えがある奴だな。直」

「そうだねえ。ここにボク達が来るって、どうやって知ったんだろうねえ」

 僕と直は、霊そのものよりも、これをここに寄こしたやつの方にウンザリしていた。

 1係と2係の他のメンバーは、敵わないとわかって大人しく下がっている。

「1係と2係は、課長と3係のメンバーをとにかく守る事」

「自分達も含めた防護結界の中に閉じこもっていて欲しいねえ」

「はい!」

「さあて。逝こうか」

「はいよ」

 僕と直は、無造作に足を踏み出した。

「見てばかりも、ストレスが溜まるなあ」

「それを見越してのコレかねえ?」

 一定の距離をきった時、その霊を縛っていた鎖が解け、霊はグンッと膨らんだかに見えた。

 刀を出し、斬る。

 斬った欠片が小物の霊に解け、うじゃうじゃと動き出す。

「面倒臭い」

 一閃で数体を斬り、直が札で固めた塊をまとめて斬る。そして、まだたくさんの霊が集まっている本体に向き直る。

 それは喚き、手足を振り回し、こちらを叩き潰そうと迫って来る。

 ひょいと避け、直の札で直上に跳ぶと、浄力を頭頂部から叩き付ける。

 すると巨人はバラバラとほどけ、ほどけた先からさらさらと砂のようになって消えて行く。

 すべてが消えた後、やはりそいつが現れた。

「獄炎」

「ダメだったか。斬っても数が増えて面倒になるような罠を仕掛けたのにのお」

 ヨルムンガンドの獄炎が、悔しそうに言う。

「という事は、シエルもいるのかねえ」

「はあい。久しぶり」

 明るく登場するシエルに、僕も直も、頭が痛くなる。

 シエル・ヨハンセン。少なくとも僕達にはそう名乗っていた。神を一つに束ね、人類を導いていくべきという考えの秘密結社、ヨルムンガンドの幹部だ。見た目は穏やかで人当たりのいいハンサムでしかない。

「シエル。何で……まあ、いいか。

 それより、どうしてここにいるとわかったんだ」

 シエルは明るく、

「久しぶりに会ったのに冷たいなあ」

と笑った。

「ねえ、怜、直。本当に、こっちに来る気は無い?」

「しつこいぞ。シエルこそ、こっちに来いよ。智史も待ってるし、話したい事もたくさんあるしな」

「そうだよう、シエル」

「ごめんね」

 シエルは申し訳なさそうに言って、

「主義主張は、お互いに譲れないんだね。残念だ」

と小さく笑った。

「逮捕するという手もあるぞ」

「今?無理だよ。わかってるでしょ?」

 シエルに何かあればと、獄炎も、見えない所でヨルムンガンドの手下達が、札や霊の封印された壺を構えているのはわかる。

 僕は肩を竦めた。

「今日は、就職祝いだよ」

「物騒なお祝いだな」

「ワインでも持って来れれば良かったんだけどね」

 シエルも肩を竦めた。

「実はここを利用しようと思ってたんだ。1歩遅かったね。まあ、また探すよ」

「なあ、シエル。本当に、それしか手はないのか?」

「ぼくは、そう思った」

 僕と直は、溜め息をついた。

「じゃあ、また」

 シエルはにっこりと笑って手を振り、獄炎と一緒に身を翻した。

 しばらくすると、辺りの気配が引いて行く。

 こうして、陰陽課の心霊ブートキャンプは終了した。


 徳川さんと沢井さんと直と僕で、打ち上げに行く。

「まあ、何とか行けそうだね。最悪は、協会から嘱託で来てもらうかとも思ったんだけど」

「ダメですよ。警察官の覚悟あっての霊能師で、反対ではダメです」

 僕は反対した。

「ボクもそう思うねえ。まあ、協力は扇ぐけど、やっぱり何かの時がねえ」

 直も、同じ意見だ。

「まあね。ぼくも、いずれは自前の霊能者で揃えたいと思うんだよ」

 徳川さんは言って、

「まあ、なにはともあれ、これからもよろしく」

とグラスを掲げ、沢井さんが、

「お疲れ様でした」

と言って、乾杯をする。

 ああ。ビールが美味しい。

「そうそう。直君も、結婚もうすぐだよね。おめでとう」

「へへへ。ありがとうございますぅ」

 直は照れながらも嬉しそうに笑った。

「新居は決めたの?」

 沢井さんに訊かれ、

「実は元2体も憑いていた事故物件でぇ」

と話し始める。

 シエルの事も気になるが、どうしようもない。とにかく、すべきことをするのが肝心だ。

「で、怜君はどうなの。年末というか年始、驚いてそばを吹き出しかけたよ」

「さあ、吐け」

「えええ……」

 笑い合いながら、これからの成功を願った。





 

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