第504話 秘密(2)呻くキーケース

 取調室に連れて来られたのは、貝原かいばら たける、21歳、無職。ずーっと大学浪人中らしいが、受験すらしていないのでは、ただの無職だ。

「被害者を最初から狙っていたのか」

「……」

「どうしてあの人を狙った」

「……」

 枝毛を探したり、椅子にふんぞり返って退屈そうにしたり、ふざけた態度だ。

「奪ったカバンや中味はどうした」

 これには、答えなかったが、少しムッとした顔をした。面白くない目にあったか。

「……やられたか」

「チッ」

 黒井さんの問いに、舌打ちをする。

 やられた。盗られた、取り上げられた、落とした、後は何があるだろう?

「ついてなかったなあ。せっかくひったくったのに、罪だけお前で儲け無しか。骨折り損のくたびれ儲けだな。あはははは!」

 大笑いする黒井さんに、怒ったように噛みつく。

「笑いごっちゃねえよ!くそう。上司だからってでかい面しやがって」

「ほう。上司」

 しまった、という顔をしてももう遅い。黒井さんが、身を乗り出している。

「誰だ、それ。言えよ。言わねえと、片っ端から接触のあった人物に総当たりすんぞ、こら」

「え!?いや、お、俺が強盗したのは間違いないからいいだろう、別に!」

 何を慌てているのか。

「そういうわけにもいかねえよ。取り調べしてるのに、お前、全然協力的じゃねえし」

「言う!ええっと、何だっけ。ああ、銀行からバッグを抱えて出て来るのを見て、『金を下ろして来たんだな』と思ったから、隙を突こうとしてついて行ってた」

「ちゃんと言えるじゃねえか」

 貝原は手も無く簡単に黒井さんの前に落ちた。

「バッグと中味は?」

「つ、使った」

「何にどれだけ使ったか言ってみろ」

「メシ!」

「ひったくって20分でか。何をどんだけ食えば使い切れるんだよ、あの辺りで100万も。いい加減な事を抜かしてるんじゃねえよ。温厚なおじさんも怒っちゃうぜ?」

 温厚とは思えない笑みを見せつけ、黒井さんは取り調べを続けた。


 Nシステムから逃走ルートを見付け、防犯カメラを見て、カバンは、チンピラ風の若い男に横取りされたことがわかった。

 なのでその男に会いに行くと、知能犯係の刑事達が張り込んでいるのに遭遇した。訊くと、その防犯カメラの男は須野田満すのだみつるといい、特殊サギの容疑者としてマークしている最中だという。それで、邪魔をするわけにも行かないと、取り敢えず、行った五日市さんと益田さんは戻って来た。

「どうしますか」

「いつ踏み込む予定か訊いて来よう」

 言って立ち上がった時、直の声がした。

「ああ、いたいた、怜」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。

 何か、霊の憑りついたものを持っている。

「直……それ、何だ?」

「いやあ、質屋の店主に泣きつかれてねえ。持ち込まれた本革のキーケースが、夜になると呻き声を上げるって。

 それで行ったら、憑いているのが真中洋二さんでねえ。確か、真中さんに絡んだ事件、やってたなあと思って」

「直、サンキュ!助かったよ。いやあ、憑いてたなあ」

「いやあ、良かったよぉ。役に立って」

 喜ぶ僕と直に、周りの皆は、

「霊が憑いていて喜ぶって、うちの係長達、おかしい」

とボソボソと言い合っていた。

 だが、無視して、霊に訊く。

「真中洋二さんですか」

「そうだ。あんたも警察か。わしを殺した犯人を捕まえたのか」

 霊が言う。

 目を閉じ、白い杖をついている。

「申し訳ありません。ここは、隣の署です。

 どうしてこのキーケースに?」

「この通り、わしは2年前に緑内障から失明した。犯人が誰だったかなんてわからん。それで、犯人がいきなりわしを刺して、金を奪って逃げようとしたから、亡き妻のくれたキーケースを犯人のカバンに何とか押し込んで、それに憑いたんだ」

「つまり、これを持っていたのが犯人か」

「そういう事じゃな。

 それでわしは誰に殺されたんじゃい?」

 直が、コピーを差し出す。

「これを買い取りに出した人だって」

 そこには、須野田満の免許証がコピーされていた。

「これは……知能犯係にも話をしないとだめだな」

 思いがけなく絡み合った事情に、

「面倒臭い」

と、言わずにはいられなかった。




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