第491話 耳(5)崩壊

 病院に着くと、病室を訊きに行こうとする桂さんを止めて、先導する。結界に攻撃する霊の気配に向かって行けば、たぶんそこが、目指す病室だろう。

 案の定、部屋に入ると、世良さん夫婦と新生児が身を寄せ合っており、直がドア近くにいた。

「直、サンキュ」

「怜。いや、間に合って良かったよう。

 すぐに建物をカバーするように結界を張って、ここに着いてから、この部屋に限って張り直したんだよ。それで良かったのかねえ」

「バッチリだ」

 僕と直は簡単にそう言って、窓の外を視た。安斎さんの母親が恨みのこもった目で、窓の外に浮いている。見えない壁に阻まれて、入って来られない事に苛立っていた。

 それに少し安心したらしい世良さんは、椅子にどっかりと座って、大きく息をついた。

 麗美さんは新生児が良く眠っているのを確認すると、ベッドから離れて世良さんの隣に座った。

「どういう事です。あれはいったい何ですか!?」

 僕は世良さんの前に立って、バッジを提示した。

「御崎と申します。

 世良さんの前の奥さん、安斎夕子さんのお母さんです」

 世良さんは挙動が落ち着かなくなり、麗美さんは世良さんの顔と僕の顔とをせわしなく見比べていた。

「最近の、耳もぎ女事件――あ……耳を、切り取られる事件、犯人は彼女でした」

 世良さん夫婦は、口を開けて何かを言いかけ、結局言葉が見つからないようで、僕に視線を戻した。

「それはともかく、何でここへ?」

 世良さんが言う。

「ええっと、麗美さんには、席を外して頂きましょうか」

「いいえ。私も同席します。どんな話でもかまいません」

 何か言いかける世良さんを遮るように麗美さんが言う。

 どうしたものかな……。この後、もめてもなあ。

 そう考えていると、廊下から年配の女性の声がした。

「何なの、これは。お札?見られたらどうするの。世良家の恥ですよ」

「ああっ、だめですよ、はがしちゃあ!ああっ、係長ぉ!!」

 廊下で見張りをしていた盗犯係員の焦ったような声と共に、結界が解ける感覚があった。

「怜」

「ん、来るぞ」

 僕と直が緊張して身構えると、皆も同じように緊張する。その中で、ドアが開いて世良さんの母親が入って来、窓の外では安斎さんの母親がニタリと嗤う。

「何なの、一体――きゃあ!!」

「何で幽霊が入って来るんだよ!?」

「札を剥がして結界を壊したからねえ」

 世良さん親子が叫び声を上げるのに、直が答える。

「何で剥がしたんですか!?」

 麗美さんが、金切り声を上げた。

 安斎さんの母親が部屋に入り、世良さん親子を見た。

「安斎さん。それ以上はだめです。耳を集めても無駄なんですよ」


     そんなわけがない

     政治家一族の、世良の血筋に相応しい耳なら

     あの子達は追い出されずに済んだ

     だから、夕希にぴったりなきれいな耳を見付ければ

     夕子と夕希は戻れる そうでしょう

     夕希にぴったりの耳をやっと見つけた


 麗美さんは、世良さん親子を見た。

「夕子さんは、元の男が忘れられないって家を出たんでしょ?」

 それに、安斎さんは怒りの形相を浮かべて、世良さん親子を睨む。


     夕希が生まれた日に 夕子は泣いていた

     耳の形が良かったら 追い出されずに済んだのって

     母親の私のせいで この子はこれから苦労するのって

     世良親子を 私は許すわけにはいかない

     夕子の親として

     夕希の祖母として


 世良さん親子は震えあがって抱き合い、

「ち、違う。お母さんがそうしろって。世良の嫁に相応しい女を嫁にしろ。何とでも言って追い出せって」

「世良の家は、代々立派な、きゃああ!」

とまくしたてる。

 それを安斎さんの母親は冷たい目で見つめ、麗美さんもまた、冷たい目で見て、

「最低」

と呟いた。


     最低な親子だよ

     夕子はおかしくなって……

     何でおかしくなったんだったっけ

     そう 夕希が死んで 受け入れる事が

     夕希?夕希は もう……


 安斎さんの母親は、新生児を見た。

「安斎さん」

 そんな声は届かないのか、安斎さんの母親は悲痛な叫び声を上げた。


     あああああ!!


 血を吐くようなとは、こういうものを指すのだろう。

 安斎さんの母親は、キッと新生児を見た。そして、思わぬ速さで手を伸ばした。




 

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