第480話 おにぎりじぞう(2)お供え物

 てるてる坊主が効いたのか、当日の天気は上々、見事な秋晴れだった。

 兄、冴子姉、敬と4人で向かったのは近くの小高い山で、小学校の遠足ではお馴染みの所だ。

「ふんふんふーん、だーっ」

 わからないが、敬は何かアニメの歌を歌ってるらしい。チャイルドシートで、ご機嫌だった。

「おお、きれいに紅葉してるな」

 車を駐車場に止めて山を見上げ、僕は言った。

「美味しそう」

 冴子姉は、土産物屋の饅頭に目が行っている。

 兄は苦笑して、

「お土産は帰りにな。さあ、行こう」

と促し、敬が小さなリュックサックを背負って、

「行こう!」

と両手を上げて張り切った。

 ずっと歩くのは流石に敬には無理なので、ロープウェイを使う。

「高いねえ。うわあ。赤い葉っぱがいっぱあい」

「敬、ほら、乗って来た車が」

「うわあ、小さあい!ミニカーみたい!」

 敬はきゃっきゃと喜んで窓に貼り付き、周りの乗客も、小さな子の素直な反応を微笑まし気に見ながら、窓の外の景観を楽しんでいる。

 頂上駅に着くと、敬は張り切ってロープウェイを飛び降り、

「お父さん、お母さん、怜、早く、早くぅ!おべんと食べて、葉っぱとどんぐり探そうよ!」

と急かす。

 皆がそれを温かく笑い、

「気を付けてね」

「バイバーイ」

などと敬に声をかけて行き、敬も愛想よく、

「バイバーイ」

と手を振り返す。

「愛想がいい子だわ」

 冴子姉が笑い、僕達は、広場になっている所でレジャーシートを広げた。同じように、他のお弁当持ちも、この広場でお弁当を広げている。

 見晴らしも良く、広場の真ん中には「山頂」という看板と小さなお地蔵様が祀ってある。

 そして皆には見えないだろうが、このお地蔵様の前に、遭難して死んだ人らしき霊が倒れていた。ここは小学生が遠足で来るような山だが、意外と、軽装で来たり迷ったりして、遭難事故があるのだ。

「おべんと、何かなあ」

「さあ、何かな」

 言いながら、お弁当箱の蓋を取る。

 おにぎりは、じゃこと大根葉の炒めた物を混ぜたもの、ツナ、カリカリ梅と青じその3種。エビのエスニックパン粉焼き、チーズインハンバーグ、プチトマト、ブロッコリー、サケの塩焼き、さつま芋の梅干し煮、ひじき入り卵焼き、ウインナー、ちくわとこんにゃくの炒り煮を爪楊枝に刺したもの。

「ぼくねえ、おにぎりとエビと卵とハンバーグとさつま芋とウインナーとブロッコリーが好き!」

「全部ねえ」

「全部ぅ!」

 冴子姉と敬が笑い合い、それを見て兄も笑う。

 僕はふと、お地蔵様の所の霊を見た。お腹が空いた、もう動けないと言いながら、悲しそうにお弁当を広げる登山客を見ていた。

 と、敬が、むんずとおにぎりをひとつ掴んで、お地蔵様の所へとてとてと近寄る。

「え、敬?」

 慌てて敬を追う。

 敬はおにぎりをお地蔵様――見えないが、霊の前――に置いて、

「おじぞ様も、ごはん」

「お地蔵様、な」

「おじぞうさま?」

「うん。お供えか」

「神様もね、美味しいの、美味しいって喜んでるでしょ。だから、お腹空いたかなあと思って」

 うちには、天照大御神を始めとして、いろんな神様がやって来ては、宴会をする。それを敬は見慣れているからか、どうも、神様というのは来方と帰り方がいきなりで不思議な人、くらいに思っているのかも知れない。

 そのうち、誤解を正しておかなければ……。

 僕はそう決めながら、敬と一緒に、お地蔵様――の前の霊――に手を合わせた。

 霊は本当に嬉しそうにおにぎりを見つめ、敬に手を合わせて頭を下げた。

「さあ、食べようか」

「うん!」

 僕は敬を促して兄達の所に戻り、兄の「いただきます」で、食事を始めた。

「さつま芋が、甘いけどさっぱりしてるな」

「梅干しを入れて炊いて、軽く潰したから。さっぱりするんだ」

「ハンバーグからチーズが出て来た!」

「落とすなよ、敬」

「エビが殻まで美味しいわあ」

「よく洗うのが大事で、尻尾の先は、重なってる所まできっちり洗う事かな」

 わいわいとお弁当を楽しんだ。


 食後、少し休憩した後は、きれいな葉っぱやどんぐりを探しながら、歩く。

 敬はどんぐりをいくらか拾っては、背中のリュックに大事そうに入れる。そして、兄や冴子姉、僕と手をつないで歩いては、きれいな葉っぱやどんぐりを見付けたら突進して行く。

 そして、交代で写真を撮る。

 と、楽しいひと時に水を差すような嫌な気配がすると同時に、

「キャアーッ」

という女性の悲鳴が聞こえた。

「何だ!?」

「向こうだ!」

 僕と兄は、とにかく悲鳴の元に急いだ。

 



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