第423話 カンバスの向こう側(2)問題のクラス

 自然豊かな環境――すなわち、駅から遠いし、周囲に何も無い。

 和泉学園に着くと授業中で、合唱の声や、体育の授業での掛け声などが聞こえて来る。

「校長の和泉です」

「1年1組担任の吉行です」

 2人共、どこかそわそわとしていた。まあ、生徒が行方不明という事で、当然といえば当然だが。

「行方不明とお伺いしましたが」

「はい。茶谷君は3日前、秋山君は昨日、急に消えてしまったようで」

 校長が言い、担任に目を向けた。

「茶谷はトイレに入って、出て来ないので覗いたら、消えていたと。窓も、人が出入りできるような大きさはありません。

 秋山は、移動教室を出てすぐに忘れ物を取りに引き返して、他の生徒の目の前で教室に入り、2秒もしたかどうかで生徒が教室を覗いたらいなかったという話です」

 これなら確かに、警察ではなく霊能師協会に言うな。

「その教室とトイレを視たいのですが」

「はい。じゃあ、吉行先生。あとはお願いします」

 僕と直は、吉行先生に連れられて、校舎を歩き出した。

 職員室のある校舎とは別の校舎に渡り廊下で行き、階段で4階へ上がる。続けているトレーニングのおかげか、楽だ。

「ここです」

 階段のすぐ横にあるトイレで、特別、変わった事は無い。最近の私学は全部ウォシュレットなんだなあ、という程度だ。何の気配も痕跡も無い。

 直と顔を合わせると、直も同感らしい。

「教室は、この隣です」

 出てすぐ隣の教室へ入る。

 史学教室とあり、ハニワや土器などが棚に並んでいた。

 ここには、わずかに気配が残っていた。これは、何だろう。

「これは出土品ですか」

「はい。ここの敷地から建設時に出た物らしいです」

 鍵のかかるケースに入った物を指して訊くと、吉行先生はそう答えた。

 じっくりと視てみたが、これに何かいわくがあるとも思えない。

「これはレプリカですか」

 棚に並んだハニワや土器や鏡を指して訊く。

「はい。生徒が手にしてもいいようにと、用意したらしいです」

 棚に並んだそれらを視る。こちらも、怪しいものはない。

 気配を辿って、棚の前にしゃがみ込んでみると、あった。

「何かの破片だねえ」

 スチール棚の扉のレール部分に、残っていた。割れた何かの破片らしい。

「それが何か……!?」

「まだそれは何とも。

 次は、生徒に話を訊いてみたいのですが」

 吉行先生は、一瞬目を泳がせてから、言った。

「校長にも、その許可は頂いていますので、どうぞ。次の時間が、ホームルームですから」

 僕と直は、計ったように鳴った授業終了のチャイムの中、そっと目を合わせた。これは何かあるぞ、と。


 渡り廊下で元の一般教室棟である校舎へ戻ると、4階の端にある教室を覗く。授業が終わり、皆、喋ったりトイレに行くのか教室を出たりしている。

 こうして見る限りは、普通の子供達という感じだ。

「消えた生徒の心配とかも、あんまりしてなさそうだな」

「入りましょうか。どうぞ」

 吉行先生に促され、教室に入ると、一斉に好奇の目が向く。

「教育実習?」

「ウチのクラスだけ?」

「でも、テレビで見たよ」

「あ、霊能師」

「じゃあ、茶谷と秋川の事を調べに来たの?」

「やっぱり呪いだよ」

 やかましい声の中、チャイムが鳴り、皆が着席すると、吉行先生が教壇に立つ。

「調査のためにいらした霊能師の方です。全員、行儀よくするように」

 そして、端に避ける。

「霊能師の御崎です」

「霊能師の町田です」

「調査に協力をお願いします」

 言いながら見渡す。好奇心に溢れる、顔、顔、顔。それに、覚めたような顔。その中で、落ち着かなげに視線を動かしている生徒が2名いた。席順表をちらりと確認すると、坂本君と古田君とあった。

 空席は、3つ。茶谷君、秋山君、そして佐竹となっていた。

「何か、おかしなことを聞いたとか、見たとかいう人はいますか」

 反応なし。

「問題を抱えていたとかいう事はありませんか」

 数人が、視線を忙しく動かした。

「史学教室で、今回の事以前に、何かありましたか」

 大抵の生徒が首を傾けたり怪訝な顔をして他の生徒と小声で確認する中、顔色を変えた生徒が2名。坂本君と古田君だった。

「おや。今日は茶谷君と秋山君以外にも欠席者がいますね。佐竹君ですか」

 ピタリと私語が止んだ。顔を伏せる子がほとんどだ。ほお。

「佐竹君は、どうしたのかな」

「出席簿からすると……1週間欠席だねえ」

 これで、挑戦的にこちらを見ていた生徒も、脱落して行った。もう少し突っ込むかと考えたところで、吉行先生がストップをかけて来た。

「佐竹は関係ありませんから。あの、そろそろいいでしょうか。秋の行事の事で、話し合いがありますので」

 教室内に、ホッとした空気が流れる。

「わかりました。では、日を改めて、また」

 僕と直は、教室を後にした。

 廊下で、確認する。

「鍵は、佐竹君と史学室の破片だな」

「だねえ」

「担任も納得か。嫌な空気だな」

 僕と直は、次の調査のために、動き出した。





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