第390話 オニはうち(3)乗っ取り

 どこにいるのかとさんざん探し回ったが藤城さんは見つからず、翌日、撮影には現れるかと現場へ行った。

 今のところは姿は見えないが、撮影にはちゃんと来るらしいので、待つ以外に今は手は無い。

「大丈夫かな。まあ、神が憑いて抑えてくれてるらしいが……」

「それでも、動物を襲ってるからねえ。鬼が勝つのは時間の問題だろうねえ」

 直と、溜め息をつく。

 それだけ一生懸命に役作りに取り組んだという事だろうが、人騒がせな話だ。

「あ、松坂和幸だねえ」

 狩衣姿の男が現れた。

「貴族の貴公子役だったか。うん。貴公子的な感じだもんな」

「ファンとかは、カズ王子とか呼んでるらしいからねえ」

「カズ王子?へ、へえ」

 呼ばれている方は恥ずかしくないのだろうか。まあ、それが平気だから芸能人ができるのかも知れないな。そんな事を考えていると、今度は美里が出て来た。

「お姫様だな」

「お姫様だねえ」

 十二単を着て扇を持っている。

「あ、霜月さん――」

「怜、直。どう?」

 話しかけようとした松阪さんに気付かず、一直線にこちらに来る。

「似合う、似合う。どこから見ても、姫だな」

入内じゅだいを前にして鬼に攫われて、貴族のボンボンに助けられるんだったっけ、その姫って」

「そうよ」

「美里なら、まず大人しく入内はしないだろ。それから、鬼に攫われたら、少なくとも反撃の機会は窺うだろ」

「そうそう。大人しく救助を待つってのはないねえ」

「当然よ」

「わははは」

 3人で笑っていると、松坂さんの視線を感じた。睨んでいる。

「じゃあ、後は任せろ」

「撮影、頑張ってねえ」

 美里が手を振ってスタッフの方へ行くと、途端に松坂さんが笑顔で寄って行く。分かり易い男だ。

「おはようございます」

 かけられた声に振り返ると、美里のマネージャーの五月さんだった。

「おはようございます」

「またご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ない」

「いえ、気にしないで下さい。友人の窮地ですし。な」

「そうだねえ。せっかくの映画だもんねえ」

「それより、藤城さんと連絡はつきませんか」

「だめですね。まあ、撮影をすっぽかす事はないので、今日も撮影予定があるから、来るはずですよ」

 暗い顔で五月さんは言いながら、辺りを見廻した。

「今日は、鬼が公達とやり合うシーンですから」

「ケライマックスですねえ」

「ええ。藤城君も松坂さんも、気合が入っていると思いますよ。それに藤城さんは銃剣道をやってきましたから、見栄えもすると思いますしね」

「ああ、元自衛官でしたね」

 そんな事を言っていると、空気がざわりと変質したような感覚があり、何か異質な気配が近付いて来た。

「噂をすれば」

「おはようございます」

 現場に、藤城さんが現れた。

 そこに、近付いて、話しかける。

「藤城さんですね。霊能師の御崎と申します」

「霊能師の町田ですう」

「少々お話があるのですが、よろしいでしょうか」

 藤城は、困惑と不安と安堵の入り混じったような顔で、頷いた。


 水を打ったように静まり返る中、「OK」が出るとホッとしたような空気が流れ、すぐに次にシーンにとりかかる。

 ドラマなどでは見た事もあったが、空気のピリピリとするような緊張感は、見学してみて初めてわかった。

 藤城さんは今のところ大人しく、鬼は内にこもってジッとしている。監督、藤城さん、五月さんとも相談して、今日の撮影シーンが済むまでは、暴れなければこのままでいきたい、と言われた。急に鬼を剥がして、クライマックスなのに一番迫力が無くなったら困るから、という事だ。

 まあ、何かあれば問答無用で祓うし、今日さえ終われば戦うシーンはもう撮り終えているので大丈夫という事なので、今日一日は待つ事にしたのだ。

「わがまま言って、申し訳ないね」

 五月さんが、事務所を代表するように謝る。

「いえ。このまま撮影終了まで何事も無ければいいんですが」

「暴れたりしなければ、まあ、藤城さんの気持ちもわかりますからねえ」

 目の前では、鬼のメイクをした藤城さんと美里、松坂さんが、スタンバイしている。助けに来た公達と鬼が戦い、鬼が斬られて死ぬシーンだ。

「これで最後。上手く行きますように」

 五月さんが呟き、カメラが回り始めた。




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