第231話 幸せのありか(1)母を待つ子

 サークル棟の一角にある、心霊研究会。ここが最近、手に入れた安全な休憩所だ。6畳間が縦に2つくらいの広さで、奥には冷蔵庫、電子レンジ、カセットコンロがある他、なんと水道まである。

 そして、そのミニキッチン部分とこちらを区切るようにスチール棚が背中合わせに置かれ、あちら側にはカップや皿、ポットやちょっとしたお菓子や調味料などが並べられ、こちら側には、本やDVD、テレビ、CDデッキが置かれている。

 その手前には長テーブルとコンテナボックスを兼ねた椅子が並び、その椅子に今、会員4人が座っていた。

「なかなか居心地のいい部屋になったね」

 会長が言った。

 南雲 真。1つ年上の先輩で、父親は推理作家の南雲 豊氏、母親は不動産会社社長だ。おっとりとした感じのする人で、怪談は好きなのでオカルト研究会へ入ってみたらしいのだが、合わなかったから辞めたそうだ。

「お昼ものんびりできて、いいです」

 御崎みさき れん、大学1年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「最高だねえ。時間潰しもできるし」

 町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「あとこれで、女子会員がいたらもっとええ」

 郷田智史。いつも髪をキレイにセットし、モテたい、彼女が欲しいと言っている。実家は滋賀でホテルを経営しており、兄は経営面、智史は法律面からそれをサポートしつつ弁護士をしようと、法学部へ進学したらしい。

「女子がいたら、気を使うよねえ」

「ええーっ。うるおいが欲しない?」

「女子は面倒臭い」

「ははは。しばらく、のんびり気楽に行こうよ」

 各々コーヒーや紅茶を飲みながら雑談していると、ドアがノックされた。

「はあい、どうぞ」

 入会希望者はボチボチ来るが、合いそうな人は今の所来ていない。今度も入会希望者かと思いながら、入って来る人を見た。

 2年生か3年生だろうか。ジーンズにTシャツというありきたりの格好で、恐る恐る入って来て、口を開く。

「相談を受け付けてくれるって表に書いてあるんだけど」

 相談者らしい。

「はい、その通りですよう」

「実費プラス5000円ってあるけど、実費って?」

「どこかへ行く時の交通費とか、札を使った時の札の料金です。5000円は、仕事を請け負った時は協会に支払う料金が発生するので、その分だけ頂いています」

「大丈夫や。良心価格、明朗会計。どうせこいつらは本職のそっちでは稼いでるねんから、学生相手には実質ボランティアやねん。それでも厳しいんやったら、分割OKやし」

「まあ、どうぞ。話だけならタダだしね。

 お茶でもどうです?緑茶、コーヒー、紅茶、水。何にします?」

 にこにこと直、智史、南雲先輩が言って、椅子を勧める。

「じゃあ、紅茶をストレートでお願いします」

 言って椅子に座り、智史がティーパックの紅茶を淹れて来るのを待ちながら、ゆっくりと深呼吸した。

「俺は経済学部3年の宮脇と言います。実は、住んでいるアパートで、子供の泣き声がするんです。アパートに子供はいないし、先月まではいたけど、死んでしまったのに」

 ああ。冷やかしでなく、本物だ。


 古くて小さいアパートだった。壁も薄く、外階段を上り下りする音が良く聞こえる。その代わり家賃は格安らしく、現入居者は全員学生だった。

 夜になってから行ってみるとほとんどの部屋が暗く、バイト中で留守か、空き室だという事だった。

 宮脇さんの部屋は1階の端で、隣はバイトで遅くなるらしく、上は空き部屋だという。

「子供の泣き声がするのは、この、上からなんです。母子家庭で、幼稚園前の子供がいたんですが、母親に男ができて段々帰って来なくなって、とうとう先月、その子が亡くなっているのを大家さんが見つけたんです。餓死らしいです。母親は別の所で同じ頃に、薬物の過剰摂取で死んでました。

 男の方は、女を引っかけてはソープに売り飛ばすようなやつだったらしくて、とうにどこかに行って、いません」

 宮脇さんはそう説明して、そわそわと時計を見た。

「大体いつも、この時間ですね」

 午後7時。弱々しい霊の気配がしたと思ったら、声が聞こえた。


     お母さん 早く帰って来て

     お母さん お腹空いたよう


 宮脇さんが、顔をしかめる。

「ちょっと、行って来ます」

 僕と直は連れ立って、上の部屋に行った。

 ガランとした空き室の真ん中で、痩せた子供がうつぶせになって弱々しく泣いていた。どこかの部屋のテレビの音が聞こえる。カレーのCMで、

「お母さん、おかわり!」

「たくさん食べなさい!」

という明るい声がする。そしてそれが終わったら、子供は、すうっと消えて行った。

 どんな思いで、このCMを聞いていたのか。僕達は同時に溜め息をついた。

 宮脇さんの部屋に戻ると、子供がいた事だけを伝える。ヘタに同情して何かしたら大変だからだ。

「明日母親の方を調べて、2、3日中に浄化します。何かしてくるわけではありませんから、このまま何もせず、放って置いて下さい」

 言って、南雲先輩、智史と一緒に部屋を出る。

「どうだったの」

「仲のいい親子の出て来るカレーのCMがあの時間に聞こえてきて、母親不在と空腹に泣いていたんでしょうね」

「はああ。たまらんなあ」

「本当だよねえ」

 4人で陰鬱な溜め息をついて、駅で別れた。




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