第215話 ヨルムンガンド(3)つのるストレス
ただ座って、待つ。状況も何もわからないので、イライラとする人も出始めたし、ぐずる子供も出始めた。
「早く行きたい。展望台は?」
「もうちょっと待ってなさい」
「もうちょっとってどの位?さっきも言ったよ、ママ?」
「道を塞いでる土がどけられるまで」
「それいつ?今日のタスケンジャーまでに帰れる?」
親は困ったように相手をしているが、イライラとした人が怒鳴りつける。
「うるさいな!無理だって見てわからないのか!黙ってろよ!」
それで子供は驚いて泣き出し、それに対して余計にイライラを募らせる。
タバコをイライラと吸う人に、別の人が眉をしかめた。
「それ、やめてもらえません?」
「ああ?禁煙かよここ。どこに書いてあるんだよ」
「常識でしょう。人がこんなにいるし」
「知るかよ」
そこここで、いざこざが起こり始めていた。
あと何時間、と言われたら何とかなるものだが、いつまでかわからないという方が、はるかにストレスになるものだ。
「水、もう無しか。
おい、子供だったらそんなにいらないよな。つうか、親が自分の飲ませろよ」
水のペットボトルを取り上げようとする輩もいる。
「え、何飲んでるんですか?ビール?」
「どうせ動けないんだろ」
アルコールを飲み始める人までいる。
滅茶苦茶だな。
「アルコールは、万が一の時に判断力が低下しますし、脱水状態になります。やめておいた方が――」
「うるせえ!」
怒鳴られた。取り上げる権限はないし、どうしようもないか。
と、ざわざわと気配が動く。
「……非常口の向こうだな。直、間に入ってくれ」
「わかった」
「智史、シエル、こっちに皆を近付けないように頼む」
「おう」
「わかったよ」
小声でやりとりをして、動く。
非常口の見える所で止まって、見た。塞がれたドアの向こうを見る事はできないが、数体の霊がいるらしい。5体、いや、4か。ん、3?減って来た。が、気配は濃く、大きくなる。
「喰い合ってるのか」
人為的なものだろうか。
と、とうとう1つになり、3メートルの化け物がドアをたわめてこちらへ入って来る。
実体化しており、気付いた人が悲鳴を上げ、全員の気付くところとなった。
「オオオオオォォォ!!」
叫んで手足を振り回し、トンネルの内壁に当たってコンクリートを剥がし落とす。
悲鳴がこだました。
伸びて来た腕を斬り飛ばし、直の札が作る足場を駆け上って首を一刀で切り離すと、頭がゴロリと落ちて、1拍おいて体全体がさらさらと消えて行く。
「残りは……いないな」
「何だろうねえ」
「人為的なもんだろうけど……何だろうな」
刀を消して振り返る。
と、目をキラキラさせる子供の他に、怯えて息を呑む人間が少なからずいた。
ああ、怯えさせたか。
「こっちを警戒してるから」
泣かれるよりましだ。
距離を置く事にした。
しばらくすると、軽く酔ったような声と「やめて」という女性の声、「いい加減にしろよ」という複数の声がした。
「ケンカかねえ」
たわんだドアから出られないかと調べていた僕と直は、そっちに目を向けた。缶ビールを次々と開けた男は、タバコの煙を子供や若い女性に吹きかけていた。
「おい、ええ加減にやめとけや。今は助け合わなアカン時やろ」
「その内、自衛隊か警察が外から土砂をのけて助けに来るだろうが。大丈夫、大丈夫」
智史は溜め息をついて、こっちに向けて肩を竦めて見せた。
と、いきなり立ち上がったその男がズボンのチャックに手をかけ、皆がギョッとする。
「トイレ」
「ここで!?」
「姉ちゃんも一緒にどう?」
「ふざけないで!」
「でもの腫れもの、所嫌わずってね」
「ああ、ああ、こっちでしましょう。ね。皆にジックリ見られたいんですか?恥ずかしいですね。それともそういう性癖ですか?」
シエルがニコニコとしながら、男を反対側の壁際の物陰に連れて行く。
しばらくしてシエルが苦笑しながら戻って来たが、その途端、男が、
「ギャアア!」
と大声を上げて、こっちに向かって来る。
大きくはないが、霊の気配がする。
すぐに走って男の所へ行くと、男に霊が3体絡みついていた。足、腰、背中。
浄力を当てて祓うと、腰を抜かしていた男は元気になって、こっちにキレた。
「何だよう!何とかしろよ!霊能師だろう!」
「……おっさん、ほんまにええ加減にせいや」
また、ドアの方で気配がする。大きくはない。
行こうとするのを、シエルが止めた。
「もう、いいんじゃないの。誰に助けてもらってるかも理解しない、自分勝手なこんな奴ら。怜と直が守ってやる事ないよ。特にこいつとか、そんな価値ある?」
ドアから漂うように入って来た霊5体は、実体化はしていないが辺りの気温を下げ、勘のいい人は、何かいると感じられるほどだ。
皆の表情が固まった。
「何かいる……?」
「またさっきみたいなの?」
「ねえ、何?助けてよ!」
「さっきとは態度が違うんだね」
シエルが、同じ笑顔のまま、冷たく嗤う。
「シエル、僕は放ってはおけない」
直と前へ出、浄力を浴びせ、祓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます