第212話 わたしをみて(4)解体

 霊は誰にでもわかるほどに濃く実体化し、ゆらゆらと体を揺らしながら、清水さんを見つめていた。

 右手に刀を出し、話しかける。

「話をしましょう」


     ユルサナイィ


 もう、説得は無理か。

「いけませんよ。それ以上したら、祓います」


     コレダケツクシタノニィ


「まさか、正田君か?」


     ワタシダケヲミテ


「ヒッ、助けてくれ!」

 清水さんは震えて、座り込んでいた。


     ワタシガイチバンアイシテル

     ワタシヲイチバンアイシテル

     ジャマ


 黒い人型は両手を振り回し、女子学生が固まっている辺りへその手を振り下ろそうとした。

 それを、斬り飛ばす。

「正田さん!」


     アアアアアァ!!


 全員をまとめて叩き潰そうというかのように、ブワアッと悪意を膨らませた。

 もう、だめらしい。一気に斬った。

「ああ……助かった……。化け物に殺されるところだった……」

 清水さんは笑い出した。そして、震える手でポケットからタバコを出して火を点ける。

「その化け物を生み出したのは、あなたじゃないんですか」

「バカな事を。あんなのを鵜呑みにするなよ」

「そうですかねえ」

 直が肩を竦めて見せた時、ドアが開いて、制服警官や陰陽課員が入って来た。

「お久しぶりです」

 沢井さんと、知らない刑事だった。

「そっちの人は、眠ってます。ナイフを振り回した人」

 智史とシエルが、黙礼する。

「こっちが襲われた清水さんです」

 清水さんは、立ち上がった。

「参りましたよ。被害者ですからね、ぼくは」

 沢井さんはチラリとタバコを見、続けた。

「確かにそれに関してはそうでしょうけど、詳しく事情は聴かせてもらいますよ。その、大麻についてもね」

 全員、ギョッとする。僕も直も、タバコを凝視した。

「大麻って、見たの初めてだ」

「ボクもだよう」

「さ、行こうか」

「ちょっと待てよ!ぼくの叔父は、国会――」

「清水さん。そろそろ、他人の看板を振り回すのはやめましょうよ。自分のした事は自分で責任を取るのが当然ですよ」

「偉そうに、何だよ!この間まで高校生のガキが!何をしたってんだよ!」

 沢井さんはうんざりしたように、

「聞きたいの?一般の人より遥かに色々してくれてるけど。まあ、知りたいなら後で伯父さんにでも訊いたらいいよ」

 軽くいなして連れ出すその様子に、

「沢井さん、大分先輩の貫禄がでたな」

「成長だねえ」

と、僕達は感慨深いものを感じた。

 クマのぬいぐるみ事件が懐かしい。

「全員、事情を伺います。指示に従って下さい」

 所轄の生活安全課の刑事が声を張り上げ、皆、ザワザワと動き始めた。


 解放されて家に帰ったのは、かなり後だった。

「ああ、ぼくだよ。今日も色々楽しかったよ」

 シエルは、電話の向こうにクスクスと笑いかけた。

「やっぱりいいね。どうやったら来てくれるかなあ」

 言いながら楽し気に、机のデスクマットをめくる。

「怜も直も、どうしても手に入れる。何としても、ヨルムンガンドに引き入れたい」

 そこには、隠し撮りされた怜と直の写真が、びっしりと敷き詰められていた。




 






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