第210話 わたしをみて(2)合同歓迎コンパ
厚揚げと野菜の煮物、ほうれん草のおかか和え、だし巻き卵、鯛めし、えのきとわかめの味噌汁。
「ん、美味い」
兄は煮物のじゃがいもを割って、口に入れた。
「うん。中まで味が染みてるなあ」
だし巻き卵も、だしが効いてて美味しい。よし。
「それで、早速その2人と友達になったのか」
「うん。変だけど面白いやつだったよ。
まあ、壺を触って妙なものが出て来た時はびっくりしたけど」
うちは昔から、夕食の時に、今日あった事を色々と報告する事になっているのだ。それで早速、今日の出来事を報告していた。
「それより、履修科目の届けっていうのを出さないといけないんだよな」
「詰め込みすぎても大変だし、スカスカでも勿体ない。2年とか3年の人に聞いたら、レポートが多い授業とか、試験が大変な授業とか、そんな情報も入って来るぞ」
「へえ。わかった。早速明日、直とも相談してみる」
「明日は出張で晩御飯はいらないから、サークルの新人コンパとか行ってみたらどうだ。それにこれからはそういうことだってあるだろう、大学生なんだから。その時は、兄ちゃんはいいから、電話だけしなさい」
「うん……」
別にそんなの興味ないけどなあ、と思っていたら、兄が苦笑して、
「そういう付き合いも覚えなさい」
と言うので、まあ、そういうものなのかも知れない。
「ん、はい」
朝、智史に向かって言う。
「というわけだから、昨日言ってた合同歓迎コンパとかいうやつ、行ってもいいぞ。今日だろ」
智史は目をぱちくりさせて、頷いた。
「ああ、そうや。
え。明日からのはアカンの?」
「どんなものか見るためだから、1回行ったらもういい。どうせサークル活動する気もないんだから、面倒臭いだけだしな」
「ええか。入る気が全くないいうんは、言うなや」
「わかってる。流石に、申し訳ないからな」
直はそばで笑っている。
「なあ、なあ。怜ってもしかして、お兄ちゃん大好きっ子?」
「うん、そうだねえ。お兄さんも、弟第一だしねえ」
「おう。仲のいい兄弟だね」
ニコニコと、シエルは笑っている。
「ええと、まあとにかく、出席4人な」
智史は言って、どこかにメールした。
サークルが新人勧誘の為にするコンパがあり、新1年生はアルコールが飲めない事もあるからか総じて安いらしい。そして昨日『オカルト研究会』に頼まれたのは、タダでいいから来てくれないかという事だった。どんなメンバーがいて、どんな雰囲気で、どんな活動をしているのか、とりあえず見に来て欲しいと。
毎年、こういうタダのコンパを渡り歩くのもいるそうだ。強い心臓だなあ。
そして夕方門前で待ち合わせた先輩達は、涙を流さんばかりに喜んだり、ふんぞり返って高笑いしている人がいた。
「何だ?」
「そんなに不人気ってわけでもなさそうなのにねえ?」
その反応に戸惑っていると、2年生が教えてくれた。
「某私大と合同でコンパとか研究合宿をやる時があるんだけど、向こうは完全にお金持ちのボンボンとお嬢様で、貧乏人扱いされて頭に来てるんだよ。まあ、偏差値では完全にこっちが上で、その辺では向こうが頭に来てるっぽいけど。まあそれで、女の子が、あっちに固まるんだよな、例年。
でも、今年は違う。オカルトに興味がある者なら、御崎君と町田君に反応しないわけがない。おまけにヨハンセン君は間違いなく美形だ。これでやっと、やつらの鼻が明かせる」
「そこまで仲が悪いんなら、無理に合同にしなくてもいいんじゃないんですか」
「東大卒は、卒業後どこへ就職する?奴らの親は、どんな奴らだと思う?
大人の駆け引きってやつだよ。フッ」
「ああ……面倒臭いな」
「大人って大変だねえ」
行く前から、憂鬱になって来た。智史は少し申し訳なさそうにし、シエルはニコニコしている。
が、逃がさないとばかりに周りを囲まれて、会場へ行った。貸し切りのレストランだ。
確かに、やたらとおしゃれな男女がたくさんいた。人数も多い。こちらは、貧乏っぽいとは思わないが、雰囲気が硬そうというか、真面目そうだ。
それに始まってみると、確かに私大側の会長という男子学生を中心に、女子は完全に固まっている。
「智史、大丈夫だからね」
「お、おう。サンキュ、シエル」
智史が動揺している。
「紹介しよう。勿論知っているだろうが、御崎 怜君と、町田 直君だ。こっちはシエル・ヨハンセン君と郷田智史君」
途端に、女子がこっちに流れて来た。
こっちの会長がフンッと胸を張り、向こうの会長は額に青筋を立てた。
「なあ、直。これは一般的なコンパとは違うような気がするんだが……」
「ボクも、そんな気がするねえ」
人当たりもいいシエルを生贄――いや、デコイ――でもなかった、つまり相手を任せて、僕は向こうの会長を観察していた。
ピタリとくっつくようにして、若い女性が憑いていた。まるでストーカーだ。
「憑いてるねえ」
「ああ。教えるべきか。でも、聴きそうにないしなあ」
「後でこそっと」
「そうだなあ。トイレにでも立ったら、いってみようか」
そう決めて、ビッフェ形式の料理を適当に食べる。
と、当の会長が取り巻きを引き連れて隣にやって来た。
「初めまして。清水真継です。家は清水総合病院を経営していて、ボクも将来は病院を継ぐ事になるね。
君は、霊能師、なんだろ?」
「初めまして、御崎 怜です。官僚になりますよ。兄と同じく」
「初めまして、町田 直です。ボクも官僚予定ですねえ。将来、仕事上で会ったりするんですかねえ」
直が笑顔で揺さぶっている。間違いなく、清水さんは、厚労省の官僚を想像しているはずだ。まあ、警察官として仕事上で会ったら、不味い事があったって事だけどなあ。
「そ、そう。その時はよろしく頼むよ」
急に笑顔になったぞ。
取り巻きも、清水さんが笑顔なので態度が軟化した。
「霊能師やめるの。折角の国家資格なのに」
「能力を使う事はあるかも知れないですがね」
「あの、お兄さんは独身でいらっしゃるの」
「はい」
だが、あんたにはやらん!
「君達、彼女は?」
「いません」
「ははは」
「良かったら、ゴールデンウイークに別荘に行かない?乗馬もできるし、クルージングもできるわよ」
よくわからないが、服やバッグが高そうだというのだけは確実な女子が言ったら、清水さんの口元がヒクッとした。
と、後ろの霊がそれに対して怒るように清水さんを見つめる。
「仕事があるので」
「残念ですが」
「そう、残念。じゃあ、今日は楽しんでいってくれよ」
清水さんはそう言って、取り巻きを引き連れて離れて行った。
「嫉妬?」
「だねえ」
「清水さんのあの感じ。面倒臭い事になりそうだぞ」
「だねえ」
僕達はそっと溜め息をついた。
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