第209話 わたしをみて(1)新しい友人

 大学というところは、高校と違って、学生の出身地が色々だ。高校なら、離れていても電車ですぐの距離でしかないが、大学はそれこそ日本中から集まって来る。留学生まで入れたら、もっとだ。

 だから、耳に入って来る言葉も、色々で面白い。

 それに、この間まで高校生だった新1年生とそれ以上では、雰囲気が本当に違うものだ。

「面白いもんだなあ、直」

 新入生を誘い込もうとしているサークルの呼び込みを眺めて、僕は言った。

 御崎みさき れん、大学1年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「これが大学なんだねえ」

 しみじみと、直が返す。

 町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「まあ、行くか」

「そうだねえ」

 バーゲン以上の凄い人混みの中を、チラシを押し付けられ、肩を掴まれ、どうにか通り抜けて校舎へ辿り着く。流石にここまでは勧誘はなく、落ち着いて教室へ向かった。

 階段状に座席が並んだ大講義室の、1番前列の中央付近に座る。

 周りを見回してみると、所々に年上っぽい人がいるが、大体、勝手がわからなくてキョロキョロしている学生ばかりだ。

 服装は、わりと普通なので安心した。

「でも、こうしてみると、制服って便利だったな。何も考えなくて良くて面倒臭い事がなかった」

「ははは。相変わらずだねえ」

 僕も直も、ジーンズにシャツ、ジャケットと、おしゃれという要素はない。

 と、

「隣、いいっすか」

という声と共に、誰かが座った。

 革のジャンパー、ダメージジーンズ、Tシャツ、キッチリとセットした髪という出で立ちのやつがいた。

「……ああ、どうぞ」

「……空いてますよう」

「あ、どもっす」

 凄く、張り切った感じがする。

「あの、どちらからっすか」

「え?」

「出身っす」

「ああ。近所です」

「ボクも近所です。あのう、そちらは」

「え、あ……滋賀っす」

 なぜか、言い難そうだ。

「滋賀ですか。いいですね」

 と、急にガバッと顔を上げた。

「本当っすか?」

「え?あ、はい。琵琶湖、近江牛、丁稚羊羹、後、ええっと、ええっと、石山寺、西川貴教!」

「いい人やああ!!」

 なんだ、こいつは。警戒の目を向ける先で、そいつは目をキラキラさせて、距離を詰めて来る。

「オレ、郷田智史ごうださとしっす!」

「御崎 怜です」

「町田 直、よろしくねえ」

「こちらこそっす!」

 どうしようかと内心で困っていると、先生が現れたので、ホッとした。


 オリエンテーリングを終えると、今日はまだ授業はないので、各々、サークル活動を覗いたり、履修届とやらを出すために何の授業を取るか相談したりしている。

 僕と直は、相談組だ。用がなければ帰るところだが、この後仕事があるので、それまでの時間調整だ。

「時間割か。高校の選択科目どころじゃなく、自分で考えないといけないんだな」

「必修科目も多いとはいえ、やっぱりこういうところが、違うんだねえ」

「そうっすよねえ」

 なぜか、郷田も離れない。

「サークルは入らないの?」

 そしてもう1人、金髪碧眼のモデルみたいなやつもいる。ジーンズにシャツとジャケットという出で立ちだが、こいつが着ると、どこのブランド品かと思う。

 シエル・ヨハンセン。留学生らしい。なぜか寄って来て、気が付いたらこうなっていた。

「面倒臭い」

「ははは。ボクらは忙しいからねえ。

 郷田君とヨハンセン君は?」

「シエルでいいよ。ぼくは、面白そうなものを見つけたら、だね」

「オレも智史でいいっす。オレは、バンドやりたいっす。楽器は小学校の時にリコーダーを吹いたくらいだけど」

「じゃあ、歌か?」

「いや、あんまり得意ではないっすね」

「じゃあ、一体何がやりたいの」

 シエルでなくともそれが聞きたい。

「ううん。とにかく、派手でもてそうないい感じのやつっす!」

 全員思った事だろう。だめだこりゃ。

「滋賀って、琵琶湖以外何もないって、夏以外行かないって、同じ近畿圏でもそういう扱いなんす。オレ、バカにされたくないんっすよ」

「ああ。さっきのあの叫びは、そういう事かあ」

 直が頷く。

「郷田君」

「智史っす」

「智史く……智史、自然でいいと思うよ。それがきっと、1番カッコいいと思うねえ」

「言葉も、普通でいいぞ。友達ならな」

「ううっ。ありがとうっす、いや、ありがとうな!」

 関西弁になった。イントネーションも変だったし、本当は辛かったんだろうな。

「大阪人はどこへ行っても堂々と大阪弁で通すって聞いていたけど」

「ああ、シエル。大阪人と滋賀県人はちゃうねん。ついでに、京都府民も、兵庫県人、とりわけ神戸市民もちゃうねん」

「へええ。今度ゆっくり聞かせてもらおうかな」

「おう、ええで!」

「あ、ここ、何だろう?発掘研究会?」

 学生食堂へ向かっていたが、いつの間にか、サークル棟へ来ていたらしい。前を歩くシエルと智史が道順を知っているのだと思っていたが、僕達はもしかして、迷子なのだろうか。

「わあ。凄いよ」

 開け放たれたドアの向こうでは、新入生募集中の会員がニコニコとしている。

「これ何?」

「凄っげえ!」

 シエルと智史が入り、展示品を手に取って眺め始めていた。

「まあ、いいか」

「ボクも、土偶は好きなんだよねえ」

 僕と直も、入る。

 と、シエルが壺の蓋を開けた瞬間黒い気配が飛び出して来て、シエルの生気を軽く啜った。

 直がドアに札を飛ばして逃げ道を塞ぎ、僕は、そいつを縛る。


     復活!復活!


 封じられていた悪いヤツらしい。会話もできそうにない、本能だけのものだ。

 なので、浄力で消し去る。

「な、何だったんだ」

「悪霊?」

「シエル、大丈夫か。少し貧血みたいになってるかも知れないが」

「大丈夫だよ。驚いただけ。

 行こうか。コーヒーを飲んで休めば平気さ」

 今度こそ学食に向かい始めた僕達の後ろで、転がった壺を拾った会員が怪訝な顔をしていた。

「あら?こんなの見覚えがないわよ?」




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