第208話 兄弟(4)新たなる都市伝説の発生

 定時で帰って来た兄と、2人と2匹で向かい合う。

「トビが襲って来て、崖から落ちて頭を打って、記憶がなくなったらしいよ」

「そうか。それは怖かっただろうな、コン太」

「うん。目が覚めたら今度はカラスに突かれるし」

「そりゃあ、鳥嫌いになるな」

「それで、コン吉は弟のコン太を探し回って、『凄い速さで走って来て主人を探す犬』なんて都市伝説になってたらしいよ」

「見つかって良かったな。心配しただろう」

「それはもう」

 兄と兄、頷き合っている。

 あれ?幽霊で実体化できるほどだから弱くはないのに、それでトビやカラスに突かれるのか?

 釈然としない感もあるが、コン太だしな。

 兄弟でお礼を言いたいと兄の帰りを待つことにし、2匹揃って、兄を待っていたのだ。

 まあその間、テレビとドーナッツを堪能し、こっちはもふもふをダブルで堪能したが。

「これからどうするんだ」

「元々、あの世へ行く前に故郷へ戻ろうとしていたところだったのだ。戻って感慨に浸っていたら、この騒ぎだったがなあ」

「ごめん、兄ちゃん」

 コン太はコン吉に頭を擦りつける。

「構わん。

 それより、弟が随分と世話になった。ありがとう」

「いやいや。楽しかったよ」

「ああ。寂しくなるな」

 コン太は既に、別れの時間だと察して泣いていた。

「しかたないよ。それに、兄ちゃんに会えたし。な」

「そうだ。弁当代わりにドーナッツを持って行け、な」

 ドーナッツを包んで、首に結びつける。

「うわあ、凄いメルヘン。写真撮っていいかな」

 ドーナッツを首に結び付けた2匹が並んで座る様は、何ともかわいい。そして、何となく見覚えがある。ついでに、2匹と一緒にも撮った。

「直にも見せてやろうっと」

「アオ姐さんにもさよならって言っておいてね」

「わかったよ」

 姐さんなのか。やっぱりな。

 2匹は礼を言いつつ、並んで走って行った。

「行ったな」

「今度は虐められないといいけど……」

 心配だ。何しろ、コン太だ。

「でもやっぱり、動物でも兄弟だな。顔を見たらすぐに記憶が戻ってた」

「ヒトも動物も一緒だよ。コン吉もコン太を必死に探してたんだろう。都市伝説になるほど。俺だってそうする」

「兄弟っていいな。

 そう言えば、あの都市伝説ももう消えるな」

「ああ。凄い速さで探し回る犬か」

 この後、首にドーナッツを結んだ2匹の旅の狐の都市伝説が広まって行くのだが、この時はまだ知らなかった。

「小さい頃、怜は狐が好きだったからな。ぬいぐるみのリュックを離さなかったんだよ。ちょうど、首にドーナッツを結んでた、あんな感じだったな。そこが小さいポーチになってて、飴玉を入れてたんだ。それで、『にいたん、はい!』ってくれたんだよ」

「ああ……あったな。あれ、狐だったのかあ」

 それで、何となく見覚えがあったのか。

「写真があったはずだな。何か、見たくなった。

 ついでに、アルバムをもう出してもいいな。あの頃は怜が寂しがって泣くかと思って、アルバム類は押し入れの奥に全部しまい込んだけど」

「うん、そうだね。

 明日、出しておくよ?」

「いや、ついでだ」

 ごそごそと、兄は押し入れの奥に頭を突っ込んでいく。

「あった」

 と箱を引っ張り出し、頭を上げ、ぶつけた。物凄い音がした。

「兄ちゃん!」

「痛て……」

 そのままよろめいて、仏壇に軽くぶつかる。と、位牌が揺れて、倒れた。

 こ、これは、僕の高校入学式前日の、体質変化のきっかけかと思われる出来事と同じ――!?

「に、に、兄ちゃん!?大丈夫か!?」

「大丈夫だ。ああ、父さん、母さん、すまん」

「いや、それよりも、あれは見える?」

 窓の外を指さす。

「月か?」

「誰かいる?」

「……通行人がちらほらといるが……?」

 そうか、見えないのか。ベランダの真ん前、電線を鉄棒代わりに体操してる体操選手の霊は。

「いや、何でもないよ。凄い音がしたから。

 じゃあ、ご飯にしようか。今日は、稲荷寿司、鰆の西京味噌焼き、高野、きのこソテー、玉ねぎとわかめの味噌汁だよ」

「お、美味そうだな」

 僕達は、ダイニングに移った。

 体質変化は、良いかも知れないと思う事も無くはないけど、別に見えないなら見えないでいい。面倒臭い事も多いからな。兄ちゃんは、今のままがいい。

 アルバムか。兄ちゃんが、この兄ちゃんで良かったなあ。

「じゃあ、いただきます」

  








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