第197話 クリスマスプレゼント(1)予知夢

 気が付くと、ただ、そこに立っていた。本殿の中央奥の、主神を祀ってある祭壇の前だ。

 どうしてこんな所に、と、少し疑問に感じかけたが、目の前の真っ赤な衣装のサンタクロースが差し出すリボンのかかったプレゼントの箱に、意識は集中した。

 何だろう。欲しかったものは、CD、いや、スマホ。そろそろガラケーをスマホにしたい。でもこの大きさだからなあ。

 ドキドキ、ワクワクしながら、リボンを解き、包装紙を剥がす。

「え?」

 それは、意表を衝いた。空っぽである。

 どういう事かと顔を上げて、サンタクロースを見た。

 それは、サンタクロースではなかった。血で元白装束も口元も真っ赤に染まった、見た事の無い男だった。

「ああ」

 吊り上がって行く口を見て、理解する。

「そういう事なのね」

 男は、牙の生えた口をくわっと開いた。


 何かを叫んで飛び起きたと美沙は思う。まだ心臓はドキドキと激しく打ち、血臭がそこここに漂っているような気がする。

 加奈江神社の長女として生まれた関係か、これまでにも何度か、こういう夢を見た事がある。

 内容ではない。こんな夢は初めてだ。

 見た事があるというのは、夢の中での感じ方、目覚めた時の独特の感じの事だ。そう。これは、予知夢だ。加奈江神社の跡取りとして誇って来た予知夢。

 自分の意思では見られない。

 でも、必ず当たる。

 という事は、これも必ず当たるのだ。逃げようがないのだ。

「今回の贄は私。そして、それはクリスマスの日って事ね」

 諦めか、怒りか、狼狽か。とにかく、眠気はどこかに行ってしまった。


 女子は現実的で、男子はロマンチスト。そんな事は考えた事がなかったが、どうやら本当らしいと、僕は目の前の女子を見ながら思った。

 御崎みさき れん、高校3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「あのぅ、御崎先輩。私とお付き合いしていただけませんか」

 上目使いで小首を傾げて言うこの1年生女子に、溜め息を飲み込む。

「ああ、ちょっと、無理だな」

「ええっ。誰か好きな人がいるんですか」

 いないけど、こういう女子は生理的に無理!将来性と現在収入があるのと顔面偏差値とかで男子をランキングしてるの、僕達男子が知らないと思ってるのかなあ。

「それは関係なく」

 面倒臭いな。3年生、2年生なら、ランキングに踊らされたりしないのになあ。まあ、ブラコンの噂のせいだなんて理由は納得してないけど。

「じゃ、そういう事で」

 さっさとどこかへ行こうと踵を返して廊下の角を曲がれば、ニヤニヤしている直がしゃがみ込んでいた。

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。1年の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だが、その前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「1年生でもトップクラスのかわいい子だねえ」

「フン。将来性とか懐具合で声をかけられてもな。

 直は?」

「同じだねえ。全く。クリスマス前だからって駆け込み告白はどうかねえ」

 言いながら、彼女の去った階段の方へ戻ると、上から降りて来たクラスメートと顔を合わせた。

 プロのバイオリニストとして活躍している上総貴音かずさたかねというやつで、亡くなった美人なロシア人の母親に似て、顔はいい。

 ただ、意外と気が短いところがあるし、庶民的で、ファザコンだ。本人は認めないが。

 僕、直、貴音、この3人が、将来性と懐具合でこのところ1年生女子にひっきりなしに呼び出されてお断りしている、ランキングの被害者だ。

「そっちもか」

「おう。帰ろうかと思ったら怜が来て、終わるまで待ってた」

「いい加減、気付いて欲しいよねえ」

 直が言って、3人でガックリと肩を落として溜め息をついた。

「コーヒーでも飲むか」

 3人で、学食前の自動販売機でコーヒー、オレンジ、イチゴ牛乳を買って、廊下で壁を背にしゃがみ込む。

「いっそ、ランキングリストの存在を男子が知っているとバラしたらどうだろうな。それならもう、こんな面倒臭い事しなくて済むんじゃないか?」

「怜。それをバラしたら、きっと逆切れか開き直りで、えらい騒ぎになると思うぞ」

「ああ、真実の愛はどこに落ちているんだろうねえ」

「落ちてるのか、あれ」

 言っていると、また新たな1年生女子が現れた。

 ただ、告白という浮ついた感じではない。何より、濃厚な死の気配がしていた。











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