第140話 啜る(4)リレー、激走
問題のリストバンドを取り囲むようにして、心霊研究部員と陸上部部長は唸っていた。
「どうなんですか、怜君」
ユキが恐る恐る訊く。
「何て言うのか……気配の残滓はあるっていうか、これに今はいないというか、そんな感じ」
「祓うのは不可能ってことですか」
楓太郎が困り切ったように言う。
「ここにいないからなあ」
「写真で呼べませんか」
宗がアイデアを出すが、
「今ここら辺にいるのは寄って来ても、どこにいるのかわからないのは、無理だろうなあ」
と、言わざるを得ない。
結局、森田は階段から落ちてアキレス腱を断裂し、手術、リハビリを受ける事になった。また元のように走れるかは不明らしいが、とりあえず、推薦入学は白紙となったそうだ。
「やめさせれば良かった。本当は、色が段々濃くなるのも皆言ってたのに。変だって。それで、リストバンドは使わないっていうのを選ぶ部員もいたし」
陸上部部長は、泣きそうな顔をしている。
「あくまでも、選んだのは本人です。そこまで部長が自分を責める必要はありませんよ」
「それでも、私は、無言の圧力をかけたのかも知れないじゃない。そう、とってたかも知れないじゃない」
とうとう泣き出した。
皆も、困った顔になる。
「これ、貸してもらっていいですか」
「いいけど、どうするの、そんな呪いのリストバンド」
「元は大事なお守りなんでしょう。このままでは、気の毒じゃないですか。樫田さんも、これも」
「……何をするつもりなのかなあ、怜」
「まずは霊を呼び出す。そして、祓う」
「どうやって呼ぶのよ」
「ええっと、競争してみる?」
「ここ一番の勝負でしょ?そんなの……あ、体育祭」
「クラブ対抗リレーで、負けたら、何か」
ううむと、考え込む。
「あんまりバツがしょぼいと、ここ一番にならないし、かと言ってあんまりだと、万が一の時のダメージが、ね」
「でも、勝てるんでしょ」
「祓うんだぞ。それに加えて、祓うのにかかる時間があるし」
「じゃあ……廃部」
「部費カット」
「あ、文化祭で女装とか」
「はあ!?嫌だぞ、それ!もし今年も兄ちゃん達が来たら、見られるじゃないか!」
言った途端、リストバンドがコロンと転がった。全員がそれに釘付けになる。
「もしかして、そういう事、なのかねえ?」
「そんな……」
宗が、力強く肩を叩いた。
「勝てばいいんですよ。自分、死ぬ気で走りますから」
「宗。いいやつだなあ」
「でも、ちょっと見たいような」
「興味ないわ。でも、まあ、見ておいてもいいけど」
「……おい、そこの姉妹。いや、女子。その時はお前らも、何かやらせるからな。バニーガールとか」
「えええええ!?」
「だったら男子全員女装ね!」
部室の中は、混沌と化した……。
とうとう、当日がやってきた。こんな恐ろしい体育祭は、かつてなかった。本来余興の筈の競技なのに、どの競技よりも緊張している。
「頼みますよ、本当に」
「ああ、神様、仏様、ご先祖様。もう2度と、人の不幸を楽しみになんてしません」
女子達は祈り、リレーに出る僕達男子は、どこの部よりも真剣な顔をしていた。
「何が何でも勝ちましょうね。ぼくも精一杯がんばりますから」
「死ぬ気でいきます」
「この競技の為に体力は温存してあるんだよねえ」
「心霊研究部の意地を見せる時だぞ」
「そうよ。この一戦に、全てがかかってるのよ」
「エリカ部長、私、全力で行きますから!」
僕達の異様な程の結束に他のクラブの走者はたじろいでいたが、陸上部の事情を知る生徒の説明に、彼らも盛り上がる。
「バニーガールだと!?」
「女装!?」
「勝たせるわけには行かないな!!」
「何余計な事やってるのよ、陸上部のアホ!!」
エリカの叫びが響き渡る中、位置に着く。
『どうした事でしょう。今年のクラブ対抗リレーは異様な盛り上がりを見せております!』
放送部員の戸惑ったようなアナウンスの後、スタートの合図が出た。
一斉にスタートを切る。
まあ、奇しくもここまで必死になったからこそ、リストバンドが反応するのだろうが。僕は赤いリストバンドを見ながら、早まった事を提案してしまったかも知れないと、後悔した。
第一走者の留夏がいきなり転び、第二走者の楓太郎が何とか差を縮める。次のエリカの時は別の部がバトンパスをミスって順位を上げ、直で、更に上位に食い込んでいく。
直からのバトンを受け取って走り出す瞬間、リストバンドが気配を放ち、足が軽くなるような感じがした。アンカーの宗に向かって近付いて行く程に、足は軽くなり、リストバンドの気配は濃くなる。
テイクアンダーゾーンまでもう数歩というところで、リストバンドから何かが滲みだし、手首から何かを吸い上げようとする。
ハシリタイィ、マァダァハァシィレェルゥ、カァラァダァオォヨォコォセェ!
「こいつか」
リストバンドを抜き取り、浄力を右手に込めて叩き付ける。と、バリバリと弾けるような、放電じみた光がリストバンドを中心に走り、空中に一旦留まってから、ポトリと落ちる。
リレーの順位は降り出しに戻っていたが、リストバンドも、ただの白いリストバンドに戻っていた。
「すまん、宗」
「いえ」
バトンを渡し、覚悟する。
皆を付き合わせるのは申し訳ない。1人で恥をかこう。
フラフラと白くなったリストバンドを片手に歩き始めると、もの凄い喚声が上がっているのに気付いた。
「何?」
宗が、嘘のように追い上げ、追い抜き、トップでゴールした瞬間だった。
「嘘おお!」
『凄い!怒涛の追い上げ、心霊研究部!そして、何だ?他の負けたクラブの異様な程の悔しそうな様子は!?
ん?何と!負けたら文化祭で男子は女装、女子はバニーガールという賭けをしていたそうです!勝った心霊研究部におめでとうと言うべきか、負けたクラブをののしるべきか!』
放送部員のアナウンスの中、僕達は抱き合って、泣いて勝ちを喜んだ。そして僕は、
「もうこんな面倒は、絶対に御免だ!」
と、心から思った。
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