第76話 ねがう(2)見知らぬ知人

 翌日からも、また寝る羽目になった。

 ただし、夢で会った相手は直ではない。大学生くらいの知らない男だ。そしてどういうわけか、そいつのいう事を聞かなければならない、そいつと一緒にいなければならない、と思うのだ。

 毎朝起きると、より頭が重く、ボンヤリとするようだ。

 無理やりのように毎日睡眠に引きずり込まれているせいなのか、他に原因があるのか、わからない。

 それでも学校に行き、頬杖をついてボンヤリしていると、直が来た。

「調子悪いのか、怜」

「ああ、大丈夫。ちょっと、毎日寝てるから」

「おかしかったら、京香さんにでも言った方がいいよ。

 あの社の続報だよ。特別祈祷を受けたら、ライバルをノイローゼにさせたり、自殺させたり、別れさせたり、告白を受け入れさせたりできるそうだよ」

「どういうカラクリだ、それ」

「寝たら夢にあの結女の神が出て来るから、どこの誰にどうしたいか言って、その相手の事を強く思うんだって」

「それだけか?」

「らしいよ」

 どういう事だろうな。

「他にどんな願い事が叶うんだろう」

「恋愛が主らしいからねえ。付き合いたい、別れさせたい、これがほとんどじゃないかな」

「ううん。まだ何か足りないのかな。

 何か、考えがまとまらないというか……」

「本当に調子悪そうだねえ。病院行く?」

「説明し難いんだよなあ。この頃毎晩寝てしまうんです、なんて」

「ああ……」

 厄介なものである。

 取り敢えずは大人しくしていることにして、放課後、まっすぐ家に帰る。

 マンションのエントランスから郵便受けの並ぶポストルームに入ると、そこに知らない人がいた――いや、知っている。こいつは夢で会うやつだ。こいつのいう事を、聞かなければならない。こいつと一緒にいなければならない。

 頭がボンヤリとして、考えようとしても、端から思考が零れ落ちる。

「行こうか」

 どこへ?

「行くよ」

「……ああ」

 雲の上を歩くような頼りなさで、腕を掴まれたまま、歩き出す。

 おかしい。

 おかしいって何が。

 ついて行けばいい。

 いう事を聞いて、いれば、いい……。

 と、いきなり思考がクリアになる。

「知らない人について行っちゃだめだろ」

 声の方に顔を巡らせると、

「あ!」

蜂谷がいた。

 口元だけで笑って、口の前で指を1本立てている。

「あんた誰だ」

「お宅こそ誰だよ。未成年者略取?」

 夢の男は愛想笑いを浮かべると、

「何のことだ」

と言って、慌てて逃げた。

「危ない、危ない」

「蜂谷、さん」

「いいよ、蜂谷で」

「蜂谷、ありがとう」

「どういたしまして」

「何でここに?」

「今の奴、祟り神ん時の残党なんだよ。奴らまだリベンジマッチを諦めてなくて、坊やを自分達の戦力にして日本を手に入れるつもりらしいよ。ハッキングしたら、それがわかってね。

 俺はあいつら嫌いだから、流石に坊やを戦力にされちゃどうしようもなさそうだし、来てみたんだよ」

「それは、ありがとう。でも、坊やはやめろ」

「怜怜」

「パンダみたいだけど、まあ、いいか」

 蜂谷は笑って、

「怜怜、無防備すぎだよ。なまじ力が強いからかねえ。札あげるから、肌身離さず持っておけよ」

 1枚もらった。

「何がしたいんだろうな。単に、権力?」

「負けない、強い日本にしたいらしいよ。どこの国にも屈しない」

「危ない奴らだな」

「全くだよ」

「蜂谷はこれからどうするんだ」

「俺?今更国試受けて表に戻れるとも思えないし、適当にやるよ。じゃあな――あれ?」

 僕は、もう1枚の札で、蜂谷を足止めしていた。

「蜂谷、いい戦力だし、一緒にやれると思うんだよな」

「こら、離せ」

「一緒に謝ってやるから」

「怜怜、おい」

「いつまでもこんな事してないで、ちゃんとしろよ」

「……」

「社会保障だって受けられないぞ」

「……怜怜……やっぱりお前、おもしろいわ」

 蜂谷は脱力したように笑った。








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