第66話 氷姫(1)雪崩
信州の山間にあるその村は、昔はもっと小さく、不便な立地だった。特に冬ともなれば、深い雪に閉ざされ、孤立してしまう。
戦国の世、そこを通り抜けようとする一団があった。とある負けた将の姫と、姫を守る家臣だ。
日も暮れ、寒さはきつく、空腹で、何より、このまま無事に落ち延びられるかどうか怪しいとなれば、疲れは何倍にも感じられる。
一夜の宿を借りようとしても、胡散臭い一団と断られ、それもままならない。
やがて家臣達は、姫を見捨てる事で意見が一致した。
どうせ守り通しても、手柄になって褒美があるわけでもなし。ならば、とっとと別の武将の所に再就職した方が賢い、と。
そして姫は寒い中、山中に放り出され、1人、凍死したのである。
それからというもの、冬になると無念のうちに死んだ姫の霊が現れては、山中の男を凍らせて殺すようになり、村人達は、名も知らぬ姫を「氷姫、ひめ」と呼んで、恐れるようになったという。
怪談を語り終えた生徒が、懐中電灯をあごの下から照らし、ニタアと笑う。
「ヒイイッ」
掛け布団をスッポリと被りながら、しばし余韻に浸る。
雪女の伝説というのはありふれたものだが、そうか、こういう派生もあるんだな。
僕は
フムフムと納得していると、懐中電灯が隣から回って来た。
我が校では、1年次に冬山研修、2年次に海合宿、3年次に修学旅行がある。
まあ、冬山研修と言っても、クロスカントリーと雪洞作りくらいで、そう大したものではなく、夜にはこうして同室の皆で怪談をする元気はあるのだ。
「次、御崎な」
「怖い話か。そうだなあ……あ、あれは怖かった」
誰かがゴクリと唾を飲む。
「両親が亡くなって3か月くらいした時だったと思う。見覚えのない容器が戸棚にあったから開けてみたら、カラフルなカビがぎっしりと生えてたんだ……。怖かった。カビってあんなになるんだな……」
戦慄く僕の横で、直がガクーッと頭を垂れる。
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降直も、霊が見え、
会話ができる体質になったので、本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、新進気鋭の札使いであり、インコ使いでもある。
「怜、それは確かに怖いよ」
「御崎って、こういうやつだったんだな。もっと喋り難いやつかと思ってた」
「いつも無表情で、詰まらなさそうな感じで」
同部屋のやつらが苦笑して言う。昔から、感情が出難いために、よくこう言われるのだ。
「別にそんな事はないんだが……カビがな、ほんとにゾッとしたんだよ」
「あははは。天然ちゃんだったのかあ、御崎」
「え?怖くない?だって、もしそれをウッカリ兄ちゃんが食べてしまったりしたら……!」
「へえ。お兄さんと仲いいんだな」
というのを受けて、いかに兄がカッコいいのかを語るべきかと思ったが、直が、
「仲いいよ。兄弟2人っきりだからねえ。
で、怜。怪談だよう、怪談。霊だよ。
あ、市内にいる幽霊はどうかなあ?皆も通る道とかにもいるし」
と言ったので、本題に戻った。
「え!?いるのか!?」
「そんなの聞きたいのか?」
「聞きたい!ような、怖いような……」
「ええっと、駅前の――」
「心の準備させて!」
目が爛々としている。
僕は週に3時間も寝ればいい無眠者だから起きててもいいけど、皆、大丈夫なのか?まあいい。渡ってははねられ続ける人と、飛び降り続ける人がいると教えてやろう。
こうして、研修の夜は過ぎていった。
翌日、班ごとに固まりながら、クロスカントリーをしていた。
うちの班に割り当てられたのは真ん中辺りだった。
「雪山でこんなに暑い思いをするとはな」
慣れていないと思う以上に難しい。変な筋肉が痛くなりそうだ。
汗を浮かべながら、前の班を追う。
雪と風がが段々酷くなり、前の班も後ろの班も、よく見えない。
「そろそろ中止になるかな」
「うん、天気がやばいよねえ」
「今日のメシは何かな」
食事と言えば、こっちの名物が出ると期待していたのに、どこにでもあるような定食風で、ガッカリだ。まあ安いプランだろうから、仕方がないか。
そう思っていると、突然、景色がズズッと動いた。
「え?」
班の皆と互いに顔を見合わせて、
「気のせい?」
と思ったが、今度こそ、班のメンバーごと、ズズズーッと滑り、浮遊感の後、目の前が真っ白になって上下左右がわからなくなった。
これが、雪崩というものか。そう妙に冷静に考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます