第31話 プレゼント(2)霊と強盗と人質

 時計を見たら、もう7時だった。

 スマホは先に取り上げられて連絡できなかったが、ここに僕がいる事を、兄は知っているだろうか。

 そんな事を考えていると、電話が鳴る。

「はい。──ああ、そうだな。入り口まで持って来い。もう何でもいいから」

 それで、玄関まで受け取りに、僕とサラリーマン、見張りにタイが行く事になった。

「タイさんって、結婚してるんですか」

 話しかけてみた。

「してねえけど」

「じゃあ恋人とかは」

「いたけど……何だよ」

「いや、ええっと、もてそうだと思って」

「へへ、まあな」

 バカだな、こいつ。

 勝手に照れるタイを横目で観察する。

「例えば、髪が長くて、細目で、ちょっと寂しそうな感じの、20代半ばくらいの人とか」

 タイは急に酸っぱいものを食べたような顔で黙り、サラリーマンはわけがわからないという顔で、僕とタイを交互に見る。

「いいから、黙って歩け」

 はあ。円滑なコミュニケーションって難しいな。直は凄いなあ。

 少し開けたシャッターから外に出ると、機動隊がズラリと並び、奥に報道のカメラが並んでいた。

 機動隊の盾が乱れ、兄が顔を出す。

 ああ、来てたんだなあと思った。

「タイさん、これを運ぶんですね」

 足元に、ビニール袋が置いてある。

「そうだ、運べ」

 サラリーマンと分けて持ち、中へ戻る。

 こんな時、簡単に人質を害さないように連帯感を持たせる為に、食べ物や飲み物は、皆で分けるものがいいと本で読んだ。アメリカでは、ピザとペットボトルのコーラとか。袋の中は、稲荷寿司がズラッと並んだパックと、太巻きがズラッと並んだパックと、サラダ巻きがズラッと並んだパックに、ペットボトルのお茶、割り箸、紙皿、紙コップだった。

 炭水化物率が高い食事を、皆で皿に分け合ってとり、壁に凭れるようにして黙って座る。

「さっきの質問、どういう意味?」

 サラリーマンが隣から、小声で訊いてくる。

「場を和ませようかと思いまして」

「いやに具体的だったけど」

「そうですか?」

 返しながら、タイを窺い見る。付いて回る女の霊が、そういう見かけなのだ。

 タイは明らかに、知っていたし、後ろめたい感情を持っているように見えた。今も黙って考え込むようにしており、女は、ピッタリと張り付くように傍に立っている。

 と、女が、タイに向かって、ニィッと笑った。

 突然、タイの持つ拳銃が暴発し、タイの腕をかすめた。

 人質だけでなく、シゲ、タイも驚いている。

「どうした!?」

「ぼ、暴発した、すまん」

 タイは言いながら、首を傾げ、拳銃を離れた所に置いておこうと、カウンターの端に置いた。

 今、不可解な流れがあった。どうも女は、タイを殺す気らしい。しかしもう一体の見えない霊体が、タイを守ろうとしているようだ。

 よく似た波動で、女が相反する気持ちに2つの力を使ったと、とれないでもない。

 かなりリラックスしていた雰囲気だったが、また、人質が怯え始めた。

 そして、シゲとタイも、イライラを取り戻した。

「騒ぐな。大人しくしていれば、何もしない」

 言いながらタイが、窓の外を覗こうと、壁伝いに窓に寄って行く。

 と、当たりもしていないのに、重厚そうな本棚が倒れた。

 ドーンという音の余韻がすっかり消えてから、ギリギリ下敷きから逃れたタイは、青い顔で、

「あっぶねえ」

と言った。

 また、2つの力だ。

 気になる。

「落ち着いてるね、君」

「顔に出ないだけですよ」

 シゲの、

「静かにしてろ」

という命令に従ってジッとしながら、僕は答えた。


 電気は消えており、表の入り口に続くドアの前に、ドアを塞ぐようにして、人質が座らされていた。そしてカウンターの中でシゲとタイは座っていた。

 かかってきた電話に、

「何でもない。本棚が倒れてきただけだ。──ああ。それより、逃走用のヘリを用意しろ、いいな」

 ヘリなら逃げられると思っているのだろうか。おめでたいやつだ。特にその女は、どこまででも付いていくぞ。

 ピリピリした空気のまま電話を切り、シゲは、「クソ、クソ、クソ」と机を蹴りつける。

 タイは頭を掻きむしり、疲れ切った様子で、

「ちょっとトイレ」

と、部屋を出て行く。

 と、すぐに、

「うわあああ!」

と声がして、全員が何事かと、そのドアの方を窺う。

 しばらくすると、タイがよろよろと戻って来、

「階段で誰かが足を引っ張った」

と、青い顔で言った。

「バカ言うな。誰も行ってないぞ」

「でも、ほら!」

 めくりあげたズボンの左足首には、クッキリとした手形が残っていたのである。

「何かいるんじゃないか、ここ」

「何かって何だよ」

「幽霊とか」

「幽霊なんて、そんなもん……」

 シゲとタイが行員の方を見ると、行員らは揃って、

「そんな話は聞いた事もない」

と首を振った。

「でも、こうして」

「お前じゃないのか」

「え?」

「この銀行じゃなくて、お前に憑いてるんじゃないのか、タイ」

 シゲが、後ずさりながら言った。




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