第27話 お取替え(2)警視、徳川

 壁に小さく書かれた相合傘の落書きに、取り調べ中にこんなものを書くのはどんなやつだろうかと考えた。

「で、どうしてこんな時間に、あんな所へ行ったのかな」

 優しそうな言葉を使いながらも、目は完全に、お前らが怪しいと言っている。

 兄に電話したら、場所的に所轄署違いで、別の警察署の警官達が来たのだ。発見のあれこれを訊かれるがままに答えて、さあおしまいかと思ったら、署に事情聴取の為に連れて行かれたのである。

「仕事帰りで、駅に向かっていただけです」

 何度目になるかわからない質問に、内心ウンザリする。

「仕事ってねえ。君、高校生だよね」

「はい。ですから、仕事は浄霊で」

「……フッ」

 くそったれめ──!お前が憑りつかれても、絶対に浄霊してやらんからなっ!

 こういう時、兄のいる署ならもういい加減慣れていたので、話は早かったんだがな。

「最初からもう一度聞くね」

 面倒臭いな!!

「無表情だねえ。慣れてるのか。

 はっ。もしや他人の痛みを理解しないサイコパス。鑑定が必要か」

 小声だが、しっかり聞こえた。

「感情が出にくい質なだけです。感情は普通にあります」

 お互いに長期戦を覚悟した時、ドアが慌ただしくノックされ、飛び込むように入って来た刑事が取調官に耳打ちした。それでみるみる、取調官の顔色が変わる。

 ドラマで見た事があるな、こういうの。兄が着いたらしい。

 半分だけ正解だった。取調室から、

「ご協力ありがとうがざいました」

と出された僕を出迎えたのは、兄とその相棒の吉井さん、それに京都にいる筈の津山先生、それと、知らない若い男だった。京香さんは一足早く出ていたらしい。

「どうも、長時間お引止めしまして──」

「いえ、お気になさらず。必要と思われたなら、とことん調べるべきです。私も刑事として、そうしています」

 無表情というのはこれをいうのだ。

「きょ、恐縮です」

 直立不動からキッチリと上半身を45度傾けた礼をして、取り敢えずはと応接室に案内された。

「先生こんばんわ。吉井さんも、お久しぶりです」

「色々と飽きひんなあ、怜は」

 津山はあははと笑い、吉井は緊張しているのがありありとわかる笑顔で、

「やあ」

とだけ言った。

「兄ちゃん、その……」

 兄は嘆息して肩を落とし、何かを諦めるように、

「いや、怜は悪くない」

と言う。

 そう、悪くないとも。

「警視、これが弟の怜です」

 知らない男に兄が僕を紹介し、

「怜、こちらは徳川一行警視だ」

と僕に続ける。

「初めまして。御崎 怜です」

 偉い人なんだな。

「こちらこそ初めまして。徳川一行です。よろしく、怜君」

 徳川はインテリ然とした感じで、兄より少し年上くらいか。笑みを浮かべながらも、観察するような目を向け続けている。

「偶々、京香と怜の事が耳に入ったんでなあ」

「ご心配をおかけしました。すみません、ありがとうございます」

「かまへん。大事な孫弟子や。

 京香。あんたはしっかりせなあかんがな、ほんまに」

 ふうと溜め息をついて、津山先生は続けた。

「発表はまだ先やけど、霊能者で協会を作ることになってな。警察にも霊関係の新部署ができるんやけど、協力していくんや。その話を詰めるんに来てたんや。はぐれの術師とかを把握しやすうなるやろし、こういう時も、胡散臭う思われんようにな」

 へえ。

「京香は中堅や。頼むで、ほんまに」

「私がその部署の設立を強く押しましてね。責任者になる予定です」

 徳川が言うと、京香はなぜかひどく動揺し、

「よ、よろ、よろしくおねがいします」

と言う。

 ああ、タイプなんだな。実にわかりやすい。

「まあ、今日はもう遅い。帰りましょう。御崎君、送ってあげなさい」

 徳川が言って、ソファから立ち上がる。

「京香はおいで。いろいろ話を聞かんならん」

「はい」

 僕と兄で一台、残りでもう一台の車に分乗し、僕達はそこを後にした。


 翌朝、洗濯と掃除を終えると8時だった。コーヒーを淹れてテレビをつけると、昨日の神社が映る。

 昨日の被害者は例の連続パーツ抜き殺人の被害者で、肝臓がなかったらしい。後は、見つけた少し前に亡くなった事以外に、大した事は言ってなかった。

 昨日あの辺りに犯人がいたのか。もう少し早めにあそこに着いていればあの人は助かったのか、とも思うし、犯人と鉢合わせして何かができたのか、とも思う。

 思っていると、チャイムが鳴った。

「おはよ、怜」

 にこにことして立っていたのは、町田 直。幼稚園の時からの友人だ。人懐っこく、驚異の人脈を持っている。僕の事情にも精通し、ありがたい事にいつも無条件で助けてくれる、大切な相棒だ。

「直。おはよ」

「暇でね、遊びに来た」

「入れよ」

 2人でリビングに行く。

 テレビではこれまでの被害者の発見のされ方とか欠損部位を放送していて、こうしてみると、人体のパーツを犯人は着々と集めているようだ。

「移植ブローカーの仕業とか、儀式とかいう人もいるねえ」

「ああ、死者の復活とかなんとか。これで復活したら、復活した人はつぎはぎのパッチワークだな。もし記憶なり性格なりも復活させたいのなら、それはどこに宿るんだろう」

「胴体、いや、頭かな。考えるのは頭だし」

「そうだな。記憶も性格もデータの蓄積だからな。

 でも、心臓移植や角膜移植で、ドナーの記憶や見たものが甦るとかいう話、どうなんだろうな」

「ああ、あれ。本当かなあ」

 その後2人であれこれと雑談していると、昨日の夜の話になる。

「へえ。津山先生来てたのか」

「なんか霊能者を霊能師として国家資格にするんだって。それで、協会作るんだって」

「国家資格というからには試験があるんだろ?」

「多分、実技は、見る、聞く、祓うだな」

「……京香さん、大丈夫か」

「ああ。祓えればOKっていう実技なら大丈夫だろうけど、心配だな」

 京香さんはいい人で、お世話にもなっているし、上手くいって欲しい。

「怜は大丈夫だな」

「僕?まあ、ね。でもまあ、就職を考えるのはまだまだ先だしな」

「それもそうだよね」

「それより活動報告だよ。このままだと、廃墟ツアーか連続パーツ抜き殺人の現場ツアーになるよ」

「何か所も回るって、そんな面倒臭い。一ヶ所でこう、ドバーッと出る所ってないのか?」

「そんな面白怖いとこ、知らないよ」

 そんな事を話していると、速報がでた。モデルのミツキが連続パーツ抜き殺人の新たな被害者として発見され、代名詞ともなっている足がなくなっていた、と。

「足?足は移植しないだろ?」

「やっぱり、儀式だよ、怜」



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