第20話 かげふみおに(3)親子面談

 あそぼ、あそぼ。今日は何して遊ぼうか。

 だるまさんがころんだ。

 靴隠し。

 かげふみ。

 鬼ごっこ。そうだ、かげふみ鬼。

 鬼は影の中しか行けなくて、タッチしたら鬼が交代。

 やろう、やろう。じゃあ鬼はまずさっちゃんからね。用意、どん。

 さっちゃん、影しか踏んじゃだめだからね。鬼は影の中だからね。

 真昼のグラウンドの真ん中には、どこにも影なんてない。亜里沙ちゃんたちは離れていて、届かない。

 ねえ、ジュース飲もう。あ、さっちゃんは動けないよ、影しか。

 鬼は影の中だもんねえ。


 カップはジノリで、お茶菓子のミルフィーユは、雑誌やテレビで特集が組まれるような高級な店のものだ。そうなると、カップの中の紅茶も、きっと高いものに違いない。

 飲んでみたが、よくわからないな。うちはコーヒー派だからな。

 さりげなく見た部屋の内装も、テーブルセット、飾り棚やそこに飾られた時計、置物、幸せそうな家族写真を収めた写真立て、壁に掛けられたリトグラフ。どれも、高価そうだ。

 ここは、応接間というより自慢間だな。

 小東美羽の自宅に、亜里沙母子、夢愛母子、僕、直、エリカ、ユキが呼ばれ、集まっていた。

 母親たちは一様に不機嫌で、子供達は不安そうにそんな母親の顔色を窺い、それでも、ケーキを食べる時だけは頬をゆるめていた。

 崩れて食べ難いミルフィーユは、一層ずつ食べると食べやすいぞ、エリカよ。

「その島野さんが、うちの亜里沙や美羽ちゃんに、そんな酷い事をしたと言うのね」

「あまりにも信じがたい話だけれど、信じるほかはなさそうですわ、田川さん」

「そうですわね。訴えられるのかしら、その島野さんを」

 僕らが呼ばれたのは、2つの出来事にほぼ居合わせた大きい人、という事で、子供達が呼ぶようにと頼んだらしい。そこで、間違いなく意思に反して、目を瞑ったまま歩いたり人を突き落としたりしたようだと、証言を求められたのだ。

 確かに、そう言っていたし、嘘をついているようにも見えなかったと言えば、今度は、なぜ、となる。

 そこで迷いはしたが、いじめにあっていた幸子が、と話したのである。

「その酷い事ってのは、もともと彼女達がした事ですよ」

 イラッとしたのでそう言ったら、母親達は眦をキッと吊り上げた。

「何ですって」

「目を瞑ったまま家まで帰らないと、掃除当番を代わる。これは亜里沙ちゃんがさっちゃんに言った事だよね。

 嫌いな先生を階段で押せ。これは美羽ちゃんがやらせたんだよね」

 2人は俯いて、チラッと母親の顔色を窺う。

「同じことを、返しているんですよ。これが酷いというなら、島野さんにしたのも、酷いという事ですね」

 2人の母親は黙り、次いで、オホホと笑う。

「うちの子がそんな事をするわけないわ。そうよね、亜里沙ちゃん」

「美羽だってそうよね。優しいいい子だものね」

 子供達は黙り込んで、目を合わさないようにしていた。

「だったら心配ないですかね。ほかには、壁に頭をぶつけて反省と呼んでたり、トラックの下に入らせて足を骨折したりしたようですけど」

 すましてそう言い、カップを手に取る。直はばくばくとケーキを食べていた。

 母親達は慌てふためいて、

「どうすればいいの。警察?」

「だめよ、そんな事をすれば」

「あ、この子達のしたことも──」

と騒ぎ立て、子供達はとうとう泣き出した。

「やったの、全部亜里沙たちでやったの!」

「お揃いの浴衣とか買わなくてノリが悪いから」

「グラウンドに暑い中立たせて動くの禁止って言ったり。鬼だから影しか踏んだらだめって意地悪したの」

「どうしよう、ママ」

「こんなになるなんて思わなかったの」

「助けてママ、助けてさっちゃん!」

 その時、夢愛の影がぼこりと波打ち、夢愛は横っ飛びで壁際に飛びつくと、頭を壁にゴンゴンと打ち付けはじめた。

「キャアアアア、夢愛ちゃん!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 泣きながら壁に頭突きする夢愛に、室内はもうパニックである。

 影に向かって浄化の力を放つと、すぐに気配は消え失せた。

「怜、さっちゃんだよね。大丈夫なのか」

「軽く追い払う程度にしたから大丈夫だ」

 親子共々、泣いたり腰を抜かしたりしているが、いじめの事実は、親も認識したらしい。

「やっぱり説得しないとだめよね。何度もやってるとまずいんでしょ」

 やれやれ。

「おい、お前ら。反省してるか」

 コクコクと頷く。

「謝って仲直りしたいか」

「したい」

「私も」

「する」

「こんな事されたんだぞ。怖くないのか」

「おんなじだもん」

「因果応報って言うのよね」

「平気」

「わかった。

 おい、ユキ。頼みがある」

 僕はある事を頼んで、幸子のマンションに向かった。




 


 

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