第18話 かげふみおに(1)ああ夏休み

 久しぶりの学校も、朝とは思えない暑さでげっそりとなる。それでも、明日から夏休みになるとあって、浮かれた空気が漂っていた。

 御崎 怜、高校1年生。この春突然、幽霊が見えて話せる体質になり、そしてつい先ごろは、神殺しという新体質までもがが加わった、新米霊能者だ。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、なぜか春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に遭っている。

「こんなものかな」

 部室の床を箒で掃くのは、町田 直、僕の幼稚園の時からの友人だ。僕の事情は全て知っており、いつも無条件で助けてくれる、頼れる相棒だ。明るくて人懐っこく、人脈はとても広い。

「そうだな。これで机も拭けたし、こんなもんだろ。

 そっちはどうだ」

 訊くと、ビクッと身を竦めたのが、天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子で、時々霊が見えるらしい。どうも今日は朝から、避けられ、目も合わせて来ず、こうしてビクつかれている。多分京都の一件での影響が、そうさせているのだと思う。

「棚の整理もできたし、OKよ」

 答えてきたのは立花エリカ、オカルト大好き女子だ。霊感はゼロだが、なんとかして幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、日々願っている。

 これが我が心霊研究部の全メンバーである。

「おやつにしようよ。お土産買って来たからさ」

 言って、直がいそいそと京都土産のクッキーを出し、僕は同じく水羊羹を保冷バッグから出す。

「2人共京都土産?まさか」

「えへへ、怜と司さんと京香さんと行って来たんだよ。いやあ、色々あったけど、魚釣りに目覚めちゃってさ、ボクら。ねえ」

「ああ。是非、今度はもっと本格的に釣りに行きたいな」

「京都の、日本海側に行ったの?」

「いや、市内だ」

 エリカもユキも腑に落ちないという顔をしているが、まあ、興味は食べ物らしい。

 揃って「いただきます」と言って、おやつとする。

「明日から夏休みねえ。

 合宿よ、合宿。どこに行く?」

 エリカが勢い込んで言う。余程、行きたいらしい。

 行ってもいいが、その間兄の方はどうしよう。まあ、行ってこいと言われそうだし、ほんの3日くらい自分でできるのはわかっているが、ううん。

「怜君、寂しいんでしょ」

「そ、んな事は、ないぞ」

「動揺が出てるよ、怜」

「ああ、相思相愛のブラコンだもんねえ。直君に聞いた時は冗談かと思ったけど」

「僕はブラコンじゃないぞ。凄く感謝してて、兄弟だから大事なだけだ。普通だ」

 なぜ誰も理解してくれないのだろう。兄なんだから大事だろう。面倒臭い事が嫌でも兄の為ならいいとか。

 釈然としない思いで考えていると、エリカがユキに訊いた。

「ユキはどこがいい?」

「え……」

 ユキは僕の顔をまじまじと見ていたが、はっと我に返ると、

「ええっと、どこでもいいです。行くだけで楽しそうですので」

と、ニッコリした。

 いつも通りだ。

「そういうエリカはどこに行きたいの」

「恐山とか」

「却下」

 こいつもいつも通りだな。

 おやつを食べた後、揃って学校を出た僕らは、ブラブラと坂道を下っていた。アスファルトからゆらゆらと陽炎が立ち上っている。

「夏休みはいいけど、宿題がねえ。

 休みなんだから、宿題したら休みじゃなくなると思わない?」

 エリカが小学生のような事を言い出した。

 因みに僕はもう終わっている。毎年、素早く終わらせて後はのんびりするのが、僕のスタイルだ。小学生の時の日記以外は。

「小学生は元気ですね」

「それなりに暑かったけど、今よりは平気だったよねえ」

 前を歩く小学生女児グループを何となく眺めながら歩く。ランドセルを背負い、肩から斜めに絵の具セットをかけ、筆洗いバケツと書道セット、丸めた画用紙、工作で作ったと思しきよくわからない作品を両手に、賑やかに喋りながら歩いている。夏休みに対するワクワク感が、どことなく感じられた。

 と、馴染みとなった感覚がした。霊だ。ただ姿はない。どこだろうかと見ていると、女児の1人が突然、フラフラと崖のようになった道端に寄っていく。

「亜里沙ちゃん?」

「危ない!」

 足を踏み外す寸前で、どうにか僕らが追い付いて、肩を掴んで止める。それと同時に、亜里沙の影がゆらりと揺れ、霊は消えた。

「亜里沙ちゃん」

 他の女児達が集まって来る。

「ダメだよ、急に眼をつぶって歩き出したら。危ないよ」

 それに亜里沙は、青い顔でブルブル震えて泣き出した。

「違うもん。目が、急に開けられなく、なって、ヒクッ」

「ああ、大丈夫、大丈夫。怖かったねえ」

 直があやしながら、目で訊いてくる。「あれか」と。

 僕は小さく嘆息して、答えに代えた。


 素麺の薬味は、青じそ、干し桜エビ、錦糸卵、おろししょうが、天かす。それと、殻を外して背ワタをとり、片栗粉でもんで水洗いしたエビを、湯葉で巻いてパリッと揚げて盛ったところに、銀あんをかけたもの。もやしとほうれん草のお浸し。豆腐、あげ、ネギの味噌汁。

 兄がテーブルに着くタイミングピッタリに、配膳を完了させる。

「いただきます。ほお。これはまた、美味そうな」

 兄がエビの湯葉巻き揚げあんかけを食べ、満足そうにノンアルコールビールを飲んだ。良し。

 御崎 司、28歳。刑事をしている僕の兄だ。若手ナンバーワンの呼び声も高く、見た目もカッコいい。両親の死後は親代わりに僕を育ててくれて、感謝してもしきれない、自慢の兄だ。

「今日終業式で通知表もらったから、後で見て、判子押しといてね」

「ん。どうだった、一学期は」

「色々あったなあ、と」

「ああ、あったなあ」

 春以来を思い出して、遠い目になりかける。

「いやいや。で、クラブの合宿はどうなったんだ?」

「それが、エリカは恐山に行きたいとか言って。却下したけど」

 あったことを順に話し、小学生の一件まで話す。

「それはやっぱり、霊なのか」

「霊なんだけど、何か、こう、生っぽいというか……」

「生っぽい……?」

 感覚的なものは、説明が難しい。

「あ、生霊かも知れない。同じ小学生とかかなあ。小学生の女児相手って、どうもやり難いよなあ。直は流石だったけど」

「人間だったら年代も性別も関係なしか」

「何か、まだ続きそうな気がするよ、兄ちゃん。ああ、面倒臭いなあ」

 僕ははああっと溜め息をついた。


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