第97話 英雄は庶民の中に その2
冗談社の代表取締役と会った翌日のこと。渚沙は、彼から送られてきた原発事故現場で働く家族のメッセージをSNSに掲載した件で、まずいことに気がついた。そのため、新たに次のように加筆した。
「昨日は知人に頼まれたままメッセージを掲載しましたが、祈るのは最後にすべきことだと思います。または、実践的な働きをしながら、心の中で祈ることが大切でしょう。
こんなふうに、現地で動いている方々の話を知れば、私たちも何か自分たちに可能なことを実践したいものです。
自分のすべき仕事があるなら、続けることも大切だと思いますし、余裕が少しでもあれば、現地に行けなくても、きちんとした団体のボランティアに参加したり募金活動をしたり、いろいろできるはずです。
節約する。買い占めをしない。誰にでもできることです。
これ以上何もできないという状況になったら祈る。
祈るのは最後にすることではないでしょうか。
スピリチュアル関係の方々へ、協力していただきたいことがあります。
スピリチュアル・クリミナルと呼ばれる人たちが、自分が日本を救う、自分が罪を負う、そんな狂った発言をしても、これから先のことを予言しても、はっきりいって何の役にも立ちません。彼らは大自然の前で謙虚になることがどれだけ大切か知らないのでしょう。
真っ当なスピリチュアル関係の方は、災害時にボランティアにもしっかり参加しています。
実践的な支援や協力がどんなに大切か。その上で祈ればいいのです。本当に何も出来ないのなら、祈ることだって悪くないでしょうけれど。
この災害のことで、まさか関係者や善良な一般人から相談料や祈祷料なんかをもらってお金をとるようなことしていませんように……強く願っています。
心から反省すれば目に見える世界が変わることを、本物のスピリチュアル人はよく理解しています。
間違ったことをしているスピリチュアル・クリミナルたちに呼びかけてほしいです。
彼らが反省しただけで、今後のことが変わるかもしれないからです。
私が長年接してきたクリミナルたちはかなり強情ですから、認めさせるのは、何年かかるか分かりませんが、みんなで話してみましょう。本当はみんないい人なのでわかる時がくるはずです。
やはり、キーワードはこれではないかと思います。私だってまだ確信できた訳ではありませんが――
『過ちを犯した時、それを認めて責めを負う勇気と謙虚さを持ちなさい』
(某書籍のメッセージから抜粋・三月十二日のSNSより)」
この文章をSNSに掲載した数日後、渚沙が懸念していた通りのことがネット上で起きていた。例の、原発事故現場で働く家族からのメッセージは多くの人に広まり、回りに回って当然スピリチュアル系の人たちにも届いていた。人気SNS上に、同メッセージを載せ、すっかり自分に酔いしれ守護者になりきっているスピリチュアル系がいたのだ。かなりいってしまっている感じで……。たまたま数人目にしただけだが、同類がけっこういる気がする。
実践的な働きがいかに大切か、スピリチュアル系の人たちに知らせなければ、彼らの狂気とさらなるおごりによって犯す罪により、せっかく自己犠牲を払い、国のために必死で働いている人たちの足を引っ張ることになってしまうだろう。
ナータは、日本に自然災害が多いのは聖人、グルになりたがる人たちの罪に起因するといっているのだから。
さらに、「スピリチュアルな人たちよりも、そうでない人たちのほうが善良な人が多い」というナータが話していたことがあるけれど、東日本大震災で証明されたと渚沙はしかと感じていた。自衛隊員や救急隊員、後にフクシマフィフティと呼ばれる原発自己処理班のメンバー以外にも、神の性質を持つ人たちがいたのだ。
AERAの緊急増刊号「東日本大震災・100人の証言」の六十八ページに、「津波に途絶えた娘の声」というタイトルの宮城県南三陸町の母親の記事に渚沙は泣いた。この話はテレビでも紹介されていた。
町役場の防災対策庁舎の二階から住民に避難を呼びかけていたお嬢さんの声が消えたのを母親が聞いていたというなんとも辛い話。
「長女は職務を全うしたんだと思います。小さいころから誰の悪口もいわない子で……」
今年九月に結婚式を挙げる予定で、三月には衣装合わせの予定もあった。地震が来る前日は、母親が呼び出して結婚のことを話し合ったという。
「二人で改まって話すなんて、考えてみれば初めてだったかもしれません。娘はいいました。『結婚して子どもができたら、また南三陸に戻るよ』と。そして、『明日は金曜日だからうちに帰るよ』って」
町役場の娘さんが亡くなった話の隣に、別の人の話が書かれていて、目に飛び込んできた言葉があった。
「思わず、『神様、なんでこんなことをしてくれたんだ』と……」
その一文を見て渚沙は心の中で叫んだ。
違うんだってば! 自然災害は人間のおごりと執着のために起こるって昔からいわれているし、自然災害は人災なんだよ!
こんな人たちもいた。
テレビで何度か取り上げられていた。中国人の研修生を避難させた日本人の話に、渚沙は胸を打たれた。
佐藤さんという宮城県の水産加工会社の専務は、二十人の中国人の研修生を救い、その直後から行方不明になってしまった。中国ではとても感謝されて、大きく報道されていたという。佐藤さんは妻と娘を探しに行って津波に飲まれてしまう。三人とも行方不明のままである。
自社の利益だけを求めて、外国人の研修生や労働者を粗末に扱う日本企業の話を聞くけれど、佐藤さんの会社は明らかに違う。佐藤さんの兄である社長は、家族を失った悲しみに負けず、山の上に住む友人の家を一晩中かけて探し、そこに研究生を避難させた。
渚沙は、「自分と自分の家族だけを大事にしても得るものはない」というナータの言葉を思い出した。だからといって命を失ってしまうのは悲しすぎるが、後世まで敬われる人たちは自己犠牲を払っているケースがほとんどだろう。魂の昇格や降格があるなら、彼らの魂は昇格するだろうし、過去の人生でも善行が十分に積まれてきたなら神と融合するのではないか。
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