第75話 モデルの告白

 三月九日。羽田空港に着くと、モデルで優香子ゆかこという女性が渚沙を出迎えてくれた。優香子は渚沙のSNSのファンだ。よくコメントやメッセージをくれてやりとりするようになった。東京に行くと知らせたら、是非迎えに行って会いたいと申し出てくれた。


 SNSの小さなプロフィール写真だけが頼りだったが、空港の出口に近付いていくと、ガラス越しに優香らしき姿を確認した。長いストレートの髪にすらりと背が高い女が、人を探しているような様子で立っている。あれが優香子に違いない。あちらもすぐに渚沙に反応し、互いに手を振った。


 優香子は渚沙の目的地に着くまで、電車で送るといってきかない。一緒に歩き出した途端恥ずかしくなった。モデルだけあって、優香子は格好良すぎる。どれほどちぐはぐな二人に見えるだろう。彼女には学生の息子が二人いるというが、外見からではとても想像できない若さだ。若手議員の事務所も手伝っていて、政界の事情に詳しい。彼女のSNSを見ていると、活動範囲が広くとても活発な人だ。

  

 電車に乗ると、優香子は一番に、渚沙のここ最近のSNSの「勘違いスピリチュアル」の考察には共感できるし、自分も反省することがあると気まずそうに渚沙に打ち明けた。なんと優香子は昔、占い師兼スピリチュアル・カウンセラーというものをやったことがあったそうだ。

 以前、優香子は都内のデパートの片隅で、なんとなく占い師にみてもらったことがあった。その脇には、占い師が所属している小さなスピリチュアル・スクールがあって、そこに通い出した。気づいたら、自分が占い師になってデパートの片隅に座りお客の相手をしていたという。多額の受講料を設定し、占い師のところに来る客という客をスクールに入れ、即席で占い師を養成するというシステムになっていた。経営者や従業員は強欲で、ビジネスのためにスピリチュアル・スクールを経営していたことがわかった。優香子は、自分は金儲けのために利用されたことに気付くとすぐに辞めたそうだ。


 渚沙はその時初めて、日本にスピリチュアル・スクールなるものが存在することを知った。欧米にはそのようなビジネス系スピリチュアル・スクールがあり、馬鹿げた妄想セミナーが流行っている話はよく聞くし、がっぽり大儲けしているスピリチュアル・クリミナルと呼ばれるやからが大勢いる。すぐに西洋を真似る日本のスピリチュアル系の人たちが、同じことをしていても不思議はない。


 渚沙は三週間ほど前に買った雑誌「RTR」に、気味の悪いスピリチュアル系の広告が載っていたことを優香子に話した。広告の主は、優香子が所属していたスピリチュアル・スクールと同じような会社なのではないかと訊くと、優香子は「そう思うわ」と同意した。


 渚沙は、自分が更新しているナータのメッセージに関するSNSが、優香のケースのように見知らぬ人々にも好ましい影響を与えていることがわかって嬉しかった。彼女は反省したというし、実はそれまでも、スピリチュアル系に騙されていた人たちが目覚めたとか、幾分狂っていて他人を操っていた側が行動を改めたという話を、本人やその関係者たちから聞いたことがあった。


 安江が入院していると思われる都立病院の最寄りの駅に到着した。事情を知った優香子は、初めて顔を合わせた渚沙に、もし泊まるところがなければ自分のマンションに泊まってくださいと申し出てくれた。こうして有り難いことに、神様はいつだって渚沙が安心してられるように取り計らってくれる。

 だが、渚沙は優香子にお礼をいって辞退した。本当は今夜自分がどこで眠るのか見当もつかないけれど。第一、これから向かう病院に本当に安江が入院しているのかもわからないのだ。

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