第67話 ウェブ戦争

 二〇一〇年八月末、渚沙は、ナータの公式サイト強奪事件が起きた一時帰国の最後に、女性向けのスピリチュアル系人気雑誌「トライアングラー」を出版している会社の女社長と会った。名を根岸ねぎしあかりという。社長が高輪のプリンスホテルでの食事に招待してくれたのだ。


 彼らは昔、渚沙がつけていた日記のサイトを見つけて執筆依頼してきたことがある。勘違いスピリチュアルが流行はやる中、真の聖人聖者がどういう人物か知ってもらうにはいいチャンスだと思って引き受け、約一年半の間ナータに関する渚沙の実体験を連載していた。それ以来時々やりとりをしてきた。


 夕食を共にしながら、自称聖人のフミにナータの公式サイトを奪われたことを社長に話した。すると、そんな卑劣なことをする人間がいるのかと驚き、渚沙に何か新しいことを始めてはどうかと流行りのSNSを勧めてくれた。社長自身が仕事の一環としてSNSをやっているという。ちょうど同じ頃、別の知り合いからもSNSを勧められたばかりだ。SNSでもなんでも、情報を発信すること、文章を書くことは苦ではない。むしろ好きで書き出すと止まらなくなってしまうくらいだ。SNSのことは一応、頭に入れておいた。


 この面会時、根岸社長は渚沙に突拍子もない話をした。社長は取材で、かのトラタ共和国の偽聖者カリルのところに滞在したことがあるという。社長は滞在中、カリルがマレーシア人の若い女に首ったけで、その女の部屋の前でいつも待ち伏せしていたのを目撃したそうだ。その話を社長が楽しそうにしているのは、本物の聖者たちのことをまったく知らないからだろう。渚沙のほうは何が聖者よ……とすっかり呆れていた。

 そして、根岸社長も例の黒魔術の儀式に参加したそうだ。

 なんとカリルは、というではないか。それが、夜中に僧侶の照海しょうかいが呼ばれた黒魔術の儀式で行われることだとわかった。やる側も受ける方も正気ではない。

 それにしても、根岸社長はケロリとした顔でずいぶんおぞましい話をする。人気スピリチュアル雑誌を作っている人間までが、何も知らない勘違いスピリチュアル系なのだろうか……。


 トラタ共和国に戻ると、気まぐれに幾つかの流行りのSNSのアカウントを開設してみた。それが二〇一〇年の秋だった。

 渚沙はすぐに勢いに乗った。現地で行われている行事やボランティア活動、渚沙の体験を綴った。それらは多くの人々の興味を引いたようで、たくさんのコメントをもらい、好ましい反応が返ってきた。これで、フミに奪われ死火山のような公式サイトを見る人間はほとんどいなくなるだろう。人々が知らずにフミたちと接することを防止できるのだ。それが渚沙の即席の解決策であり、やりがいにもなって見事成功したようだ。 

    

 また別の流行りのSNSでは、スピリチュアル系に対するナータの手厳しいメッセージを更新した。

 初めは、SNSを勧めてくれた根岸社長をはじめとする多くのスピリチュアル系がフォローしていた。だが、手をゆるめないスピリチュアル叩きと、ナータの強烈なメッセージにびっくりしたらしく、次々にフォローをやめていった。しかし、今現在までこそこそと覗いている元フォロワーたちがけっこういるらしい。それは、他経由でコメントが流れて来たからわかったし、閲覧数からも一目瞭然だった。


 内容に賛成したり関心を積極的に示してくれたりするのは、スピリチュアル系以外の一般人が多かった。渚沙にとって、そのことが何より嬉しかった。一般人もまたフォローすることを躊躇っていても、お気に入りなどに入れてチェックしているという。

  

 フミは秘書の小室比呂子や他の弟子たちを使い、になっていた。公式サイトを乗っ取りはしたものの、自分たちでは何かを創造する力もなく、人々が欲するような興味深い情報を発信することもできないので暇らしい。彼らが渚沙の活発なネット上での動きが気になって仕方がないという気持ちは手にとるようにわかった。

 個人名が出されていたわけでもないのに、フミたちは、自分たちのことではないかと思われるメッセージを読んだらしく、即ナータの寺院にクレームをつけてきた。そして、あらゆるサイトを妨害した。それらを削除しようと管理会社と政府機関にも働きかけたらしい。一時期、すべてのSNSにログインできなくなった。


 SNSは渚沙の独断で始めたというのに、嫌々更新していることが多かったのは、こういったスピリチュアル系の異常者を矯正するための、普通ではない話ばかりを扱わなければならないからだ。


 だが、自分が無力であることを十分すぎるほど承知しながら、一国の生命にも等しい重大な真実、「日本の自然災害の理由」をナータから聞かされてきた渚沙は、少しでも出来ることがあるのならやるべきだと信じていた。ナータから強要されたことは一度もなかったが、彼も日本のことを案じ渚沙にそう望んでいたと思える。 


 二年ほどしてナータから、SNSを通しての警告は、ナータの名を悪用しようと企むたちを阻止してきたといわれ、驚いた。もしかしたら日本でも名の知れたカルト団体がナータに興味を持っていたのではないか。著名なシャンタムと同様の生き神ナータであるなら十分ありえる。


 こうして渚沙は、知らず知らずのうちに日本の抱える問題に巻き込まれ、既に深みにはまっていた。一度始めたら生きている限り、降りることが許されないサバイバルゲームのように――

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