第44話 霊感のある美容師の話

「あのフミさんて、どういう人なんですか? 何故ナータは、フミさんなんかを特別扱いされているんですか?」
 

 これがフミに連れられて来た初訪問者の女が、渚沙に対して発した最初の言葉だった。

 ふうむ。やはりナータの精神治療は特別扱いに見えるようね。特別といっちゃ特別なんだけど、違う意味で……ね、ナータ。


 女は苦痛の伴う沈鬱ちんうつな面持ちで、長いこと泣いていたようなれた目をしている。よほどひどい目に遭ったのだろう。状況はなんとなく想像できた。渚沙は両者に同情してこう答えた。


「――それは、フミさんが病気だからですよ」

  女は切れ長の目をわずかに大きく開くと、しばし黙った。怒りと苦しみに縛られていた心の縄が幾分緩んだようだ。


 フミのグループと共にやって来た初訪問者の二人は、姉妹だった。二人とも三十代前半くらいに見える。やや釣り上がり気味の目以外はまったく似ておらず、いわれなければ姉妹とはわからない。姉のほうは背が高くて細身で、渚沙に話を聞いて欲しいといってきたのは、ぽっちゃりとして愛嬌のある妹のほうだ。



 姉妹は、フミや小室比呂子と同じ札幌に住んでおり、それぞれ美容院を経営しているそうだ。フミの弟子は他にも同市内にいるので、そのうちの誰かが美容院のお客だったのかもしれない。とにかくフミのグループメンバーと知り合い、彼女たちはナータのことを聞いて興味をもった。この妹美容師にはがあるという。彼女には、日本では有名なシャンタムの霊的な体験があるらしい。その影響もあって、フミたちに誘われるままにトラタ共和国に一緒に来ることになった。



 美容師の姉妹は客のように丁重に案内されてきた。ところが、寺院の宿泊施設に入るや、フミたちに奴隷のように扱われ始める。

 小笠原夫妻のケースと似ている。ナータの寺院に着くなり、秘書の小室比呂子が「あなたのお役目は終わりました」と夫妻にいい放った一件である。

  

 美容師の姉妹は、フミたちの部屋の掃除や洗い物などの雑用を強要された。類似した話は他からも聞いていたが、フミののメインは「説教」の時間だ。

 秘書と弟子全員に囲まれ、フミの前に正座をさせられ苛烈かれつな「説教」をくらう。普段は弟子の一人がターゲットになるが、新参者がいれば彼らに狙いが定められる。


 彼らはまず、フミの偉大さをわからせることから始めた。どれだけフミが生き神たち、シャンタムやナータから特別扱いされているか、彼らと親しい間柄であるか、どれだけ優れた霊能者で「グル」であるかを叱られながら聞かされる。そして、個人的な性格や生き方が間違っていると、知り合ったばかりなのに適当に欠点を挙げられたらしい。フミの一行がいつも陰湿な空気を漂わせているのは、こういった悪辣あくらつな行為が原因なのかもしれない。



 渚沙は美容師の彼女に、生き神の一般的性質について少し説明しなければならなかった。生き神はすべての人を受け入れる。善人だけでなく、悪人の相手もして導く。特に生き神の場合は、悪が優勢な時に誕生するくらいだから、悪人を善導する方により力を入れるだろう。すべてに対して平等な愛情を持って接するが、個々人の性格や問題点に合わせて教育法が異なるため、公平に見えないこともある。


「ナータはよくこう言っているんです。私は医者だから、と。最初に緊急患者の治療を優先して、それから他の患者の面倒をるそうです」

 聖者というのは精神科医と同じだ。特に、重病人には丁寧に長く時間をかけて治療を施す。聖者の場合、自分の過ちに気づかせ自分で努力するように導く。それによって本人が大きく成長できるからだ。
 

 美容師の彼女は諦めたように納得していた。気の毒なことに、姉のほうも泣いていたようで、見かけるとよく悲痛な表情をしていた。

 

 美容師の妹から聞いたことを渚沙は誰にも話さなかったが、ナータはいつもと異なりフミのグループに厳しくしていた。美容師の姉妹はフミたちとは即縁を切った。

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