第424話 末姫さまの思い出語り・その28

 無事に『成人の儀』を終えた翌日にやったのは、宰相府に送られてきた書類の仕分け。

 押し付けられた物もそうだが、八割くらいは宰相府とは関係ないものだった。

 これが無くなれば仕事がかなり楽になる。

 しっかりと仕分けて初日に各省庁にお返しした。

 もちろん「燃やしますよ」の伝言と共に。


 正職員になるにあたり、母たちは私の服装をどうするかをかなり前から考えていたらしい。

 王城の文官はダラッとしたスモックのようなものを着る。

 私服の上に羽織るだけなので楽だ。

 色は黒でインクなどの汚れが目立たない。

 階級は襟の色で見分ける。

 女帝陛下や女性皇族に使える女官は、侍女と同様に腰で切り替えるドレスだ。

 侍女服は黒だが、女官服は明るい水色。

 侍女との違いを見せるためにエプロンはしない。

 だが、女性皇族の書類仕事をするとは言え、彼女たちは選抜されて任官する『文官』ではない。

 優秀という噂と家柄と信用だけで出仕した女性と言うだけだ。

 私は王立騎士養成学校の卒業認定を受けている。

 最初から格が違うらしい。

 で、母たちは女性初の文官には、一目見て区別がつくよう特別な物を着せたいようだ。


「やはり宰相と言ったらこれでしょう」

「ええ、コーメイ一択ですね、ナラさん」


 キモノに似ているけれどもう少しゆとりがあり、上に一枚はおるマントは歩くとパタパタとはためいて邪魔だ。

 なんか見るからに偉そうだ。

 用意された扇子は、まるで鳥の翼をむしり取ってきたよう。

 そして大きい。

 やだ、持ちたくない。


「羽毛扇って言うのよ。コーメイ扇とも言うわね」

「宰相のマストアイテムよ、末姫すえひめちゃん」


 私、宰相じゃないし。

 散々ごねて駄目出しして、最終的に私の制服は執事服っぽい何かになった。

 もちろんそのままではなくて体型にピッタリと合わせていて女性らしさが前面に出ている。

 上着は腰までで後ろはスワローテールではなくふくらはぎまでのトレーンになっている。

 上着の合わせや袖口からは邪魔にならないくらいのフリルが覗いている。

 そしてスカートではなくズボンだ。


「パンツスーツって言うのよ」

「フロラシーさん渾身のデザインですね」


 なぜここでずっと昔に亡くなられたエリアデルのおば様が出てくるのか。

 とにかくこれはズボンではなくパンツと言うらしい。

 執事のマールや家令のセバスが着ているのとは違い、足首に向けて細くなっている。

 ・・・足首は出すのね。

 靴はなんだか棒のような細くて高いかかとをしている。

 つま先立ちをしているようで落ち着かないが、慣れると背筋がピンと伸びて気持ちが引き締まるような気がする。

 これはアリだ。

 でも綺麗に歩くにはある程度の練習が必要。


 そして絶対拒否をした羽毛扇のかわりに、普通に開閉できる扇子を作ってもらった。

 ただし白い羽からは逃げられなかった。


「東に頼んで譲ってもらったのよ。使わなかったらもったいないし、そしたらあの子きっと拗ねちゃうわ」


 東って誰 ?

 相変わらず理解不能な会話をする母たちに背中を押され、私はマールに付き添われて初出仕した。



 まあ、それからは普通に仕事をして過ごした。

 筆頭成人令嬢として週に一度は夜会に出席はしたけれど、貴族婦人の義務のようなお茶会には不参加だった。

 だってあれって平日の午後に開催されるんだもの。

 週に五日出仕している私が参加できるはずがない。

 そしてそれは貴族社会には周知されていない。

 そもそも私が宰相府で働いていることすら知られていない。

 お誘いにはお断りのお返事をしていたけれど、付き合いが悪いと私の評判は良ろしくない。

 なので年に数回しか開催されない皇室主催の夜会で、パフォーマンスとやらをやらされた。

 女帝陛下の肝いりで。

 欠席の連絡をしていた夜会に文官服で乗り込み、女帝陛下に緊急の書類への署名をお願いするという役目だ。

 私は羽扇子を持ち、結構高位の文官が書類を持って付き従う。

 めちゃくちゃ偉そうに夜会会場に踏み入る。

 服装はもちろん、成人女性が髪を結い上げずに足首丸見えで、靴音も高く歩く姿は注目を浴びた。

『成人の儀』や夜会での慈愛に満ちた令嬢と随分違う様子はすぐに話題になったようだ。

 翌日には瓦版で私について色々と報道されて、物凄い数の問い合わせが実家と宰相府、宗秩そうちつ省にあった。

 正直もう世間で私の評判と評価がどうなっているのか、知りたくないし知らない方が幸せなんじゃないかと色々無視して書類と格闘することにした。

 お願い、静かに仕事をさせて。

 いえ、出来れば普通の貴族子女として、任官なんてしないでぼんやりお茶会とかに参加させて。


「それは無理ねえ。もうレールは敷かれてしまったもの」


 だからお母様たち、『れーる』って何 ?

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